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SNSがつないだ『芋たこなんきん』16年目の奇跡(前編)

田幸和歌子エンタメライター/編集者
前列は長川さん。後列左から塩原さん、尾中さん、竹ノ下さん/中里有希さん撮影

ファン発のイベント『芋たこなんきん感謝祭』にプロデューサー&脚本家が参加! 「語り」のアナウンサーも!?

田辺聖子さんの半生をモデルとし、藤山直美さんが主演を務めたNHK連続テレビ小説『芋たこなんきん』(2006年度下半期)が16年ぶりにBSプレミアムで再放送されると、SNSで関連ワードがトレンド入りするなど、異例の盛り上がりを見せた。しかし、異例の事態は実はまだ続いていた。

9月17日に最終回が放送されてから1カ月経つ今も、SNSで芋たこロスの声は続いており、録画を改めて見直す「おかわり」勢も登場。

さらに、SNSを介してつながった芋たこファンの有志(竹ノ下景子さん、塩原由香里さん、冨田愛さん)が「芋たこなんきん感謝祭」なるイベントを企画。お誘いいただいた当初は15人程度の小さなオフ会規模の予定だったが、ダメ元でお声掛けしてみた企画協力・外部プロデューサーの尾中美紀子さんが、さらに現在は石垣島でバーを経営している脚本家の長川千佳子さんまでもが自腹で上京・イベントに来てくださることになり、参加希望人数が増加に次ぐ増加。2回会場を変更し、東京・茅場町のイベント会場で10月15日に開催されたのだ。

参加者に配布されたのは、主催者手作りによる、週ごとの内容とサブタイトルが描かれた「あらすじ表」。表紙が原稿用紙というところに、小説家を主人公とした本作への愛が感じられる。また、1週間で3~4本のプロットが同時に走る構成のため、盛り込まれる多数の要素を網羅するよう、短いセンテンスでまとめられている。

冒頭でいきなり会場を沸かせたのは、参加者の方が知り合いであることから、預かって来てくれたというメッセージ。なんと本作で語りを担当したNHKアナウンサー・住田功一さんからの手紙だ。

当時、夕方のローカルニュースを担当していたため、ニュースとドラマの切り替えが難しかったこと。ナレーション段階では劇伴がまだ入っていないビデオを見ながらの収録であるため、サウンドトラックCDを聴き、自分で予想した劇伴にのせて雰囲気を「妄想」し、芋たこの世界に酔いながらナレーションの下読みをしていたことなどが綴られていた。

タイトルの元ネタは『春情蛸の足』『芋たこ長電話』と井原西鶴……

ここからはいよいよトーク本番。尾中さん、長川さんのお二人のコメントから、過去記事では触れられていない「初出」かつ『芋たこなんきん』をより深く知る上で重要な部分を抜粋し、ご紹介したい(記事化にあたり一部補足)。

――朝ドラで田辺聖子さんの一代記を描こうと思ったのはなぜですか。

長川千佳子(以下 長川)「田辺聖子さんの作品は高校生くらいの頃から好きで読んでいたんですが、朝ドラにピッタリだと思いました。女性の一代記であることと、戦争を挟んで戦中戦後の記録がヒロインの目線で書かれた資料が豊富に残っていること。その上に田辺先生は、お子さんのいる方と結婚されましたが最後まで籍は入れず、しかも当初は別居婚であったことなど、新しい生き方・ 自由な考え方にびっくりしたんです。それで、こういう生き方を皆さんにわかっていただきたい、それ以上に自分がわかりたいという思いがありました」

尾中美紀子(以下 尾中)「朝ドラでは1つの小説を原作として描く作品もたくさんありますが、ドラマ化のきっかけとなった『田辺写真館が見た“昭和”』(文藝春秋/2005年)は田辺聖子先生の子どもの頃のことや大阪のこと、戦争のことなどが描かれたエッセイに近いものなので、ドラマ化にあたって自由度が高いというか。それを背骨として田辺先生の生き方をオリジナルで6カ月の物語にしたので、『原作』ではなく『原案』なんです」

――『芋たこなんきん』というタイトルは尾中さんがつけられたそうですね。

尾中「局のプロデューサーなどみんなで集まってアイディアを出し合って、各自3つほど出した気がするんですが、私は田辺先生の『春情蛸の足』という題名がとてもほんわかとして好きなので、そのニュアンスや雰囲気を引っぱってきたいなというのが最初のイメージです。もう一つは、江戸時代の井原西鶴の『とかく女の好むもの芝居、浄瑠璃、芋蛸南京』が元ネタで、田辺先生の『芋たこ長電話』もあり、大阪らしい、これしかないという思いもありました。これは1発OKで、『あら、いいんですか?』みたいな感じで決まったんですよ(笑)」

