STAP特許:バカンティ教授の宣誓供述書を読んでみた

出典:USPTO審査情報

弁理士で、過去にもSTAP細胞の特許についての記事を動きがあるたびに書いていた栗原潔氏が、1月8日に新しい記事「STAP細胞特許出願に急展開:バカンティ教授が宣誓供述書提出」を公開していた。

詳細は栗原氏の記事をお読みいただきたいが、STAP細胞に関する米国内の特許出願に対して、米国特許商標庁は昨年7月に「非最終拒絶(Non-Final Rejection)」という判断をしていた(これについても同じく栗原氏の昨年7月28日の記事に詳しい)。それに対して、期日ぎりぎりになってチャールズ・バカンティ教授が返答をしたという。

そのバカンティ教授の宣誓供述書を読んでみた。

先に読後の感想を率直に言ってしまえば、「STAPのPは多能性(Pluripotent)のPなのに、肝心の多能性はどこにいった?」あるいは「バカンティ教授にとって、STAP細胞の定義って、何なの??」  だった。

もう少し、科学ライターっぽい書き方をすれば、「供述書で成熟細胞に刺激を加えれば“細胞塊”になるとしているが、それが'多能性であることの証明はしていない」 といったところだろうか。

特許庁は「多能性細胞ができると判断できない」と拒絶

バカンティ教授は、STAP細胞で一躍、有名になった小保方晴子氏の留学先の恩師で、STAP特許の責任著者の一人でもあった。小保方氏が留学したときやSTAP論文が発表された当時は、ハーバードにいた人である。STAP特許でも、もちろん発明者として名を連ねている。

STAP特許では、マウスの成熟細胞に刺激を加えることで多能性細胞を作り出すことに成功したとし、そのつくり方に関して(哺乳類細胞に拡張して)特許の出願をしている。

これに対する米国特許商標庁の拒絶理由を、栗原氏の記事「STAP細胞特許出願を米国特許庁が暫定拒絶」から引用しよう。

小保方論文が撤回されたことや、理研の報告書等も引用されて以下のような意見が出されています(page 12)。

「one of ordinary skill in the art would not have a reasonable expectation of success in using the claimed invention across its entire scope, particularly the embodiments in which pluripotent (or totipotent) cells are derived from adult somatic cells solely by exposing them to one of the stresses listed in claim 75.

クレームされた発明全体(特に、刺激だけで生体の体細胞に多能性を生じさせるというクレーム75(注:補正後のメインクレーム))を成功裏に実施できることを、当業者が合理的に期待できない。」

これを挽回するためには、出願人は刺激だけで多能性細胞が作れること(STAP細胞があること)を立証する証拠を提出しなければいけませんが、そんなものがあればとっくに提出されているでしょう。

出典:STAP細胞特許出願を米国特許庁が暫定拒絶(栗原潔)

特許の手続きなどに関しては、筆者はまったくの門外漢で、栗原氏の記事に加えることは何もない。ただ、栗原氏は新しい記事で「宣誓供述書の技術的内容の検証については私の専門外ですので、細胞生物学のバックグラウンドをお持ちで、かつ、この問題を追っかけてきたどなたかに是非フォローアップしていただきたいです」と書いておられる。私には細胞生物学のバックグラウンドはないが、科学ライターとしてこの問題を追いかけてきた者ではあるので、少しフォローしてみたい。

STAPの「P」は多能性。その多能性の証明をしていない

バカンティ教授の宣誓供述書は、特許庁の拒絶理由に対する応答のはずだ。中を読むと、ヒトの皮膚の細胞を使って、機械的な刺激、酸性溶液に浸ける処理、その両方の3通りを試し、細胞の塊(スフィア)を得たとしている。その写真がこの記事の冒頭の写真は。この細胞の塊は、皮膚細胞とは外見が異なるし、撤回されたSTAP論文に載っていたSTAP細胞の塊によく似ている。供述書によれば、多能性マーカーとされる特定の3つの遺伝子の発現も2種類の方法で確認してあり、そのうちの1つであるOct4遺伝子の発現量は、比較対象となる細胞の10~25倍だったとある(データは示されていない)。皮膚の細胞からこの細胞塊を得るまでの手順は、簡単ではあるが、記載されている。

