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<ウクライナ>アニメ少女が見た戦争 戦死した父「心強く」の言葉胸に(写真16枚)

玉本英子アジアプレス・映像ジャーナリスト
アニメ好きのダーシャさん。ウクライナ軍将校の父が戦死。(2022年・玉本撮影)

◆「鬼滅の刃」コスプレ少女、ダーシャの思い

ウクライナで「鬼滅の刃」のコスプレをする17歳のダーシャさん。アニメ・漫画の大ファンの彼女の父は、ウクライナ軍中佐だった。前線での任務中にロシア軍のミサイル攻撃で戦死。父への思いを胸に、ダーシャは心強くあろうとする。オデーサで取材したアニメ少女の第2弾。(玉本英子・アジアプレス)

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ダーシャさんがTikTokに投稿した「鬼滅の刃」竈門禰豆子のコスプレ動画。(2022年8月・オデーサ・撮影:玉本英子)
ダーシャさんがTikTokに投稿した「鬼滅の刃」竈門禰豆子のコスプレ動画。(2022年8月・オデーサ・撮影:玉本英子)

◆「日本のアニメは人生の意味も教えてくれる」

人気アニメ「鬼滅の刃」のキャラクター、竈門禰豆子に扮したコスプレ姿を、動画サイトに投稿するウクライナの少女がいる。

学生のダーシャ・ボンダレエバさん(17)は、日本のアニメ、漫画の大ファンで、「鬼滅の刃」のほか、「文豪ストレイドッグス」「未来日記」がお気に入りだ。

「日本のアニメは刺激的で、ストーリーが奥深い。人生の意味も教えてくれる」と話す。

オデーサのアニメショップ「ヨロコビ」の前でポーズをとるダーシャさん(右)と仲良しの友人たち。コスプレやアニメの話で盛り上がる。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)
オデーサのアニメショップ「ヨロコビ」の前でポーズをとるダーシャさん(右)と仲良しの友人たち。コスプレやアニメの話で盛り上がる。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)

ウクライナでは、日本のアニメと漫画が人気だ。南部の都市、オデーサにあるアニメショップ、「ヨロコビ」は、日本語の「喜び」が由来になっている。店内に並ぶアニメのグッズや漫画の翻訳本の数に圧倒される。

<ウクライナ南部>ミコライウ最前線、すぐ先にロシア軍 次々と砲弾、破壊の村(写真13枚)

「ヨロコビ」に並ぶ日本の漫画のウクライナ語の翻訳本。「とんがり帽子のアトリエ」「図書館の大魔術師」「ゆびさきと恋々」「ヴィンランド・サガ」などが人気だ。(2022年8月・オデーサ・撮影:玉本英子)
「ヨロコビ」に並ぶ日本の漫画のウクライナ語の翻訳本。「とんがり帽子のアトリエ」「図書館の大魔術師」「ゆびさきと恋々」「ヴィンランド・サガ」などが人気だ。(2022年8月・オデーサ・撮影:玉本英子)

抱き枕は人気アイテムで、ウクライナでは、ダキマクラ(Дакімакура)と呼ばれる。1300フリブニャ(日本円換算=4700円)ほど。けっこう女性が買っていくのだという。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)
抱き枕は人気アイテムで、ウクライナでは、ダキマクラ(Дакімакура)と呼ばれる。1300フリブニャ(日本円換算=4700円)ほど。けっこう女性が買っていくのだという。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)

アニメ「BLEACH」が好きな店員のアーニャさん。ロシア軍の侵攻直後、隣国ルーマニアに一時避難。その後、残った家族を心配し、ウクライナに戻った。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)
アニメ「BLEACH」が好きな店員のアーニャさん。ロシア軍の侵攻直後、隣国ルーマニアに一時避難。その後、残った家族を心配し、ウクライナに戻った。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)

