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インドの試供品の無料配布アプリ「Smytten」は、ブランドにどんな影響を与える?

滝沢頼子インド/中国ITジャーナリスト、UXデザイナ/コンサルタント
Smytten公式サイトより

インドには「Smytten(スミッテン)」という、様々なブランドの試供品(主に美容系)を無料で提供してくれるアプリがある。

日本においては「試供品の店舗での無料配布・配送」は、特に高級ブランドにおいては行われているが、「様々なブランドの試供品をまとめて請求できる」というプラットフォームは(少なくとも有名なものは)ない。

日本にはないユニークなサービスである「Smytten」のユーザ体験はどのようなものであるか、気になって調べてみた。

本記事では、インド在住の筆者が実際に使ってみて、また現地のヘビーユーザにインタビューをしてみて得られた示唆を紹介していく。

Smytten(スミッテン)とは?

Smytten(スミッテン)」はインドのグルガオンに本社を置く企業「Surfboats Solutions Pvt Ltd」が運営するサービスだ。

Smyttenは、自らを「インド最大のプレミアムディスカバリおよびトライアルプラットフォーム」と銘打っている。

具体的には、Smytten上で扱われている1,200 以上のブランドの試供品の中から、一度に最大6つを無料で請求することができるというサービスだ。

扱われている商品は、化粧品、スキンケア用品、フレグランスなどの美容関係の商品を中心に、その他にも食品と飲料、ベビー用品、健康とウェルネスなど多岐にわたる。

トライアルできる商品のカテゴリ分類の一部。美容系が多い。(筆者のアプリのスクリーンショット)
トライアルできる商品のカテゴリ分類の一部。美容系が多い。(筆者のアプリのスクリーンショット)

使い方は簡単だ。アプリに登録すると、まず「6トライアルポイント」が付与される。

アプリ上の各商品には、「何ポイントでもらえるか」が明示されているので、6トライアルポイントで得られる範囲で好きな試供品をカートに入れていく

Smyttenのアプリ(筆者のアプリのスクリーンショット)
Smyttenのアプリ(筆者のアプリのスクリーンショット)

筆者は合計5商品を選んだ。商品は無料で、配送料として199ルピー(340円程度)を支払う。数日後に届いたのが以下のものだ。

自宅に届いた商品(筆者撮影)
自宅に届いた商品(筆者撮影)

これが配送料分だけでもらえるのはお得感がある。(ちなみに中身はシャンプー2つ、洗顔料1つ、口紅1つと、睡眠の質を上げるグミ1つ、である)

そして嬉しいことに、このトライアルは一回限りではない

試供品の請求後には、また6トライアルポイントが補充される。そして何度でも、一回の上限6トライアルポイント内で試供品を請求できるのである。

また配送料として支払った199ルピー(340円程度)はキャッシュバックされ、フルパッケージの製品を購入する際の割引に使うことができる。(ただし、30日以内に利用する必要あり)

そのため、うまく使えば実質送料なしで試供品を無料で何度でも手に入れることができるというわけだ。

「宝探し」的に楽しく新しいものに出会い、試せる点が価値

Smyttenを利用するインド人ユーザへのインタビュー調査を行ったところ、Smyttenは「新しい商品に楽しみながら出会える」という点に価値を強く感じられることが多かった。(定性調査であることには留意)

おおよそ3ヶ月に1度のペースでSmyttenで試供品を得ているというAさん(バンガロール在住・33歳)はこう語る。

Smyttenを使う前は使う商品を変えることはしませんでした。

でもSmyttenを使い始めたことで、今までとは違うブランドや商品に触れる機会を得られました。

また、Bさん(バンガロール在住・40歳)も同様の点に価値を感じていた。

Smyttenを使い始める前は、(スキンケア製品などは)大きなパッケージを買って同じものを使い続けていました。

今は洗顔など基本的なアイテムは大きいパッケージを買っておいてありますが、それ以外のものはサンプルを請求してどんどん変えていっています。

(中略)

このアプリで色々なブランドや商品を知ることができました。そうでなければ、一般的な(有名な)商品しか知らないままだったと思います。

加えて、それが「楽しい」という点もポイントのようだ。

4年前からSmyttenを利用し、今までにSmyttenで20回以上試供品を得ているというCさん(バンガロール在住・32歳)はこう語る。

Smyttenは楽しい(fun)し面白い(interesting)です。

知らないブランドの知らない製品を試して、どんな成分なのかとか、使ってどうなるかわかるのが良いと感じます。

他にも類似する発言は多く見られた。自分にとって新しいものを探している時間や、届いてから試すことは「楽しい」のである。(筆者も実際に使ってみて共感するところである)

