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<シリア>同性愛者処刑繰り返したIS、その現場で

玉本英子アジアプレス・映像ジャーナリスト
ラッカで同性愛者が処刑された建物で当時の様子を話す青年(昨年10月:玉本撮影)

◆「神の代理人」名乗り住民統治

シリアを流れるユーフラテス川沿いの都市、ラッカ。ここはかつて過激派組織イスラム国(IS)の拠点だった。

5年前、ISがこの町から公開した写真が世界を震撼させた。目隠しをされた一人の男性が、高い建物から突き落とされる。「同性愛者の公開処刑」の瞬間だ。

昨年、私はこの処刑現場を取材した。建物はラッカ中心部のテルアビヤッド通りに面した一角に位置し、県庁舎や裁判所に近く、人通りも多い。男性が投げ落とされた建物の上階はのちに空爆で破壊され、1階部分の商店だけが残っていた。

当時、処刑を目撃した近所の20代の青年は話す。

「ISが男性を最上階に連れて上がり、突き落とした。地面に落ちたところに何十人もの戦闘員が駆け寄って、こぶしほどの石を次々と投げつけ始めた。恐怖映画を見ているようだった」

「神は偉大なり」と叫んで処刑に歓喜する様子は異様だったという。

ラッカでISが同性愛者を突き落として処刑する瞬間。同性愛者だったかは不明。ISは機関紙で「神の裁き」と宣伝した。(2015年・シリア・IS写真)
ラッカでISが同性愛者を突き落として処刑する瞬間。同性愛者だったかは不明。ISは機関紙で「神の裁き」と宣伝した。(2015年・シリア・IS写真)

ISはシリア・イラクにまたがる支配地域で、独自に解釈したイスラム法による統治をおこなった。その下で身体罰を含む様々な処罰が規定された。

神への冒涜(ぼうとく)は斬首刑、窃盗は手足の切断、同性愛者は高所からの突き落とし刑などだ。

ISがラッカを支配していた当時の映像。市内中心部の8階建てビルから同性愛者が突き落とされた。上階部はのちに空爆で破壊。(2015年・シリア・IS映像)
ISがラッカを支配していた当時の映像。市内中心部の8階建てビルから同性愛者が突き落とされた。上階部はのちに空爆で破壊。(2015年・シリア・IS映像)
この建物から同性愛者として男性が突き落とされた写真。地上のIS戦闘員らが駆け寄って取り囲み、次々に石を投げつけ絶命させた。(2015年・シリア・IS写真)
この建物から同性愛者として男性が突き落とされた写真。地上のIS戦闘員らが駆け寄って取り囲み、次々に石を投げつけ絶命させた。(2015年・シリア・IS写真)
アブドラ・アリヤン弁護士はIS支配下で失職。「法律を知らない人物が裁判官になって次々と『判決』を下した」と話す。(ラッカ・2019年10月:玉本英子撮影)
アブドラ・アリヤン弁護士はIS支配下で失職。「法律を知らない人物が裁判官になって次々と『判決』を下した」と話す。(ラッカ・2019年10月:玉本英子撮影)

ラッカの弁護士、アブドラ・アリヤンさん(56)は、ISが町の支配を固めると職を失った。IS統治下では宗教法学者やイスラム判事が裁判を執り行い、弁護士は不要だからだ。

「サウジアラビアなどから入り込んだ外国人までもが裁判官になり、イスラム文献を都合よく引用して次々と『判決』を下した。自分たちこそ神の代理人のように振る舞った」 

アブドラ弁護士はそう当時を振り返った。

ISが身体罰について解説したパンフ。赤枠が同性愛者処罰についての規定で、ISは聖典クルアーンの文言を引用している。(2015年・IS公表文書)
ISが身体罰について解説したパンフ。赤枠が同性愛者処罰についての規定で、ISは聖典クルアーンの文言を引用している。(2015年・IS公表文書)

◆ISの同性愛者摘発

ラッカでは同性愛者が数人処刑されている。私はそのうちのある一家を探し当てた。だが取材は固く断られた。

「息子のことは誰にも知られたくない。この社会では恥ずかしいことなのです」。

母親はただそう言うばかりだった。

激しい戦闘で瓦礫になったラッカを歩くアハメット・アルフセインさん。友人が同性愛者としてISに処刑された。(ラッカ・2019年10月:坂本卓撮影)
激しい戦闘で瓦礫になったラッカを歩くアハメット・アルフセインさん。友人が同性愛者としてISに処刑された。(ラッカ・2019年10月:坂本卓撮影)

アハメット・アルフセインさん(26)は、友人(17)が同性愛者としてISに捕まり、処刑された。友人は薄茶色の瞳が美しい、物腰の柔らかい青年として、以前から近所で知られていた。

ISは地区に情報網を張り巡らせ、「同性愛者っぽい」と噂のある者を逮捕した。また近隣でトラブル関係にある住民が「あの家の息子は怪しい」と虚偽の密告をする例もあったという。

「ISが宗教の名で処刑を正当化し、見せしめで恐怖支配を広げた」と、アハメットさんは話す。

IS支配地域であいついだ同性愛者処刑。これはイラク・モスルで、ISが「判決文」を読み上げ、男性がビルから突き落とされる。(2015年・イラク・IS写真)
IS支配地域であいついだ同性愛者処刑。これはイラク・モスルで、ISが「判決文」を読み上げ、男性がビルから突き落とされる。(2015年・イラク・IS写真)

◆同性愛者に向けられる目、私たちの社会は

公開処刑を繰り返したISは確かに残虐だ。だが程度の違いはあれ、一部のイスラム諸国にも身体罰はある。キリスト教社会の近代ヨーロッパでも同性愛行為に刑事罰が課された。社会的偏見や差別は現代の日本でも根強い。

ISは神の言葉を実践するなどとして、現代社会に様々な制度を復活させた。宗教をどう解釈し、社会と適合させるかは、時代や地域によって異なる。過酷な処罰を下したISは「前近代的」だろう。

では振り返って私たちの社会は同性愛者にどう向き合ってきただろうか。

シリア・ラッカで同性愛者が突き落とされ殺害された現場を取材。処刑の日、路上ではたくさんの人びとがこの様子を見ていたという。(2019年10月:坂本卓撮影)
シリア・ラッカで同性愛者が突き落とされ殺害された現場を取材。処刑の日、路上ではたくさんの人びとがこの様子を見ていたという。(2019年10月:坂本卓撮影)

(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2020年2月11日付記事に加筆したものです)

アジアプレス・映像ジャーナリスト

東京生まれ。デザイン事務所勤務をへて94年よりアジアプレス所属。中東地域を中心に取材。アフガニスタンではタリバン政権下で公開銃殺刑を受けた女性を追い、04年ドキュメンタリー映画「ザルミーナ・公開処刑されたアフガニスタン女性」監督。イラク・シリア取材では、NEWS23(TBS)、報道ステーション(テレビ朝日)、報道特集(TBS)、テレメンタリー(朝日放送)などで報告。「戦火に苦しむ女性や子どもの視点に立った一貫した姿勢」が評価され、第54回ギャラクシー賞報道活動部門優秀賞。「ヤズディ教徒をはじめとするイラク・シリア報告」で第26回坂田記念ジャーナリズム賞特別賞。各地で平和を伝える講演会を続ける。

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