ロシア軍の侵攻は、アニメファンにも暗い影を落とす。コスプレ姿で来店していた学生は、自宅アパート近くにミサイルが炸裂し、その爆発音がいまも耳から離れないという。

ウクライナでは、誰もが家族が負傷したり、友人が兵士として戦っていたりと、戦争の現実がのしかかる。

「ヨロコビ」の店員は言う。

「お客さんが店に入ると、それまで悲しい顔だったのに、アニメと漫画を見て、幸せそうな表情に変わります。希望を感じてくれるのです」

「ヨロコビ」店員のヴィクトリアさん。「戦争で暗鬱になっている若者の心を、アニメ・マンガが癒したり、希望を与えてくれたりする」と話す。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)
「ヨロコビ」店員のヴィクトリアさん。「戦争で暗鬱になっている若者の心を、アニメ・マンガが癒したり、希望を与えてくれたりする」と話す。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)

ショップにはコスプレ姿で来店するファンも少なくない。これは中国発の人気ゲーム「原神」のコスプレ。左のゴローのコスプレの少女は、家の近くにロシア軍のミサイルが着弾した。誰もが戦争と隣り合わせの日常のなかで暮らす。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)
ショップにはコスプレ姿で来店するファンも少なくない。これは中国発の人気ゲーム「原神」のコスプレ。左のゴローのコスプレの少女は、家の近くにロシア軍のミサイルが着弾した。誰もが戦争と隣り合わせの日常のなかで暮らす。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)

◆ウクライナ軍将校の父、ミサイル攻撃で戦死

ダーシャさんの父、ヴィターリーさんは、ウクライナ陸軍・第28独立機械化旅団の中佐だった。7月末、戦闘が続く南部ミコライウでの任務中、ロシア軍ミサイルの直撃を受け、部隊司令官らとともに戦死した。

ウクライナ軍中佐だったダーシャさんの父は7月末、南部ミコライウで戦死。第28独立機械化旅団の野戦司令部がロシア軍のミサイル攻撃で破壊され、部隊司令官の大佐とともに命を落とした。(2022年8月・オデーサ・撮影:玉本英子)
ウクライナ軍中佐だったダーシャさんの父は7月末、南部ミコライウで戦死。第28独立機械化旅団の野戦司令部がロシア軍のミサイル攻撃で破壊され、部隊司令官の大佐とともに命を落とした。(2022年8月・オデーサ・撮影:玉本英子)

ロシア軍の侵攻が始まったとき、父はこうつぶやいた。

「この戦争は、過酷なものになるだろう……」

戦闘が激化し、家に戻ることはなくなったものの、家族を気遣う携帯メールをよく送ってくれた。

「元気でいるよ」

それが父からの最後のメッセージとなった。亡くなる3時間前のことだった。

母のイリーナさんはヴィターリーさんの死を受け入れられず、洗面所の歯ブラシや下駄箱の靴もそのままにしていた。

戦死したヴィターリーさんの軍服を手にするイリーナさん。軍人ゆえにあらゆる事態を覚悟はしていたが、イリーナさんはまだ死を受け入れられないでいた。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)
戦死したヴィターリーさんの軍服を手にするイリーナさん。軍人ゆえにあらゆる事態を覚悟はしていたが、イリーナさんはまだ死を受け入れられないでいた。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)

◆「敵の人たちにも、この戦争を経験してほしくない」

ダーシャさんの机には、軍服姿の父の遺影と名誉勲章が飾られていた。そのわきに、お水の入ったコップと一切れのパン、そして父が好きだったキャンディーが供えてあった。

彼女は言った。

「これ以上、愛する人びとが失われないようにして。たとえ敵の人たちでさえも、この戦争を経験してほしくない」

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父、ヴィターリーさんは、冗談が得意で笑顔を絶やさなかったという。(2022年8月・オデーサ・撮影:玉本英子)
父、ヴィターリーさんは、冗談が得意で笑顔を絶やさなかったという。(2022年8月・オデーサ・撮影:玉本英子)

◆殉職兵士の墓の前で

オデーサ郊外の墓地に父は眠る。

私はダーシャさんと母のイリーナさんと墓地に向かった。広大な敷地に、殉職軍人を埋葬した一角があった。真新しい墓が並ぶ。2人は父の墓碑に赤い花束を手向け、添えられた写真にそっとキスをした。