左から尾中美紀子さん、長川千佳子さん/竹ノ下景子さん撮影
左から尾中美紀子さん、長川千佳子さん/竹ノ下景子さん撮影

町子&健次郎はこうして生まれた

――田辺聖子さんという実在のモデルがいる中、朝ドラヒロイン・町子をどんな人物として描こうと思いましたか 。

長川「企画段階でプレゼンするとき、局の偉い人から『作家って、書いていてずっと動かないけど、大丈夫?』と言われたんですよ。もちろんそんな描写はつまらないですし、するつもりもなかったんですが……。メインの舞台がインドアであることは確かです。田辺先生は柔らかぁく戦っていくイメージですが、藤山直美さんが演じられることもあるので、アクティブなエネルギーをお借りして、母性も入れて、30代からのチャーミングなところも入れてドラマの真ん中で引っ張っていく女性にしようと思いました。田辺先生には『好きなようにやりなさい』とおっしゃっていただいて、余計に責任も感じましたし、あえて子供の人数を増やしたり、1番上を女性にしたり、いろいろ入れ替えたりして、オリジナルの設定にしました」

――全力ダッシュしたり、鉄棒で逆上がりしようとしたり、アクティブで好奇心旺盛で少女のような可愛さのあるヒロインですよね。

長川「少女っぽさ、子供っぽさも藤山さんの町子の魅力だなと。田辺先生のエッセイの中に、最近の女性はよく走る、はしたないと思うといったことが書かれていたんですが、そこはコメディエンヌとしての藤山さんの力量あって面白くなっていますね」

――カモカのおっちゃん・健次郎さんは、どんな人物として描こうと思いましたか。

長川「実際には皮膚科の先生だったのですが、信頼される開業医としてアレンジさせていただいたので、シリアスな病気も描けたほか、医者の倫理観や職業性、開業医としての信念を描くことができました。一方、健次郎さんが開業医のベテラン医師だったのに対し、妹の晴子さんは大病院に勤める新人の女医さんで、しかも外科医と設定したことで、医療の話でもいろいろ広がるんじゃないかと思いました」

――最近の朝ドラでは長めのサブタイトルも多いですが、芋たこの場合、1週目から「ふたり」「お祝い?!」「かぜひき」「しゃべる、しゃべる」と来て、ラスト2週で「おにいちゃん」、最終週「ほな、また!」と非常に短いのも特徴です。シンプルでいて、1週間見終えると「そういうことか」とわかる爽快感があります。

長川「サブタイトルは、何週目はこんな感じ…とおおまかなプロットをお渡しし、あとは尾中さんにお任せでした」

尾中「長川さんとは相方のような感じで『こういう物語がいいよ』などと最初に話をして、『いや、ここは違うか』などと打ち合わせを繰り返した後、中身を一生懸命書いてもらわないといけないので、サブタイトルは私の責任で全部やっときます、という流れでした。NHKとのやりとりは当時メールではなく、電話で『山があるからてんてんてん(…)です』などと伝えていました。1週間の中でプロットが3~4本同時に走る構成なので、その全てを集約する言葉がないかと考えるんです。それが成功しているものもあるし、今思えば失敗しているもの、ちょっと宗教入っているみたいなものもあります(笑)。(お気に入りは?)『奄美想いて…』が良かったかなあ」

長川「Twitterでも人気が高いですね。私は『カーテンコール』好きですね」

会場を埋め尽くした芋たこファン。熱心にメモを取る人も多数/竹ノ下景子さん撮影
会場を埋め尽くした芋たこファン。熱心にメモを取る人も多数/竹ノ下景子さん撮影

役者の力で脚本を超えていったところも

――役者さんの力によって、脚本をさらに超えていったと思ったところもありましたか。

長川「たくさんありますが、たとえば『子離れ、親離れ』の週のツチノコブーム。笑いの作り方としては、漫才の手法で、『ちゅーですか?』『いや、チーッなんです』と生真面目に否定していくおかしさみたいなものは、脚本よりエスカレートしていますね。國村(隼)さんがホン(脚本)を読んだ段階で、『(藤山さんの)大好物なにおいがする。危険や』とおっしゃっていて。ツチノコ研究家・駒蔵(石橋蓮司)が手土産のお菓子を持って『人形焼きです』と言い、ちっちゃく『こしあんです』と言うんですね。石橋さんのアドリブのように聞こえますが、実は尾中さんが最後に加えようと言い出したもので(笑)。あの変なキャラクターを表すすごいセリフで、さすがだなと思いました」

