在留許可出ない理由、知りたかったけど・・・日本出生のタイにルーツ持つ高校生、上告取り下げ

日本社会はウティナンさんの「問いかけ」に向き合えるだろうか(写真:アフロ)

判決についての説明、詳しくかかれないことなど理由に上告取り下げ

在留資格のない母親の下、日本で生まれ育ったタイにルーツを持つ高校生、ウォン・ウティナンさんが、国の強制退去処分の取り消しを求めていた訴訟で、2017年1月16日付で最高裁への上告を取り下げたことが、ウティナンさんを支えてきた支援者の方の報告により明らかとなりました。

支援者の方によると、「最高裁で却下される場合の判決文には、判決についての説明が詳しくかかれないこと」が上告取り下げ、最大の理由で、今後は再審情願で在留の許可が出るよう、働きかけを続けることになったという事です。

お母さんは騙され来日、隠れるように各地転々とした幼少期

タイ人のお母さんがブローカーの仲介で、飲食店で働くために来日。来日後、初めて、勤め先がただの飲食店ではなく、騙されたことを知りましたが、出国費用として多額の借金を背負っていたこともあり、在留資格が切れた後も働き続ける以外の選択肢はありませんでした。

その後、2000年にタイ人男性との間にウティナンさんが生まれましたが、男性とはその後離別。ウティナンさんを連れて、各地を転々と隠れるように生活してきました。

ウティナンさんは、小学校に通うこともできないまま育ちましたが、山梨県が2011年に行った外国籍の子どもの不就学調査により発見され、公立の中学校に編入しています。7年間の教育の空白期間があったにも関わらず、支援団体の支援を受けて学力を高め、高校進学も果たしました。

2016年6月30日、地裁の判決1時間前のウティナンさん(支援者の方提供)
2016年6月30日、地裁の判決1時間前のウティナンさん(支援者の方提供)

ウティナンさんの在留許可願い、母は帰国するも・・・

ウティナンさんは、2013年に入国管理局に在留特別許可を申請しましたが、2014年に入管が言い渡したのは退去強制処分。その取り消しを求めていた訴訟で、東京地裁は2016年6月30日に、ウティナンさん側の請求を棄却する判決を出しました。その後、2016年7月14日、ウティナンさんは東京高裁に控訴。

お母さんは控訴せず、ウティナンさんが日本で暮らせるのなら、と1人帰国しました。(地裁での判決文の中に「お母さんが帰国し、ウティナンさんの監護養育をする人がいる場合は、在留許可が出る可能性もある」趣旨のことが書かれていたためです)

そして昨年12月6日。東京高裁は請求を棄却しました。

1分で立ち去る裁判官に、その存在否定された思い

裁判の当日、ウティナンさんを支え続けてきた「山梨外国人人権ネットワーク・オアシス」の斉藤裕美さんが、外国ルーツの子どもたちを支える関係者向けのメーリングリストに、こんな投稿を寄せています。

