<シリア・ラッカ>米軍の砲撃で足切断の少女「家族が殺されたのは『しかたない』の?」(写真12枚)

砲撃で母と姉妹を亡くしファティマは右足を失った。2018年10月シリア・玉本撮影

◆IS掃討戦で米軍・有志連合の砲弾が家に

「食事の準備をするお母さんの手伝いをしていた。家に爆弾が落ちたとき、何が起きたか分からなかった。とても痛かったことしか覚えていない」

ファティマ(当時10歳)は、このとき両足に重傷を負い、右足を切断。一緒にいた母と姉妹3人は亡くなった。(玉本英子・アジアプレス)

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IS敗走の翌年、取材したラッカで。右足を切断し、左足も定期的な治療が必要だったが、生活は厳しく、適切な処置が受けられないでいた。(2018年10月・シリア・ラッカ・坂本卓撮影)
IS敗走の翌年、取材したラッカで。右足を切断し、左足も定期的な治療が必要だったが、生活は厳しく、適切な処置が受けられないでいた。(2018年10月・シリア・ラッカ・坂本卓撮影)

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シリア・ラッカは4年近くにわたり過激派組織イスラム国(IS)が支配した。クルド主導のシリア民主軍(SDF)の攻略戦でラッカは陥落し、ISは敗走。それから1年、市内西部のダライヤ地区を取材していた際、出会ったのがファティマだった。

IS拠点都市だったラッカはシリア政府軍(アサド政権)、ロシア軍、そして米軍・有志連合の爆撃にさらされた。写真は「アメリカによる白リン弾爆撃」としてISが公開した映像。(2017年・IS系アマーク通信映像)
IS拠点都市だったラッカはシリア政府軍(アサド政権)、ロシア軍、そして米軍・有志連合の爆撃にさらされた。写真は「アメリカによる白リン弾爆撃」としてISが公開した映像。(2017年・IS系アマーク通信映像)

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民主軍はラッカ攻略戦を前に、前線地域の住民をできるだけ一時避難させ、ISの軍事拠点に近づかないよう呼びかけた。だが移動できない人びとが多数残されたまま、戦闘は激しさを増していった。民主軍を支援した米軍主導の有志連合は空爆と砲撃を加えた。ラッカ近郊には米軍が迫り、前線基地から砲弾を撃ち込んでいた。

ラッカ西部(写真左)にダライヤ地区がある。「家の近くにはIS拠点はなくただの住宅地だったが砲弾が撃ち込まれた」とファティマの父は話した。(2017年・IS映像)
ラッカ西部(写真左)にダライヤ地区がある。「家の近くにはIS拠点はなくただの住宅地だったが砲弾が撃ち込まれた」とファティマの父は話した。(2017年・IS映像)

ファティマの家に砲弾が落ちたのは、2017年6月。父親のフセインさん(46)は憤る。

「ここは住宅地で、近くにIS拠点などなかった。家族を失っても被害調査や補償もない」。

フセインさんはタクシーの運転手をするが、収入はわずかで生活は困窮を極めていた。

ラッカではISとシリア民主軍の激しい戦闘が繰り広げられた。民主軍を支援する米軍・有志連合は空爆に加え、地上の砲兵部隊がIS拠点に砲撃を加えた。写真はラッカのIS戦闘員。(2017年・IS映像)
ラッカではISとシリア民主軍の激しい戦闘が繰り広げられた。民主軍を支援する米軍・有志連合は空爆に加え、地上の砲兵部隊がIS拠点に砲撃を加えた。写真はラッカのIS戦闘員。(2017年・IS映像)

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車椅子生活になったファティマは、家の前から外を眺めるだけの日々が続いた。

「買い物に出かける人や路地で遊ぶ子どもたちが、みんな私から遠くの場所にいるような気持ち」。

ずっとうなだれていた彼女の目が忘れられない。学校で勉強することが願いだったが、小学校は家から遠く、車椅子でたどりつくことはできなかった。

ラッカの学校は再開したが、ファティマの家からは遠く、車椅子では通えなかった。ずっと家の前の路地で道行く人を眺めながら一日を過ごす日々だった。(2018年10月・シリア・ラッカ・玉本英子撮影)
ラッカの学校は再開したが、ファティマの家からは遠く、車椅子では通えなかった。ずっと家の前の路地で道行く人を眺めながら一日を過ごす日々だった。(2018年10月・シリア・ラッカ・玉本英子撮影)
2019年10月、再び取材したラッカでファティマと再会。(2019年10月シリア・ラッカ・玉本英子撮影)
2019年10月、再び取材したラッカでファティマと再会。(2019年10月シリア・ラッカ・玉本英子撮影)

