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災害時のことばの壁、乗り越える工夫を―訪日外国人対応や地域の多言語化、海外ルーツの住民の力生かして

田中宝紀NPO法人青少年自立援助センター定住外国人支援事業部責任者
イラスト、英語、ルビ振りなどで予め用意された情報がある一方で、手書きは日本語のみ(写真:アフロ)

「日本語がわからず逃げ遅れた」「情報が届かず立ち往生」…災害時の言葉の壁、深刻

6月18日の朝、大阪府北部を中心に震度6弱を観測した地震が発生しました。大阪という土地柄もあり、被災された方々の中には外国人観光客も多数含まれています。一部メディアでは訪日外国人に情報が行き届かず困惑する様子などが報道されており、災害時の外国人への情報提供や対応の不備を指摘しています。また、日本に中長期に暮らす海外にルーツを持つ方々の中にも、日本語がわからず困難をかかえている方々が少なくないのではないかと見られます。

日本にやってくる外国人観光客は年々増加し、2018年4月のわずか1か月間でその数、290万人を突破し、過去最高を記録しています(日本政府観光局・訪日外客統計)。また、現在日本で生活する外国人は250万人を超え、今後も外国人労働者の受け入れ拡大に政府が乗り出したことで一層の増加が見込まれています。

地震が頻発する日本が、今後も外国人観光客や日本で(限られた期間であっても)働く外国人を増やそうとするのであれば、災害時の実効的な支援体制についてより具体的な検討と速やかな実施が求められます。同時に、国が対策を急ぐ必要性はもちろんのこと、地域や私たちの中でも「共に被災する可能性を有する者」として外国人や海外にルーツを持つ人々を含めて、実際に被災した場合に何ができるのか、を日頃から考え、有事に備えておくべきではないでしょうか。

3.11の際には「避難」「高台」と言った日本語がわからずに逃げ遅れてしまったり、熊本地震でも避難所での日本語やルールがわからずにストレスを感じて、避難所を出てしまったりと言った事例が報告されています。こうした事態を防ぐためにも、私たち自身や地域でできることとはどのようなことでしょうか。

1. インターネット上での取り組み

特に日本語がわからない外国人観光客等は災害時に情報弱者になりやすく、言葉の壁を乗り越える工夫が重要です。現在、日本語を母語としない生活者や外国人観光客とのコミュニケーションを仲介するアプリやインターネット上の支援リソースが徐々に増えています。アプリの機能や言語数が限られているなど、まだ不十分な点も目立ちますが、こうした多言語情報を日頃から把握しておくことで、例えば駅で立ち尽くしている外国人の方々にウェブサイトやアプリの存在を教え、正確な情報が得られるように手助けすることなどが可能です。

今回の地震では大阪府が運営する「おおさか防災ネット」が、日本語で伝えられる最新情報を自動翻訳の仕組みを使って英語、中国語、韓国語で同時に提供をしていたり、大阪府豊中市にある「とよなか国際交流協会」ではFacebookページでの多言語情報発信を行っており、現在もその取り組みは続いています。

とよなか国際交流のFacebookファンページでは、多言語情報が随時更新されている(画像は筆者がスクリーンショットを撮影したもの)
とよなか国際交流のFacebookファンページでは、多言語情報が随時更新されている(画像は筆者がスクリーンショットを撮影したもの)

また、SNS上でも自主的に情報を翻訳し外国語で発信したり、多言語情報アプリや多言語での情報リンクを拡散するなどのサポートが多くのユーザーによって行われました。しかし、こうしたインターネットを活用した情報提供は「情報を必要としている人に届く」ことが重要であり、実際にどの程度こうした草の根の取組が功を奏したかの検証や、草の根の力を最大化するための工夫が必要です。

今後は例えば全国で統一のハッシュタグを設定し、外国人観光客や日本語がわからない方々などへの周知を徹底した上で、個人や国際交流協会等が自主的に提供する情報などをそこへ集約する等によって、情報の発信者(自治体等による発表など)と受け手(訪日外国人等)とつなぎ手(翻訳ボランティアや翻訳情報を掘り起こし再拡散する人など)がインターネット上で情報のやり取りを推進するような方策が考えられます。

