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針葉樹材が広葉樹材に化ける!これは林業イノベーションだ

田中淳夫森林ジャーナリスト
チーク材のような外装だが、使われているのはケボニー化したラジアータパイン

国が「木づかい運動」など木をもっと使おうと呼びかけていることもあり、今や日本は木材が豊富と思う人もいるようだ。たしかに戦後植林したスギなどの人工林が成熟してきたのは事実だが、実は資源量を増すものと枯渇しつつある木材に分かれる。

枯渇の心配のある代表格がハードウッドだ。主に広葉樹の硬くて腐朽にも強い材である。家具のほかフローリング、ウッドデッキなど内装材、外構材などに使われる材は不足気味なのだ。樹種で言えば、ケヤキやブナ、ミズナラのほか、チーク、ウォルナット、マホガニー……など。いずれも人気が高く、需要は増えている。

だが、日本国内はおろか世界中で過伐が進んで、資源が底を尽きつつある。とくに熱帯産ハードウッドは、多くが天然林から違法伐採されたもので、使うこと自体が問題視されるようになった。しかし成長が遅いので植林される例は少ない。

そこに朗報。意外な解決法が登場している。

それは、針葉樹材(ソフトウッド)を広葉樹材(ハードウッド)に変える、というものだ。

一瞬、目を白黒させてしまいそうだが、ソフトウッドをハードウッドの材質に変える技術が登場したのだ。それをケボニー化と呼ぶ。

簡単に説明すると、サトウキビやトウモロコシなど農業廃棄物から抽出した物質を針葉樹材に加圧加熱しながら含浸させるのだそう。柔らかい針葉樹材の細胞壁に染み込ませると重合して、木質成分の一つヘミセルロースが増えたような状態になり、広葉樹材のような硬い材質になるという。

比重は何十%も高くなり、木質は硬く、曲げ強度も上がり、寸法安定性が増す。何より腐朽や磨耗にも強くなる。

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このケボニー化技術は、カナダのシュナイダー教授が発明し、数年前からノルウェーで製造が始まり市販されるようになった。主にラジアータパインやスコッチパイン材をケボニー化してウッドデッキや屋根、桟橋、変わったところではギターやカトラリーなどの食器類にも使われる。これらの品質は30年保証がつけられるという。日本への導入例はまだわずかだが、保育園や個人邸のデッキなどがある。

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腐朽や磨耗に強い木質素材としては、表面に樹脂塗装をしたものや、WPCと呼ばれる木粉にプラスチックを混ぜて固めた複合素材がよく使われる。しかし、こちらは木質というよりプラスチックに近い。見た目もテカテカ光るし、手触りも木と似て非なるもの。燃やす以外のリサイクルもできない。同じく薬剤を注入した防腐木材なども環境によいとは言えない。

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その点ケボニー材は、色が濃く重厚な雰囲気となり、手触りも木材そのもので、廃棄後もリサイクルできる。見た目が自然木そっくりなだけでなく、成分に重金属や石油由来のものは含まず、ノルウェーのエコラベルも取得している。

そこでスギ材をケボニー化する試験を行ったところ、ラジアータパインやスコッチパイン材などよりずっと優秀な成績が出た。芯まで含浸できて、比重が40%程度上がり、硬度、寸法安定性、耐腐朽性なども飛躍的に向上した。また材に粘りがあってひび割れなども起こさない。もしかしたら、スギはケボニー化に最適な材なのかもしれない。とすれば、スギが世界中で求められる日が来るだろう。

有り余るスギ材の需要を伸ばそうと現在推進されている合板やCLT、そしてバイオマス燃料への利用は、安さが取り柄で木材価格を落とすばかりだ。それは林業振興どころか、森林所有者の林業離れを招いている。

しかしスギ材をハードウッドに変えることで、まったく新たな需要を生み出すことが可能となる。しかも価格の高い家具や内装・外構材などに使用するのだから、スギ材価格を引き上げることも期待できるだろう。

ケボニー化技術は、世界の天然広葉樹林を守るだけでなく、林業界・木材業界にイノベーションを起こせるかもしれない。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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