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親世代にしみる… 朝ドラ『おかえりモネ』を異色の作品に仕立てた名言とは?

田幸和歌子エンタメライター/編集者
画像提供 / NHK

 清原果耶主演×安達奈緒子脚本のNHK連続テレビ小説『おかえりモネ』が、10月29日で終了する。

 ゆっくりした時間の流れや、説明の少なさ、時間をかけた伏線回収、「媒介」としてのヒロイン像など、斬新な試みの多い異色の朝ドラにおいて、もう一つどうしても触れておきたいのが、ヒロイン世代の目線と同時に「親目線」「大人目線」が盛り込まれていたことだ。

 そんな親世代・大人世代にこそしみるポイントを改めて振り返ってみたい。

焦る、悩む若者の前のめりの歩みをちょっと緩めてあげる言葉

 まず序盤で百音(清原)のメンターとしての役割を担っていたサヤカ(夏木マリ)。登米の森林組合で働き始めた百音がヒバの大木に感動していると、「明日はヒノキになろうって思いながら大きくなった」、別名「アスナロ」だと説明し、ヒノキになれなくても立派に育ったヒバに触れつつ「焦らなくてもいい、ゆっくりでいいんだ」とつぶやく(第2話)。自分の好きなことがわからないという百音の「誰かの役に立ちたい」という思いには、こう答える(第3話)。

「別にモネが死ぬまで、死んだ後も役に立たなくてもいいわけよ。ただ、18歳のあなたにそれを言ったらおしまいよ。誰かの役に立ちたい。いいよ、健全だ、悩め、悩め、悩め」

 焦る、悩む若者の前のめりの歩みをちょっと緩めてあげる言葉を言える大人は、どれだけいるだろうか。さらに百音を連れ戻しに来た父・耕治(内野聖陽)には、「どんなにかわいくてもずっと手元に置いどくのは違うど思いますよ」(第7話)。ふと自分に言われているような気がした親も多いのではないか。

画像提供/NHK
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“世代交代”の嬉しさと頼もしさ、寂しさ

 しかし、そんなサヤカから百音が巣立っていくのが、第42話だ。3度目の気象予報士試験に合格した百音は、サヤカに気を遣い、落ちたと嘘をつく。これは自分の本心を隠した百音の優しい嘘だが、サヤカは「私に同情したの? (中略)そんなばあさんほっとけないとでも思った? バカにしないで」と突き放し、百音の背中を押す。自分に守られていた側がいつしか自分を守る側に変わっている“世代交代”の嬉しさと頼もしさ、寂しさとが入り混じった感情は、大人にはかなりグッとくるところだろう。

大人が背負う荷物を軽くしてくれる言葉

 また、百音が気象予報士の道に進むきっかけとなった朝岡(西島秀俊)には、若者を導く役割と、「大人」が背負うモノを解放する役割があったように思う。

 例えば、「何もできなかったと思う人は、次はきっと何かできるようになりたいと強く思うでしょう。その思いが、私たちを動かすエンジンです」と百音の心に寄り添い、小さな光を灯したシーン(第33話)。気象予報士になった百音が水の怖さばかりを強調し、番組を観た子どもに恐怖を与えてしまったときには、朝岡は百音の思いに理解・共感を示した上で、「最初から怖いと思ってしまっては、近づき、知る機会さえ奪われる」「普段は優しい、けどときどき怖い。でもよく知っていれば、逃げる方法やタイミングがわかるよと伝えてほしい」と具体的なアドバイスを示す(第54話)。

 まさに理想の上司に見えるが、朝岡が面白いのは、意外に子どものままの感性の持ち主であること。なにせ後輩たちに仕事を託し、自身は気象キャスターをやめ、「スポーツ気象」に突っ走るのだから。それも自身の大学駅伝で経験した悔しい思いにリベンジしたいという、あくまで個人的な思いからだ(第59話)。

 もちろん自身のトラウマが原点ではあるが、スポーツ気象に向き合う朝岡の表情は、小さな子どものようで、ワクワクが周囲にまで伝染するようだった。常に若者に手本を示し、助け、責任をとり、若者にバトンを渡すことだけが大人のやるべきことではない。誰よりも夢中になり、自分の思いで突っ走る朝岡は、若者にとっても「楽しそうで魅力的な大人」であり、私たち大人が年々背負っていく荷物を軽くしてくれる存在でもあった。

画像提供/NHK
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 その思いと重なるのは、車いすアスリートの鮫島(菅原小春)だ。100%自分のために走るという鮫島は「めぐりめぐって、どっかの誰かをちょこっとだけでも元気づけてたら」と言い(第60回)、引退宣言した際には「次は人の役に立ちたいな」と笑う。自分のために走ってきた鮫島だからこそ、人に助けられるありがたみもよく知っているのだ。そして、同じく人の役に立ちたいと語る百音を肯定する。

