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言葉の壁越えて、みんなで支えたい―神奈川で進む、外国人住民子育て支援最前線の取組みとは

田中宝紀NPO法人青少年自立援助センター定住外国人支援事業部責任者
日本での妊娠・出産から就学までの流れがひと目でわかる「子育てチャート」

外国にルーツを持つ子ども達の支援については、義務教育年齢以上の教育分野が主な対象となっており、近年、ようやく就学前の支援が広がりつつあるところですが、そんな中、先陣を切って妊娠・出産の段階からの支援のために取組みを始めた機関があります。

神奈川県横浜市にある公益財団法人かながわ国際交流財団(以下:KIF)は、多文化共生社会の実現に向けて日本人や外国人住民が活用できるハンドブック、リーフレット、多言語資料などを多数作成しています。

そのKIFが今年、新たに手がけたのが『外国人住民子育て応援キット』です。このキットには、

・妊娠から出産、お子さんの小学校入学までの流れがひと目で確認できる「子育てチャート」

・出産前後のスケジュールを確認できる「産前・産後確認シート」

・多言語医療問診票(産婦人科、小児科)

・医療や子育てに関する事などを外国語で相談できる「多言語ナビかながわ」の案内

などがセットになり、6言語に翻訳されています。現在、市町村と連携して外国人ママたちに情報を届ける、全国的にも希少なこの取組みに注目が集まっています。

今回、このキットを企画したKIFの福田久美子さんと富本潤子さんのお二人に、製作のきっかけや想い、今後の展開などについて、お話を伺うことができました。

外国人住民のための子育てチャート英語版。日本語と外国語併記で書かれています
外国人住民のための子育てチャート英語版。日本語と外国語併記で書かれています
裏面には必要な手続きや乳幼児健診など子育てに関する詳しい情報が
裏面には必要な手続きや乳幼児健診など子育てに関する詳しい情報が

日本社会でもっと安心して育ってほしい

ー本日はよろしくお願いいたします。まずは簡単にお二人がどのように、キット製作の構想に至ったかについてお聞かせいただけますか。

富本:  これまでKIFでは、教育委員会や小中学校と連携して義務教育段階での支援を進めてきましたが、小学校入学時点からの支援では間に合わないケースが多いと感じました。そこで、日本で生まれた子どもを日本社会でもっと安心して育てられるように妊娠・出産期からの外国出身のママに対する支援が重要だと感じました。

2015年度に「外国人住民への子育て支援に関わる調査」で実際の状況を調査してみると、市町村で母子保健を担う保健師も対応に困っており、支援を充実させる必要性があることもわかりました。

福田:  私は自分自身が現在子育ての真っ最中で、その経験を活かしながら、子育て応援キットの作成に携わりました。多文化の共生が始まっている地域で、外国人の方々が直面する困難や、知らず知らずのうちに多文化対応を迫られている役所の方々などを、実際にわが子の健診の場でも目の当たりにしました。自分が当事者に近い立場で考えることができたからこそ、アイディアがわいてきたのだと思います。

外国人ママにとっては戸惑うことが多い日本での子育て

お話しを伺った福田さん(右)と富本さん(左)
お話しを伺った福田さん(右)と富本さん(左)

福田:  妊娠や子育てに関しては、日本人の自分でも情報を収集して流れを理解することが、すごく大変だと感じました。例えば妊娠中にやらなければいけない手続きや産後に待ち受けている健診・予防接種など、未知なことでいっぱいですし、情報もいつのものが最新なのか見分けるのが難しい。

なので、外国人の方々にとってはもっと大変なんだろうと思い、「とにかく出産・育児に関する流れをわかりやすくしよう!」と最初に作ったのが「外国人住民のための子育てチャート~妊娠・出産から小学校入学まで~」です。

前述の調査では、外国人が子育てサービスを十分に活用できていないことが明らかになりました。たとえば、乳幼児家庭全戸訪問事業というものが行われていて、自治体の保健師さんなどが赤ちゃんいるすべての家庭を訪問します。

調査の結果によると、この全戸訪問事業については外国人保護者家庭であっても保健師さんは8割程度の世帯に行く事ができています。しかし、その後の予防接種では受診率が急に下がってしまうんです。郵送で予防接種の案内や予診票が送られてきても、送られてきた手紙に日本語で書かれていることが理解できない人も少なくありません。

富本:  日本で生まれ育った私たちがみると、子育てに必要な手続きや流れは一見スムーズで、このチャートのようにすごろくを進んでいくとゴールにたどりつけると思うのですが、言葉と文化が異なる人たちにとっては思わぬ落とし穴だらけです。

外国人であることや日本語ができないことで、分娩予約や受診を断られてしまうようなことも残念ながらあるということも分かってきました。キットの活用や支援者に対する情報提供や研修を通して、そのような壁を少しでも低くできたらと思っています。

就学前の6年間を「空白」にしないために

福田:今、神奈川県内市町村の母子手帳交付窓口では子育て応援キットを外国人妊婦さんに手渡しで配布してもらい、その方の今後のスケジュールも「産前産後確認シート」で一緒に確認するようにお願いしています。また、神奈川県と横浜市の医師会からご協力いただき、県内124の病院(産婦人科・小児科等)でもキットを配布しています。