(不適切な情報やデマなども同時に集まってしまうことが予想されるため、慎重な検討が必要ではありますが…)

2.自治体や地域による取り組み

現在、災害時に必要なすべての情報が多言語化されているわけではありません。また、その地域や場所により随時提供されるすべての最新情報を瞬時に必要な言語の数だけ翻訳することは難しく、日頃から外国人防災に関する備えや訓練、体制整備を進める必要があります。

例えば一般財団法人自治体国際化協会(CLAIR、クレア)では災害時多言語対応のために必要なツールや情報を無料で提供しています。同サイト内に設けられている「災害時多言語表示シート」を使って「みなさんに食べ物を配っています」「お祈りができます」と言った避難所で掲示できる必要な文言を、任意の言語に自動で翻訳し、シートとして印刷することが可能で、自治体によっては活用を呼び掛けたり、実際に避難所用に配備したりと言った取組が進められています。

また、防災無線用に多言語で必要な情報をあらかじめ録音しておいたり、海外にルーツを持つ住民と共に多言語避難所の運営訓練や避難所体験などを実施している自治体の他、災害時に「支える側」として活躍する外国人防災リーダーの育成に取り組む地域もあります。2015年9月、滋賀県草津市には外国人消防団が誕生し、注目を集めました。こうした日頃の、地域における「共に支えあう」ことを念頭に置いた準備や取組が進むことで、日本で生活する海外にルーツを持つ方々の間の防災意識を高め、有事の際に日本語がわからない外国人観光客等を「支える側」の人材を多く育むことにもつながります。

「共に生きる」ことがセーフティネットに

外国人や海外にルーツを持つ方々との「共生」を進め、あらゆる生活に関するリソースを共有する前提に立って地域を再構築することは、おのずとその地域の中に多言語・多文化に強い人材を内包することにもつながります。災害時の他、インバウンド推進、医療や福祉に必要な多言語対応などの様々な場面で、地域に暮らす多言語人材がその一翼を担ってくれるとしたら、こんなに頼もしいパートナーはいないと言えるのではないでしょうか。

生活圏に外国人が増えることを「負担」と感じるか、強力なパートナーとして手を取り合うかは、私たちの意識次第で大きな分岐点となり得ます。後者のような地域・社会を実現するためには、すでに地域の中で暮らしている海外にルーツを持つ住民たちの声に真摯に耳を傾け、議論を重ねることが第一歩となるでしょう。その上で、こうした方々が安心・安全に暮らし、子どもを育て、地域に根差していけるよう、教育・福祉・医療などにおける支援体制を推進する必要があります。

特に海外にルーツを持つ子どもや若者が十分に日本語を学び、バイリンガル・バイカルチャーの人材として育つことを支え、彼らが地域の中で自立し活躍できる機会を提供することで、未来に向けて良い循環を生み出すことも可能です。こうした取り組みは遠回りに思えるかもしれませんが、今後の日本社会にとって海外にルーツを持つ方々と向き合い、彼らとの共生の道を一歩ずつ歩んでいくことが、私たち自身を含めた社会全体のセーフティネットとなるのではないでしょうか。

NPO法人青少年自立援助センター定住外国人支援事業部責任者

1979年東京都生まれ。16才で単身フィリピンのハイスクールに留学。 フィリピンの子ども支援NGOを経て、2010年より現職。「多様性が豊かさとなる未来」を目指して、海外にルーツを持つ子どもたちの専門的日本語教育を支援する『YSCグローバル・スクール』を運営する他、日本語を母語としない若者の自立就労支援に取り組む。 日本語や文化の壁、いじめ、貧困など海外ルーツの子どもや若者が直面する課題を社会化するために、積極的な情報発信を行っている。2021年:文科省中教審初等中等分科会臨時委員/外国人学校の保健衛生環境に係る有識者会議委員。

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