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スギ花粉症の「特効薬」になるか 実用間近の飛散防止剤の威力

田中淳夫森林ジャーナリスト
花粉をいっぱいに膨らませたスギの雄花。もうすぐ飛ぶ!(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

 毎年、この季節になると話題になる花粉症。

 日本気象協会などの発表によると、今春のスギやヒノキの花粉がつくられる量(北海道はシラカバ)は昨シーズンの2~4倍になりそうだとか。花粉の量だけ悲鳴を上げる人も増えるだろう。もっとも昨年が異常に少なかったからで、例年よりは少ないそうだ。

 ただ花粉症は、原因となる花粉の量だけで決まるのだろうか。それほど単純な話ではないのである。

イネやサクラの花粉症も

 アレルギー反応を引き起こす花粉の種類は数多い。スギヒノキ、シラカバだけではなく、ハンノキ、ヤシャブシ、コナラ、クリ、ケヤキ、イチョウ、アカマツ、ネズと実に数多い。さらに草本のブタクザ、ヨモギ、ススキ、カナムグラ、カモガヤ……日本国内で確認されている花粉症は60種を超えるのだ。なかには輸入された外来牧草もあるが、最近ではイネ花粉でも起きることがわかった。さらにイチゴバラ、そしてサクラの花粉に悩まされる人だっている。

 それなのに、なぜスギもしくはヒノキばかりが悪者扱いされるのだろう。

 スギ花粉症で苦しむ人の中には、「スギを全部伐ってしまえ!」と絶叫?する人もいるが、まさか花粉症の原因だからと、イネを栽培するな、サクラを全部切り倒せ、という人はいないだろう。実際に身の回りでイネやサクラの花粉症の人と出会うことも少ない。

 幸いなことにイネ花粉症は全国に広がっていない。これはイネの花粉の粒子が100μm(マイクロメートル)前後と比較的大きいうえに、イネの背丈は低いので風に乗って遠くまで飛ばないからだ。飛散距離はせいぜい100メートル、通常は10メートル程度と言われている。だから田んぼに近づかないとあまり問題にならない。

 サクラも虫媒花なので、花粉を風で遠くに飛ばさない。ラグビーボールのような紡錘形で、運び手は虫や鳥に期待する。ところがスギは風媒花で、花粉は生えている山から遥か遠くの、スギの生えていない東京の都心まで飛んで舞っている。

スギ花粉が何百キロも飛散する理由

 スギやヒノキの花粉は粒径約30μmと小さく、樹高は数十メートルもある。そこに風が吹けば高く舞い上がって、黄色い花粉は遠く数十キロはゆうに飛ぶ。

 しかも、これらの花粉は大気に浮遊する汚染物質などに衝突して亀裂が入り、さらに水分を吸収することによって破裂する。すると1μm前後の微小な破片になる。

 こうなると数百キロでも飛び、しかも容易に地面に落ちない。落ちても都会では地面が舗装されているところが多く、土壌に吸着されないだろう。遠くまで拡散し、大気中に長く漂うことで花粉症は増えるのだ。しかも都会では、花粉のアレルゲン物質とディーゼル排気粒子などが一緒になることで、花粉症になりやすいと言われる。

 もしスギやヒノキの花粉が遠くまで飛ばなければ、花粉症もほとんど問題にならなかったはずだ。花粉の数だけでなく、種類によって飛散する距離などが違い、それが花粉症の発症には関係するのだ。

救世主?花粉飛散防止剤

 さて、そんな中で朗報をお届けしよう。スギ花粉の飛散を抑制するための研究が進んでいるのだ。「花粉飛散防止剤」の実用化一歩手前まで来ている。

 この「花粉飛散防止剤」には2種類ある。1つは天然油脂由来の界面活性剤で、スギの雄花にかけて枯らしてしまうものだ。夏から秋にかけて散布すると、翌春の花粉の生成を抑えて飛散量を減らすことができる。すでに農薬として登録されるまでになった。