データを載せなくて良いのかという(少なくとも科学の世界での)大問題は、この際、脇に置くとして、問題はこの後だ。

供述書では、この細胞塊を神経細胞へと分化させるべく、それに適した培地に移し、神経細胞っぽい姿の細胞に分化させている。これも、マーカーで確認したとある。これもデータはないが、その写真は載っている(ちなみに宣誓供述書には、ここで引用した2枚の写真以外に図表はない)。

細胞塊から分化させた“神経細胞”(バカンティ教授の宣誓供述書より)
細胞塊から分化させた“神経細胞”(バカンティ教授の宣誓供述書より)

そして、大問題なのはこれで「終わり」なのだ。問題の細胞の塊を、シャーレの中で神経細胞っぽい姿の細胞に分化させるところで終わっている。これでは「多能性(pluripotent)=体のあらゆる細胞に分化できる能力」の証明はできていない。

多能性(pluripotent)であることを示すには、単に複数の種類の細胞に分化できることを示せばいいわけではない。全身の細胞は、もとを正せば3つのグループに分けることができる。皮膚や神経細胞などの外胚葉性の細胞、肺や肝臓などの内胚葉性の細胞、筋肉などの中胚葉性の細胞の3グループだ。多能性(pluripotent)はこの3グループすべての細胞になれることが定義だ。

それを示す方法には、

  1. シャーレの中で3グループすべての細胞の分化できる
  2. マウスに移植してできる奇形腫(テラトーマ)の中に3グループの細胞がある
  3. キメラマウスをつくったときに3グループの細胞になれる

の3つがあり、2か3ができれば「多能性」と呼ぶことができる(ヒト細胞ではキメラマウスづくりは倫理的に許されていないので2までで証明する)。

バカンティ教授の供述書に戻ると、シャーレの中で神経細胞っぽい姿になった実験は、1の実験の一部にしか過ぎず、多能性の証明としてはまったく不十分なのだ。

特許庁の拒絶理由は「刺激だけで成体の体細胞に多能性(または全能性 toiponent)を生じさせるという主張を、合理的に期待できない」というものだった(注1)。

しかし、バカンティ教授の供述書では「多能性を生じさせる」の部分を示せていない。

これでは、拒絶理由への返答になっているようには思えない。

教授にとってSTAP細胞とは何なのか?

読んでいて興味深く感じたのは、バカンティ教授は供述書のなかで「STAP細胞」という言葉を使っていない点だ。1カ所だけ、Nature論文のほかの著者たちの言葉として出てくるだけだ。

そのかわりに、皮膚細胞を刺激することによって得た細胞の塊のことを、球体を意味する「スフィア」と呼んでいる。大文字を使っていないことから、細胞塊といったような一般名詞として使っているようだ。スフィアは頻繁に登場する。

スフィアのほかにも「SAC」という呼び方も宣誓供述書にはたびたび登場する。「stress-produced stem cell (SACs)」とある。「刺激で生まれた幹細胞」とでも訳せば良いのだろうが、「Aはどこから来たんだ、Aは??」というほとんど笑い話のような突っ込みどころがある。

よく知られているように、STAP細胞という名称は、撤回されたNature論文が投稿される直前に命名されており、その前は別の名前で呼ばれていた。特許の出願書類を見るとその変遷の名残を見ることができる。出願の書類では「Stress Altered Stem Cell (SASCs or SACs)」とあり、以降はSACsで統一されている。バカンティ教授はSACsの名前だけ覚えていたものの、略称前の正式名称は忘れてしまったようだ。

さらに、Nature論文ではSTAP細胞とSTAP細胞が登場する。この2つは、性質の異なっており、詳細はここでは省くが、STAP細胞は幹細胞ではないのだ。バカンティ教授の宣誓供述書では、この2種類の細胞の区別も曖昧で、どちらを指しているのかわからない箇所が多い。

栗原氏の記事によれは、宣誓供述書はそれなりの重みのあるものだという。それにしては、「細心の注意を払って書いた」とはとても思えないというのが、全体的な印象である。

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この記事を書くにあたり、栗原潔氏にさまざまな助言をいただきました。ここに御礼申し上げます。もちろん、すべての文責は筆者にあります。

注1)全能性(topipotent)とは、胎児と胎盤の両方になれる性質のこと。受精卵などごくごく初期の胚の細胞だけが持つ。STAP細胞は全能性を示すとされていた。(STAP細胞には全能性はないとされていた)