「大人こそ照れずに言っていかなあかんねん。そういう熱い思いは!」(第86回)。これは脚本を手掛けた安達奈緒子氏が一貫して伝えてきたメッセージだろう。

 もう一つ親世代にとって大きな衝撃だったのは、母・亜哉子(鈴木京香)の過去。百音が気仙沼に戻り、コミュニティラジオで天気情報を発信するなか、亜哉子のかつての教え子・あかり(伊東蒼)がやってくる。亜哉子は百音に教師を辞めた本当の理由――東日本大震災発生時に、「長い夜で、一瞬、10分くらい」自分の子どもたちのことを考えてしまい、目の前の子どもたちを置いて行こうとしていたことを打ち明けた。これは子を持つ親であれば、当たり前の感情だが、亜哉子はその10分を忘れることができず、ずっと自分を責め続けてきた(第104話)。これはまるでコロナ禍の医療従事者の悲鳴を聞いたような苦しさを覚えるエピソードである。

画像提供/NHK
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すでに生き方がおおかた決まってしまった大人たちへ…

 一方、家業の牡蠣養殖業を継がず、銀行員になった耕治は、朝岡との初対面時に若者へのメッセージとして「どうなっかわかんねえ世の中だ。もう、どこ行ったってかまわねえ。ただ、お前たちの未来は明るいんだって。決して悪くなる一方じゃないって。俺は信じて言い続けてやりたい」と語る(第69話)。実家の寺から逃げていた三生(前田航基)に理解を示し、「家業を継がなかったパイオニア」として寄り添ってきたこともある。しかし、それは父・龍己(藤竜也)や幼馴染で元カリスマ漁師の新次(浅野忠信)のようになれないという思いの裏返しでもあり、龍己が自分の代で家業を畳むというと、銀行を辞めて漁師をやることを決める。当然大反対されるが、「漁師やってみたかったんだよ、ずっと」「人間ってのは変わるんだよ。変わっていいんだよ」。一筋に生きることや初志貫徹などが貴ばれるなか、やりたいことが変わることを肯定し、何歳からでも始めて良いという耕治の言葉は、同じくやりたいことが何度も変わってきた百音や、人生があらかた決まってしまっている大人世代の気持ちを楽にし、奮い立たせてくれる言葉でもあった。

気仙沼全景
気仙沼全景写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

世の中全般にはびこる”冷笑“への批判

 そして、「誰かの役に立ちたい」を幼馴染の亮(永瀬廉)のみならず、初対面の中学生・あかりにまで「きれいごと」と言われた百音。きれいごとだけでは済まないのは現実だが、きれいごとを掲げなければ前に進めないし、そこから少しでも現実にしていく努力は、私たち大人こそが考えなければいけないことだろう。世の中全般にはびこる”冷笑“への批判にも思えるメッセージだ。

 さらに、辛辣な言葉を投げかけた制服+赤いマフラー姿のあかりが、かつての百音とよく似ていることも注目された。あかりが永浦家で世話になったことから「助けてもらってばかりで悪いから」と言うと、百音は言う。

「こっちも助けてもらってる。それに、助けてもらってばかりでも、それはそれでいいという世の中のほうがいいんじゃないかな」(第105話)。“サヤカイズム”を感じさせるこの一言は、おそらくかつての自分を解放する言葉でもあったろう。

 そして、菅波(坂口健太郎)が永浦家に結婚のあいさつにやってくる。そこから耕治はいったん逃げるが、百音、菅波と今後について話し合ううち、3人の意見が合致する。

 漁師の経験がなく勘が足りない分、「科学で補えばいい。借りられるもんは、どんどん借りればいい」という耕治に、菅波は「業種を超えて力を借りるっていうのは、いい方法」、百音もまた「違う分野をつなげることでできることも広がったり」と同意する(第117話)。これは別々の場所で違う仕事をしながらも一つの目標に向かうという百音と菅波の結婚生活を説明するためのものだが、コロナ禍の世の中へのメッセージに思えてならない。

 本来は「公助」が第一にあるべきだが、残念ながらそれが得られず、「自助」ばかり求められてきた私たちが「力を借りる」ことの大切さ、そしてそれぞれがいる場所でそれぞれの力を合わせて、共通の目標に向かっていくことは、今まさに求められているものだろう。それを率先して見せるべきは、私たち大人だ。

成長物語で終わらなかった異色の朝ドラ

 かつて「新人女優の登竜門」とも言われてきた朝ドラでは、ヒロインが作品と一緒に成長していく姿を、視聴者が親戚の子に対するような温かい目で見守ることが多かった。古くは『おはなはん』(1966年)の樫山文枝から、みんなが大好きな『ちゅらさん』(2001年)の国仲涼子、『あまちゃん』の能年玲奈(現・のん)をはじめとして、演技経験がまだ少ないヒロインが朝ドラ出演を機に、みんなに見守られ、愛され、国民的人気女優となったケースは過去にはたくさんある。

 しかし、『おかえりモネ』の場合は、大人が安全な高い場所から「見守る」ことを許してくれない。親世代・大人世代が我が事として向き合い、ドキリとさせられたり、気づきを得たり、自戒の念を抱いたり、背中を押されたりすることが多々あるドラマが『おかえりモネ』だ。

(田幸和歌子)

エンタメライター/編集者

1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌・web等で俳優・脚本家・プロデューサーなどのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。エンタメ記事は毎日2本程度執筆。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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