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逆転の発想? シカ牧場をつくってシカ害を防げ

田中淳夫森林ジャーナリスト
海外ではトナカイなどシカ類の飼育は珍しくない(スウェーデン)(写真:Shutterstock/アフロ)

 シカやイノシシが農作物や森林に被害をもたらす獣害が深刻化しているが、その解決策としてジビエ(野生動物の食肉)の振興が謳われている。増えすぎたシカなどをジビエにすれば駆除が進む、という発想だ。

 だが、これは絵に描いた餅になりそうだ。有害駆除個体をジビエとして供給するのはハードルが高いのである。

 具体的には銃弾が腹に当たったものはダメ。頭か首を撃ち抜かないと肉として使えない。また罠も含めて即死させないと、暴れて体温が上がり筋肉は俗にいう“蒸れ肉”状態となって食えたものではなくなる。そして解体は、死後2時間以内に認可の下りた解体施設で行わねばならないが、山の駆除現場から運ぶのは至難だ。野外で解体するのは食品衛生法からも御法度。その肉は流通させてはならない。そして、何よりジビエが普及していない。需要がなかなか増えないのである。それには、供給が安定していないことも原因だ。

 そのほか細かな問題が多々あり、有害駆除とジビエの流通を両立するのは厳しいのだ。現実に、駆除個体のうちジビエなどで利用されているのは約8%にすぎない。

 そこに、「シカ牧場をつくろう」という提案を行う人がいる。日本鹿皮革開発協議会会長の丹治藤治氏である。

 シカが増えすぎて害をなしているのに、牧場で増やしてどうするねん! と思わずつっこみたくなるのだが、話を聞いてみた。

 実は丹治氏は、1990年に全日本養鹿協会を設立して、シカの飼育に取り組んできた先駆者なのであった。獣医師である丹治氏は、70年代から中国との畜産技術交流の際に養鹿に触れ、それを日本に広めるために尽力してきたのである。

 実は中国を始め、欧米・ニュージーランドではシカの飼育は珍しくない。大規模なシカ牧場をつくって、肉や毛皮、角などの商品化を進めて一大産業になっている。クリスマスになるとトナカイが登場するが、これもトナカイ牧場があるおかげだ。

 シカを資源として捉えた場合、肉よりも皮革や角の方が有望である。在庫が容易なだけでなく、とくに幼角(鹿茸)は古来より滋養強壮・沈痛薬として高値で取引されている。ただしほとんど輸入。日本は山野に多くのシカが生息しているが、資源としてほとんど利用していないのだ。

 

 日本でもシカを飼育する動きがなかったわけではない。1970年に北海道鹿追町に最初のシカ牧場が作られている。その後、各地で試されてきたのだ。そして丹治氏の尽力もあって、平成時代には全国に66カ所養鹿場が開設された。ところが、2001年にBSE(牛海綿状脳症)が発生し、世界中で大問題になる。その対策事業の煽りを受けて予算は削減され養鹿は次々と中止に追い込まれた。現在では、長崎県に1カ所あるほかは、ほとんど壊滅状態となった。

 全日本養鹿協会も実質的に活動を止める。そこで丹治氏は日本鹿皮革開発協議会を設立するのだが……。結果的に養鹿事業は頓挫してしまうのである。

 だが、一方でこの頃から農作物の獣害問題、とくにシカ害が全国的に拡大するようになった。「ディア・ウォーズ」が叫ばれるようになり、有害駆除事業が拡大されるようになる。さらに駆除個体を有効活用する手段としてジビエなどの利用が模索され始めた。しかし、ジビエと有害駆除を結びつけるのが難しいことは、冒頭に書いた通り。そこにシカ牧場がいかに関われるのか。

 丹治氏の思い描くのは、完全な飼育ではなく準飼育だ。駆除現場で殺すのではなく生体捕獲し、シカを一定期間牧場で活かすことで、肉や毛皮を安定的に生産できるというものだ。一部は飼育下で繁殖させることで頭数も安定する。飼うのは牧場と言っても畜舎飼いではなく、山を囲い込んだ場所に放すのである。餌も野山の草でよい。むしろ山を囲ってシカを放てば、草刈り効果がある。

 牧場飼育だからこそ、肉も毛皮も品質を保てるし、安定供給が可能になる。通年飼育しておけば、高価な幼角も十分に取れる。シカ肉、シカ皮革の良さも、安定供給しなければ普及もできない。需要を増やしてビジネスとして軌道に乗せる。シカ牧場によってシカ産業を確立することで、有害駆除を推進することができる、しかも山村地域の地域おこしになる。シカが身近になってシカ害も含めてみんなが考えてくれるだろう……というのだ。

 実はシカの飼育は比較的簡単でローコストなのだ。意外と人間にすぐ慣れる。繁殖も勝手にするし、発情期以外はおとなしく危険が少ない。こうした点は、奈良のシカを思い浮かべたら理解しやすいかもしれない。奈良のシカは野生であり給餌もしていないが、人に交わって生きている。鹿せんべいも食べるが、主食は奈良公園の芝草だ。出産妊娠も基本は勝手に行う。そして人を恐れない。触られても平気。発情期以外は凶暴でもない。どちらかというと可愛い。シカは飼育しやすく家畜向きなのである。

 丹治氏によると、飼育技術はほぼ確立しているらしい。ただ山中に生息するシカを生体捕獲するのは難しいかもしれない。農地周辺に出てくるシカを生きたまま捕獲する必要がある。とくに北海道のエゾジカなら、多くが平野に生息するから群ごと捕獲する大型囲い罠などを使えば生体捕獲も行いやすい。体格が大きいので肉や毛皮も十分に採れるから採算に合いやすいのではないか、と思えてきた。すでに生体捕獲技術の研究も行われているはずだ。

 

 さて、シカ害に困っているからこそ、シカを飼ってシカ産業を発達させようという発想はいかがだろうか。実はイノシシでも生体捕獲して、短期間だけ飼育してからジビエとして出荷する試みは、各地で少しずつ行われている。肉質を高めて高値になるそうだ。 

 有害駆除とジビエなどのシカ資源利用の狭間に、シカ牧場をおくことで両者を上手く機能させることができるのではないか。一考に値するかもしれない。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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