 一方で微生物による花粉飛散防止剤も研究されている。こちらを詳しく紹介しよう。

 始まりは、2006年の福島県西会津町だった。ここでスギ黒点病菌を引き起こす「シドウィア ヤポニカ」(Sydowia japonica)という菌(以下、シドウィア菌)が見つかった。これはスギの雄花を好んで寄生する糸状菌(カビの一種)で、花粉に菌糸を伸ばして繁殖し、雄花を枯死させる。そこで、シドウィア菌をスギ林に散布してスギの雄花に感染させたら、花粉の飛散を抑えられるのではないかと実用化の研究が始まったのだ。

雄花を枯死させるシドウィア菌

 まずシドウィア菌を大量培養し、胞子を乾燥粉末にすることに成功した。これで胞子の保存が効く。しかし、そのまま散布しても胞子は芽吹かない。そこで散布直前に乳剤や水と混ぜて液剤(1リットルに2000億個の胞子を含む)としてスギ雄花に吹きつける。すると雄花に感染し、枯死させたのである。当然、花粉は飛散しない。

 実験では、11月にシドウィア菌による花粉飛散防止剤をスギに散布した。この季節の花粉は休眠状態だが、そこに菌がつくと菌糸を伸ばして増殖する。そして雄花上に胞子をつくり、12月頃に飛ばした。それが翌年の初夏に新しく伸びてきた雄花にも胞子がとりついて発芽する。すると80%以上の雄花が枯死して花粉を出さなくなったという。

ヒノキの花粉も抑制できるか

 それだけではない。シドウィア菌は、枯死した雄花の中で再び胞子を形成し夏の終わりに飛ばす。周辺の枝の雄花にも菌糸が広がり、雄花を枯らしていくという結果が出た。こうして新たな感染を引き起こせば、直接散布された雄花だけではなく、枝から枝へ感染が広がっていくのだから長期的な効果を期待できる。

 さらにシドウィア菌は、スギだけでなくヒノキの雄花にも感染することが確認された。もしかしたらスギだけでなくヒノキ花粉の飛散も抑えこめるかもしれない。

 この菌が感染しても、スギやその他の植物の生長に悪影響を出さないことは確認されている。それどころか木の生育や木材の品質に好影響も出たという声もある。花粉生産のエネルギーを生育の方に回せるからだろうか。散布が林業に悪影響を与えなければ実行も容易になる。花粉飛散対策の特効薬になるかもしれない。

課題は散布方法

 ただ実用化までには、課題もある。

 まず散布方法を確立させねばならない。地上からスプレーで散布しているのでは、広域のスギ林に対応できない。そこで考えられているのは、ドローンや無人ヘリコプターを活用して大面積に散布することだろう。しかし、今度は散布濃度や樹木の高さ、形状などにどう対応するのか工夫がいる。

 実験では、スギ雄花の並ぶ枝から薬剤の液が滴るほどに散布すると高率で枯死するという結果が出ている。しかし広い面積だと、スギ一本一本にていねいに散布していくことは難しい。必要な薬剤も大量になる。

 一本の木に付着したシドウィア菌が、隣接する木々に感染を広げるかどうかもわからない。自然界のシドウィア菌は、さほど広範囲に感染を広げなかった。もしかしたら菌の活動を抑制する自然界の営み(たとえば天敵や気象条件など)があるのかもしれない。果たして人為的な散布によってどこまで感染させられるか、まだわからない。

 また、どこの山のスギ花粉がどの地域に飛散するのか予測しないと効果的な散布はしづらいだろう。何十キロも飛ぶ花粉だけに、なかなか見極めが難しいのではないか。それに私有林に散布する場合には、所有者に理解を得なければならない。経済的な負担を誰がするのかといった問題もある。

 実用化までには、まだまだ多くの知見や技術開発が求められそうである。

 このように課題は多いのだが、もうすぐ花粉症対策に即効性のある新たな“武器”を手にできるのかもしれない。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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