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◆今年10月、やっと学校に……

今年に入り、支援団体が通学を手助けしてくれることになったものの、新型コロナ感染防止の影響で、わずか1カ月ほどで休校に。

今年10月中旬、近所に新たな小学校が開校されることになり、彼女も通えるとの知らせを受けた。私はラッカにいるファティマとネット回線を通じて顔を見ながら話をすることができた。13歳になり、スカーフで髪を覆い、少しお姉さんらしくなっていた。

「やっと行ける。うれしくてたまらない」と笑顔いっぱいだった。

今年10月、ファティマとネット通話で話した時に送られてきた写真。近くの小学校が開設されることになり、車椅子で通えることになった。(2020年10月・ラッカ:アハメッド・アルフセイン撮影)
今年10月、ファティマとネット通話で話した時に送られてきた写真。近くの小学校が開設されることになり、車椅子で通えることになった。(2020年10月・ラッカ:アハメッド・アルフセイン撮影)

開校日、通学に付き添った近所の青年が写真を撮ってくれた。これまで学校へ行っていなかった彼女は、小学3年生のクラスに編入することになった。

地元の取材協力者を通して校長に話を聞くことができた。ナワール・ムハンマド先生(27歳)は話す。

「戦火で家族を失い、心に傷を抱えただけでなく、生活苦から学校をあきらめ、くず拾いの仕事をする子も大勢います」。

ISが去って3年がたつなか、教育を取り戻すのは容易ではない。

ラッカではIS時代、過激思想の影響を恐れた親が学校へ行かせなかった。車椅子生活もありIS後も通えなかったファティマは13歳だが小学3年に編入。(2020年10月・ラッカ:アハメッド・アルフセイン撮影)
ラッカではIS時代、過激思想の影響を恐れた親が学校へ行かせなかった。車椅子生活もありIS後も通えなかったファティマは13歳だが小学3年に編入。(2020年10月・ラッカ:アハメッド・アルフセイン撮影)

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◆「みんなを苦しめたISを倒すために、母・姉妹が殺されたのはしかたないの?」

ファティマの家族のように米軍・有志連合の攻撃で、命を落としたラッカの民間人は1600人以上にのぼる(人権団体アムネスティ調査)。一方で有志連合側は、その死者数の一割ほどしか認めておらず、補償もない。

ISが世界各地で過激な事件を繰り返していた中、米軍の強力な軍事作戦がなければ短期間にシリア、イラクのIS拠点を叩くことができなかったのは事実だ。だが、その掃討作戦の過程で多数の民間人が巻き込まれ、命を落とした現実がある。

ファティマは言う。

「ISは、みんなを苦しめた。だからといって私のお母さんや姉妹が殺されていいのでしょうか。それは『しかたがない』ことなのでしょうか」

ファティマが通うダライヤ地区にできた小学校。民家の敷地を行政が借りて運営。多くの学校が戦闘で破壊されたため、民家を利用する例も。(2020年10月・ラッカ:アハメッド・アルフセイン撮影)
ファティマが通うダライヤ地区にできた小学校。民家の敷地を行政が借りて運営。多くの学校が戦闘で破壊されたため、民家を利用する例も。(2020年10月・ラッカ:アハメッド・アルフセイン撮影)

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IS後はシリア民主軍主導の行政当局がラッカ市内を統治。アサド政権下で使われている教科書は使用せず、子どもたちはユニセフが支援した教科書で勉強。(2020年10月・ラッカ:アハメッド・アルフセイン撮影)
IS後はシリア民主軍主導の行政当局がラッカ市内を統治。アサド政権下で使われている教科書は使用せず、子どもたちはユニセフが支援した教科書で勉強。(2020年10月・ラッカ:アハメッド・アルフセイン撮影)
あちこちに瓦礫が残るラッカ。爆撃や砲撃、戦闘の激しさを物語る。疲弊した経済でいまも市民は厳しい。シリア内戦はまもなく10 年におよぼうとしている。(2019年10月シリア・ラッカ・玉本英子撮影)
あちこちに瓦礫が残るラッカ。爆撃や砲撃、戦闘の激しさを物語る。疲弊した経済でいまも市民は厳しい。シリア内戦はまもなく10 年におよぼうとしている。(2019年10月シリア・ラッカ・玉本英子撮影)

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(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2020年11月10日付記事に加筆したものです)