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<シリア>「友達や隣人を奪い、心を引き裂いた」青年が振り返る内戦10年(写真9枚・地図)

玉本英子アジアプレス・映像ジャーナリスト
シリアで市民デモが拡大した頃のコバンさん(右)(2012年アムーダ・本人提供)

10年におよぶシリア内戦。国土は戦闘で破壊され、多数の市民が命を落とした。内戦前に取材で知り合った一家も、弾圧や戦火から逃れるために難民となった。シリア人青年がこの10年を振り返る。(玉本英子・アジアプレス)

◆17年前の出会い

分厚い眼鏡でパソコンに向かう中学生男子のコバン・オッシさんと出会ったのは今から17年前。シリア北東部カミシュリで、アラブ人と地元クルド人の衝突が起き、治安部隊がクルド人に大規模な弾圧を加えた。秘密警察の監視の目が光る市内で、取材に協力してくれた一家の息子が、コバンさんだった。

2004年、カミシュリでのサッカー場での地元クルド人と、デリゾールのアラブ人の衝突が発端となってクルド人の反政府暴動に発展。(2004年カミシュリ・市民メディア写真)
2004年、カミシュリでのサッカー場での地元クルド人と、デリゾールのアラブ人の衝突が発端となってクルド人の反政府暴動に発展。(2004年カミシュリ・市民メディア写真)

日本人が家に来たと目を丸くし、「シリア政府の人権弾圧を国外に伝えようとしている」と興奮していた彼。将来はコンピューター関連の仕事をしたい、と話していた少年の人生は、のちに始まる内戦で大きく変わってしまう。

【動画:シリア・ダマスカス近郊 化学兵器攻撃】数百人の犠牲者ほとんどは一般市民

筆者がシリア・カミシュリを取材した17年前、協力してくれた一家の息子が当時、中学生のコバンさんだった。その後、シリアは内戦に。(2004年カミシュリ・撮影:玉本英子)
筆者がシリア・カミシュリを取材した17年前、協力してくれた一家の息子が当時、中学生のコバンさんだった。その後、シリアは内戦に。(2004年カミシュリ・撮影:玉本英子)

カミシュリの自宅でサズを弾いてくれたコバンさんの母(右)。その後の内戦激化でスウェーデンに難民として逃れた。(2004年カミシュリ・撮影:アジアプレス)
カミシュリの自宅でサズを弾いてくれたコバンさんの母(右)。その後の内戦激化でスウェーデンに難民として逃れた。(2004年カミシュリ・撮影:アジアプレス)

2004年、クルド人のデモが北部一帯に広がった際、緊迫するカミシュリで取材に協力してくれたコバンさんの父(右の背中の男性)。(2004年カミシュリ・撮影:玉本英子)
2004年、クルド人のデモが北部一帯に広がった際、緊迫するカミシュリで取材に協力してくれたコバンさんの父(右の背中の男性)。(2004年カミシュリ・撮影:玉本英子)

◆逮捕され命の危険感じ、脱出決意

2011年、中東諸国で相次いだ民主化運動のうねり、「アラブの春」はシリアにも広がった。アサド政権に反対する市民デモが各地で起きた。アレッポ大学に進んだコバンさんは、「独裁を倒し、この国に自由を」との思いから学生運動に加わった。

しかし、活動にのめり込むなか、仲間とともに治安当局に逮捕される。拘留中、何度も殴りつけられた。このときは解放されたが、命の危険を感じ、シリア脱出を決意する。 

シリア・カミシュリでのコバンさん。大学生の友人たちと各地のデモに参加していた。(2012年・本人提供)
シリア・カミシュリでのコバンさん。大学生の友人たちと各地のデモに参加していた。(2012年・本人提供)

家族が親戚中から7000ユーロ(約90万円)をかき集め、密出国を手引きする闇業者に支払った。

「戦闘で狙われるのは若者だ。お前がまず逃げろ」。

父はそう言って送り出した。国境を越え、トルコ経由でギリシャに入り、姉がいたスウェーデンにたどり着いた。

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シリア北西部で治安当局に拘束され、釈放後、いったんカミシュリに戻ったコバンさん(右)。友人の逮捕が相次ぐなか、シリア脱出を決意する。(2012年・本人提供)
シリア北西部で治安当局に拘束され、釈放後、いったんカミシュリに戻ったコバンさん(右)。友人の逮捕が相次ぐなか、シリア脱出を決意する。(2012年・本人提供)