尾中「自分が書き足したなんてすっかり忘れてました。一番さすがなのは、そのキャラクターを完璧に理解して、手渡しながら、わざわざこそっと『こしあんです』と言った石橋さんですね。堂々と『こしあんです』なんて言っても、笑いにならないですから。ちなみに、石橋さん、藤山さんの『チィーッ』は脚本に書かれていたよりも相当ふやしてはるんです。やっぱりね(笑)」

長川「脚本では、構造的に作った笑いに、仕上げの仕事としてキャラクターの笑いを私や尾中さんがちょこちょこ足していく作業でした」

尾中「序盤で、町子が(古い考えの)健次郎さんとのケンカの中で『恐竜と同じように滅びてしまいなさいよ』と言って、『誰が恐竜やねん』と脚本にはあったんですが、その後で國村さんが『どこに尻尾がついとる? 私の』を付け加えたんですね。それで、健次郎と言う人の意外と子供っぽい部分が見えてくる、もう一段上の仕上がりになりました」

長川「役者さんの力で脚本を超えてくるという話でいくと、ツチノコ編最後のところでは、石橋さんが取材をしてきた後に『奈良の報告します』で終わるところ、さらにツチノコの鳴き声について『“チィーッ”じゃなくて、“シュウ”じゃないかっていう人がいるんですよ。“シュウ”は土に入ります、おかしいです』というわけのわからないことを足してきたんです(笑)。あのシーンでは、國村さんも笑わないようにと、なかなかな苦行ですよね」

(田幸和歌子)

【芋たこファンアンケート結果発表】

※『芋たこなんきん感謝祭』参加者分とTwitterでの投票分を集計

【好きなキャラ ベスト10】

1 町子  232票

2 健次郎  230票

3 矢木沢  193票

4 昭一  62票

5 隆  56票 

6 りん 51票 

7 和代 49票 

8 イシ 37票 

9 鯛子、アムールのママ 30票

10 徳一 28票

(集計/竹ノ下景子さん、塩原由香里さん)

長川「アムールのママみたいな人は、大阪のおばちゃんにはたくさんいるというイメージで描きました。ただ、私は今、石垣島でバーをやっているんですが、近くに古いスナックがあって、年配のママさんがいらっしゃるんですけど、なんか既視感があると思ったら、キャラクターがアムールのママそっくりなんですよ(笑)。私が好きなのは昭一さん。可愛いです(笑)。困った人でね、でもその後、NHKであんなに自転車に乗るとは思わなかったですね(笑)」

尾中「当時、火野正平さんが朝ドラにということに、プロデューサー陣は違和感があったらしいんですが、火野正平さんに出てもらえないならこの役はナシにして、と言って掛け合ったような。火野さんには撮影途中に『あんな感じでエエ?気に入ってる?』と言われたりして、楽しんでお引き受けいただけました」

尾中「SNS見ていたら、ちび隆(土井洋輝)の人気には驚きましたね(笑)。私が好きなのは、晴子さん。実は非常に難しい役だと思うんですが、田畑智子さんが演じてくれたことで魅力的になって、さすがだなと思いましたね」

【芋たこロスの人にオススメの作品】

長川「芋たこロスの方なら楽しめると思うオススメ作品は、韓国のドラマで『私たちのブルース』。済州島を舞台にしたドラマなんですが、すごく良く出来ています」

尾中「國村隼さん主演のNHKドラマで『行列48時間』(2009年度)という作品があるんですよ。私も関わっていますが、客観的にも非常に面白くて、これは再放送されたらいいのにと思っています。それから、12月30日にNHK BSプレミアムで放送される時代劇『まんぞく まんぞく』。池波正太郎さんの長編時代小説を映像化したもので、石橋静河さんが女性剣士を演じるんですが、これも國村さんが出演していて、面白くなりそうな気がします」

【後編に続く】

エンタメライター/編集者

1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌・web等で俳優・脚本家・プロデューサーなどのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。エンタメ記事は毎日2本程度執筆。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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