キットの配布を通じて市町村や病院からの問い合わせも増えています。KIFが県から委託を受けている「多言語ナビかながわ」と連携して多言語対応したり、医療通訳の紹介をしたり支援の幅を広げることができています。

就学前はお母さんのサポートが本当に大事。お母さんに日本の行政のしくみが伝われば、サービスを利用できるはずなんです。

富本:日本ってこんなに色々な制度があるんだ、通訳も使えるんだ、というようなことが知識としてあれば、お母さん自身の自立につながります。でも妊娠のときから始めないと、就学までの6年間が空白になってしまう可能性がある。

子育ての最初からハンディを負うことになってしまうので、保健師さんなどとしっかり連携して、子育て支援を充実していきたいと思っています。

ツールを充実させて一外国人ママと支援者の橋渡しをしたい

ーおそらく今後、外国人の妊娠・出産に関わるニーズは増加すると思うのですが、これから先、これらのニーズをどうやって受け止めていく予定なのでしょうか。

福田:神奈川県には通訳派遣制度がありますが、言語によっては通訳者の人数が足らず限界もあります。これからの構想として、保健師さんが通訳に頼らなくても、キットなどのツールを使って対応できれば一番いいと思っています。

子育て支援に関する情報をもっと多言語化していきたいですし、今年度は多言語の動画制作も進めているところです。動画ではチャートの流れと新生児訪問、母子手帳をもらう場面での対応を取り上げたいと思っています。書類を渡されるだけでは伝えきれない重要な情報を、きちんと多言語で伝えることが大切だと思っています。

母子手帳をもらうときにも、大量の書類があるので、そこで説明すべきことを動画で作って、見てもらいたいです。

ー保健師さんと外国人保護者が一緒に動画を見て、チャートをおさらいできたらとてもいいですよね。

富本:実際に子育て支援事業を進めてきて、さらに色々なニーズが見えてきました。市町村や医療機関と連携しながら、外国人ママたちの役に立つツールを開発したりして、よりよい支援体制を構築していきたいです。

マイノリティである外国人にサービスが行き届くことは、社会全体の豊かさの指標に

ー最後に外国人保護者の方の子育てを支えることについてメッセージをお願いします。

富本:言語も文化も全くことなる国で子育てするのは本当に大変です。でも、日本では、その子育てを支える仕組みがたくさんあります。通訳の仕組みも少しずつ整ってきていますし、何よりも支援に関わる人たちは本当に一生懸命、そしてやさしく関わってくれます。

子どもの人生が始まる最初の段階で良い出会いがあると、それだけでも安心して子育てができるきっかけになるのではないでしょうか。そういう場面をつくるお手伝いができたらなと思っています。

福田:私たちの行っている子育て支援事業の対象は外国人だけではありません。子育て支援に関わる人が活用しやすいものを作ろうと心がけています。今回作成したツールも、保健師さんなどが情報を伝えたり、相談を受けたりというお仕事に活用してもらいたいです。

そして、外国人保護者も安心して日本で子育てができれば、小学校への入学後も色々なことがスムーズに進むのではないかと思っています。

ー巡り巡って自分たちのためになりますよね。

富本:外国人にもきちんとサービスが届いているかどうかというのは、社会全体の豊かさの指標になります。すべての子どもたちが健康に、安全な環境で育つことができる、そんな皆がハッピーになる社会像の実現に関われたらよいなと思っています。

今ある資源を活用できるツール開発が、支援の量的限界を打破する

外国人の妊娠・出産や乳幼児期の子育て支援はあまり取り組みが多くありませんが、日本で生まれ育ち、巣立っていく子どもたちが増えていく中、人生の最初を支える仕組みづくりは不可欠で支援体制の確立が急務となっています。しかし、全国的に見て外国人の子育てのためだけに新たな資源を投入できる自治体はごくわずかであり、ボランティアによる活動にも限界や地域格差が存在します。

今回お話しをうかがったKIFのように、既存の公的支援や社会的資源を、多言語のツールを開発する事で外国人対応が可能なように橋渡しをしていく形であれば、それほど多くの資源を必要とせず、また、地域間格差も最小限に抑えることが可能です。

現在KIFでは、現在、今回ご紹介した子育て応援キットの関連動画製作などのために、寄付金を募っています。(http://www.kifjp.org/donation

KIFの取組みがさらに拡充され、モデルとなり、全国に広がることで、多くの外国人保護者が安心して子どもを育てられる社会の実現に一歩近付くことができるのではないでしょうか。

NPO法人青少年自立援助センター定住外国人支援事業部責任者

1979年東京都生まれ。16才で単身フィリピンのハイスクールに留学。 フィリピンの子ども支援NGOを経て、2010年より現職。「多様性が豊かさとなる未来」を目指して、海外にルーツを持つ子どもたちの専門的日本語教育を支援する『YSCグローバル・スクール』を運営する他、日本語を母語としない若者の自立就労支援に取り組む。 日本語や文化の壁、いじめ、貧困など海外ルーツの子どもや若者が直面する課題を社会化するために、積極的な情報発信を行っている。2021年:文科省中教審初等中等分科会臨時委員/外国人学校の保健衛生環境に係る有識者会議委員。

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