審査ののち滞在許可を得ると、両親を呼び寄せる費用を捻出するために、ハンバーガー店で働いた。同世代の仕事仲間から「シリアってアフリカのどこ?」と聞かれたことが忘れられない。

戦火に包まれた故郷への関心を高めてほしいと、シリア情報を世界に発信する活動を続けた。

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写真左はスウェーデンで街頭行動(2013年)。右は2016年、スイス、ジュネーブでのシリア和平会議に市民メディアの活動で行ったときに撮影。(本人提供)
写真左はスウェーデンで街頭行動(2013年)。右は2016年、スイス、ジュネーブでのシリア和平会議に市民メディアの活動で行ったときに撮影。(本人提供)

◆戦火に追われる住民「子どもたちに何の罪が」

2014年1月、私はシリア北西部の町を取材した。これにはコバンさんが同行してくれた。町からアサド政権の政府軍は去り、地元クルド組織が統治していたが、過激派組織イスラム国(IS)が近郊に迫っていた。

周辺地域からの避難民は、学校跡の建物に身を寄せていた。幼い子どもを抱えた女性は声を震わせながら言った。

「戦闘に住民が巻き込まれ犠牲になった。いったい子どもたちに何の罪が」

私の傍らで話に聴き入っていたコバンさんの目には、涙が浮かんでいた。

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コバンさんはカミシュリ出身。アレッポ大学生時代にシリア騒乱が始まり、のち内戦に。現在は各派が割拠する。これまでに650万人以上が戦火を逃れ難民となり、死者は45万人を超える。(地図・アジアプレス)
コバンさんはカミシュリ出身。アレッポ大学生時代にシリア騒乱が始まり、のち内戦に。現在は各派が割拠する。これまでに650万人以上が戦火を逃れ難民となり、死者は45万人を超える。(地図・アジアプレス)

◆友人が互いに殺しあう内戦

当初の民衆革命は、アサド政権と反体制派の衝突のなかで、内戦へと至った。周辺国や大国がそれぞれの政治的思惑で各派を支援した。

コバンさんの友人には、イスラム過激組織やクルド武装組織に入り、戦死した者もいる。

「国民が銃をとって互いに殺し合い、たくさんの命が失われる結果になるなんて」

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学業を続けようと、スウェーデン王立工科大学に入学(写真右)。内戦のトラウマから現在は一時休学中。(2018年・本人提供)
学業を続けようと、スウェーデン王立工科大学に入学(写真右)。内戦のトラウマから現在は一時休学中。(2018年・本人提供)

その後、両親とスウェーデンで再会したものの、つらい記憶が時折よみがえり、心身の状態を崩してしまった。一度はストックホルムの大学で学び始めたものの、現在は休学している。新しい自分の人生を生きてほしい、というのが両親の願いという。

青春の大切な時期のほとんどを失い、今30歳になったコバンさんは振り返る。

「内戦は故郷を分断し、友達や隣人を奪い、僕の心も引き裂いた」。

反体制各派、アサド政権、それぞれの勢力が「正義」を掲げ、続いた戦い。10年におよぶ内戦で650万人以上が戦火から逃れ難民となり、死者は45万人を超える。

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(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2021年3月2日付記事に加筆したものです)

アジアプレス・映像ジャーナリスト

東京生まれ。デザイン事務所勤務をへて94年よりアジアプレス所属。中東地域を中心に取材。アフガニスタンではタリバン政権下で公開銃殺刑を受けた女性を追い、04年ドキュメンタリー映画「ザルミーナ・公開処刑されたアフガニスタン女性」監督。イラク・シリア取材では、NEWS23(TBS)、報道ステーション(テレビ朝日)、報道特集(TBS)、テレメンタリー(朝日放送)などで報告。「戦火に苦しむ女性や子どもの視点に立った一貫した姿勢」が評価され、第54回ギャラクシー賞報道活動部門優秀賞。「ヤズディ教徒をはじめとするイラク・シリア報告」で第26回坂田記念ジャーナリズム賞特別賞。各地で平和を伝える講演会を続ける。

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