今日の裁判は、傍聴希望者が定員の42人を超え法廷に入れない人が出るほどでした。

傍聴の元同級生の姿もありましたが、翻って被告席には入管職員も代理人もおらず、そこだけ、ぽっかりとした空間となっていました。

判決言い渡しは1分もかからず終わりました。

地裁と同じように裁判官は着席するとすぐ棄却を告げ、風のように去っていきました。

敗訴を申し渡されたウティナンさんは1人でトイレにこもり10分ほど出てきませんでした。

地裁に続き高裁でも日本にいることを許されなかったウティナンさんは、自分の存在を否定されたような気持ちだったのではないでしょうか。

出典:外国ルーツの子ども支援関係者用メーリングリストより、山梨外国人権ネットワーク・オアシス斉藤氏の12月6日の投稿から抜粋

その後、支援者とウティナンさんを交えた話し合いの結果、ウティナンさんは最高裁への上告の決意を固めました。

・・・ウティナンさんにとってショックだったのは、被告側にだれも座らないまま判決が出されたこと。

裁判長が説明をしないで、すぐに法廷から出てしまったこと。色々な思いを持って臨んできたのに、あまりにも軽視されたと感じたようです。

出典:同メーリングリスト、12月13日斉藤氏投稿より抜粋

判決の理由、知りたかったけれど

それから1カ月後の2017年1月16日、ウティナンさんは支援者らと話し合い、彼自身の考えで上告の取り下げを決意し、自ら弁護士へ連絡しました。

その経緯を、斉藤氏のメーリングリストへの投稿から抜粋して紹介します。

ウティナンさんが取り下げることを決めた理由はいくつかありますが、一番の理由は最高裁で却下される場合(敗訴)の判決文は短く

判決についての説明が詳しく書かれないことです。

もともと、ウティナンさんが上告の意志を固めたのは在留許可が出ない理由を知りたかったためです。

最高裁に上告すれば、理由の説明があり疑問が解けると考えていました。

けれども、上告をした後、改めて弁護士から受けた話によると最高裁の判決文は、いわゆるペラ1枚でしかも郵送されておしまい

詳しい説明はなにもなされないのだそうです。

「支える会(ウティナンさんを支える会)」の事務局会議の席で、ウティナンさんは

「弁護士さんから(参考になればと過去の)判決文を

 見せてもらったが、詳しい説明は書いてくれないのを見たら

 気持ちが変わってきた」

と涙ぐみながら話しました。

逆に、最高裁で勝訴となる場合には、極めて長期間の審議がされる可能性が高く

ウティナンさんが20歳を超えてしまうこともありうるとのことです。

つまり、彼の青春期の重要な時期を裁判につぶされることになりかねないのです。

このような事がらについて深く悩み考えた末、ウティナンさんは上告を取り下げる決断をしました。

出典:同メーリングリスト、2017年1月18日斉藤氏の投稿より抜粋

ウティナンさんが、在留資格以上に求めてきたことを想う

ウティナンさんが以前、東京地裁における第一回口頭弁論のために用意したメッセージを、改めて思い起こしました。

「どうして僕が日本に居られないのでしょうか?

何か悪いことでもしたのでしょうか?

何か悪いことをしたのなら、教えてほしいと思います」

出典:『「日本で生まれたことが罪なのでしょうか?」日本生まれ日本育ちのタイ人少年、在留許可を求める』The Huffington Post、2015年4月24日配信記事より抜粋

ウティナンさんが求めていること、求めてきたことは、このまま日本で暮らして行くこと…つまり在留許可が出されることですが、それ以上に「日本で生まれ育ち、日本以外の国に行ったことのない、1人の高校生」の身に起きた、理不尽な出来事について、日本社会と日本社会の大人からの、誠実な答えを求めていたのではないでしょうか。

何か違うのか、何が違うのか、なぜ違うのか

現在、筆者が子どもたちを支える現場には、在留資格を持たない子どもは在籍していませんが、ウティナンさんのように日本で生まれ育ち、自分のルーツのある国に行ったことがなく、その国の言葉も文化もほとんどわからない、という子どもは少なくありません。

「自分は外国人である」と考える子どもたちもいれば、「自分は見た目こそ違えど、日本人である」と考える子どもたちもいます。まだ自らのアイデンティティに悩んでいる子どもたちもいます。

でもこうした子どもたちの多くが、将来日本以外の国で暮らす、というイメージは持っていません。日本の中で高校に進学し、大学や専門学校などへ行き、就職をして、恋をして、結婚をして、子どもを育てて、親孝行をして…そんな将来像を描いています。

急速に外国人の受け入れが進む中で、ウティナンさんをはじめとする、日本で生まれ、日本以外の国には行ったことがなく、日本で教育を受け、日本語で育ってきた子どもたちも増えていくでしょう。(現場の実感値としては、このような“2世”にあたる子どもたちは増加している傾向が感じられます)

こうした子どもたちと、「私たち(あるいは私たちの子どもたち)」とは、

何か違うのか、何が違うのか、なぜ違うのか

問いと向き合い、答えを出す必要があります。それも今、すぐに。