「ウクライナは負けません。夜明けが来ると信じています」

そう言って私を抱きしめたイリーナさんの体は、ずっと震えていた。

ヴィターリーさんの墓前に花を手向けるダーシャさんと母イリーナさん。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)
ヴィターリーさんの墓前に花を手向けるダーシャさんと母イリーナさん。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)

夏の日差しが照りつける静かな墓地。墓碑の横に掲げられた、青と黄のウクライナ国旗が風に揺れ、はためいていた。

帰り際、墓地の出口に差し掛かると、兵士たちが整列し、弔銃を構える練習をしていた。また新たな戦死者が運ばれてくるのだ。

毎日、絶えぬ双方の犠牲。ウクライナだけでなく、ロシアの兵士にも、ひとりひとりに家族があり、悲しみに暮れているはずだ。

オデーサ郊外の墓地の一角にある殉職軍人の墓。墓碑に刻まれた日付には戦死日から間もないものも少なくなかった。ウクライナ国旗が風に揺れていた。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)
オデーサ郊外の墓地の一角にある殉職軍人の墓。墓碑に刻まれた日付には戦死日から間もないものも少なくなかった。ウクライナ国旗が風に揺れていた。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)

◆「私は泣かない」

ダーシャさんは、私の前で涙を見せなかった。

「お父さんは、どんな時でも強い心でいなさいと言っていました。私は泣きません。お母さんをもっと悲しませてしまうから」

ウクライナの伝統衣装、ヴィシヴァンカ姿のダーシャさん。「ウクライナ国民は屈しない」との思いを込めた。(TikTok動画より)
ウクライナの伝統衣装、ヴィシヴァンカ姿のダーシャさん。「ウクライナ国民は屈しない」との思いを込めた。(TikTok動画より)

ロシア軍の侵攻後は、ウクライナの伝統衣装、ヴィシヴァンカをまとった姿での動画投稿が増えた。「ウクライナ国民は屈しない」との思いからだ。

普通の日常を取り戻すため、友人にとっても自分にとっても元気を与えてくれるコスプレを続けるつもりだ。そして、いつか日本に行くのが夢という。

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コスプレのメイクをする。元気を与えてくれるアニメのコスプレをこれからも続けるつもりだ。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)
コスプレのメイクをする。元気を与えてくれるアニメのコスプレをこれからも続けるつもりだ。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)

好きなアニメのバッジでいっぱいのダーシャさんの「痛バッグ」。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)
好きなアニメのバッジでいっぱいのダーシャさんの「痛バッグ」。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)

【ダーシャさんの動画を含む映像報告 毎日放送(MBS)】「日本のマンガ・アニメ」を心の支えにして戦時下を生きるウクライナの少女たち

ダーシャさんが暮らすウクライナ南部オデーサ。陸軍中佐だった父、ヴィターリさんは7月末、ミコライウでの任務中にロシア軍の攻撃を受け、亡くなった。地図は2022年8月の状況。(地図作成:アジアプレス)
ダーシャさんが暮らすウクライナ南部オデーサ。陸軍中佐だった父、ヴィターリさんは7月末、ミコライウでの任務中にロシア軍の攻撃を受け、亡くなった。地図は2022年8月の状況。(地図作成:アジアプレス)

(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2022年11月15日付記事に加筆したものです)

アジアプレス・映像ジャーナリスト

東京生まれ。デザイン事務所勤務をへて94年よりアジアプレス所属。中東地域を中心に取材。アフガニスタンではタリバン政権下で公開銃殺刑を受けた女性を追い、04年ドキュメンタリー映画「ザルミーナ・公開処刑されたアフガニスタン女性」監督。イラク・シリア取材では、NEWS23(TBS)、報道ステーション(テレビ朝日)、報道特集(TBS)、テレメンタリー(朝日放送)などで報告。「戦火に苦しむ女性や子どもの視点に立った一貫した姿勢」が評価され、第54回ギャラクシー賞報道活動部門優秀賞。「ヤズディ教徒をはじめとするイラク・シリア報告」で第26回坂田記念ジャーナリズム賞特別賞。各地で平和を伝える講演会を続ける。

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