ユーザの具体的な行動を見ても、多くの方が、Smytten閲覧の際、何か特定の商品サンプルを探したり特定のブランドに絞って見たりするというより、「何か良さそうなものないかな」と楽しそうに閲覧をしていた

このように「Smytten」はユーザにとって、「宝探し」のように楽しく新しいもの(ブランドやカテゴリ、商品)に出会い、試せるという価値があるサービスとなっているようだ。

企業(ブランド)目線での価値

誤解のないように書いておくと、Smyttenはあくまで試供品を配布する企業(ブランド)とユーザをつなぐプラットフォームである。

ではそのSmyttenを利用する企業にとって、Smyttenはどんな価値があるだろうか。筆者は、大きく以下の2つの価値があると考えている。

①乗り換えのきっかけを作れる

②ユーザ需要の確認をクイックにできる

①乗り換えのきっかけを作れる

創業者のSwagat氏は、「消費者は本質的に変化を嫌うものであり、パーソナルケアに関しては特にそう」と考えている(参考記事)。

確かに、コスメやシャンプー等の商材は、食べ物などと比べると価格も高く、また一度買うと使い切るまでの時間が長いので、失敗を避けて「いつも使っているもの」になりやすいように思う。

美容に対する興味が強く、能動的にクチコミなどをリサーチするようなタイプならまだしも、そうでなければ明確に不満がない限り買い替えの動機は生まれにくい「認知・乗り換えともにハードルが高い」状態と言えるだろう。

Swagat氏はこう語る。(参考記事

広告枠をいくら選んでも、ストーリーテリングをしても、購買の40%近くは個人的な経験によって起こります。インドは信頼が不足している市場であり、文化的に(市場への)不信感が強いのです。規模を拡大するためには、個人的なつながりを構築し、消費者が直接商品を体験できるようにする必要があります。

創業者のSwagat Sarangi氏(左)とSiddhartha Nangia氏(右)(The Economic Timesより)
創業者のSwagat Sarangi氏(左)とSiddhartha Nangia氏(右)(The Economic Timesより)

サンプルを気軽に手に入れられるというプラットフォームは、強い興味や経済力がなくても、「とりあえず試してみる」という行動を生みやすく、買い替えのきっかけを作るのに大きく寄与していると思われる。

実際に、創業者のSwagat氏はSmyttenを使うことでの高い広告効果を述べている。(参考記事

※2020年のインタビューのため現在とは状況が異なる可能性に注意

私たちのプラットフォーム上では、サンプリングしたすべてのブランドに対して2桁のコンバージョンを提供できています。つまり、10人がある商品を試すごとに、そのうち1人が私たちのプラットフォームで購入していることになります。

10人に1人、あるいは10人に2人がコンバージョンしているのであれば、通常の消費者直接獲得やデジタル経由の消費者獲得コストは、実に3分の1になります。ブランドはそこに価値を見出すのです。

特に知名度が高くないD2Cブランドにおいては、メリットが大きいサービスと言えるだろう。

②ユーザ需要の確認をクイックにできる

加えてブランド目線では、Smyttenは「クイックなサンプリング実験」ができ、失敗のコストを最小限に抑えることに寄与するプラットフォームとしての価値があるようだ。

先述の創業者のSwagat氏はこう語る。(参考記事

一部の新製品については失敗がつきものですし、D2Cブランドのようなスピードで商品を入れ替える場合、失敗率はより高くなります。

そのため、サンプリングをすれば、特定の製品が機能するかどうかを確認することは容易です。

Smyttenは数百万人の消費者のデータと、消費者の購入前行動に関するインサイトを持っている。D2Cブランドにとって、Smyttenにサンプルを提供することは、ターゲットとしているセグメントからのフィードバックを得る効果的な方法の一つと言えるだろう。

得られる示唆:「マーケティング勝負」から「トライアルからが勝負」になる未来がくる?

このような低コストで気軽に製品を試すプラットフォームがあることで、ユーザは「とりあえず試してみる」という行動がしやすくなる

そうなると企業側としては、これまで「マーケティング勝負」だったのが、「トライアルからが勝負」になってくるのではないだろうか。

以下で詳しく解説する。

言うまでもないことだが、ユーザがコスメやパーソナルケア製品を選ぶときの意思決定には、現在は企業側のマーケティングが大きく関係している。

例えば「広告での印象形成」「ブランドの知名度やイメージ」などだ。

※口コミも重要だが、それを誘発できるかも含めて「マーケティング」だと考える

しかし、「気軽に実際の商品を試せる」という状況だと、以下の2つの重要度が増すのではないだろうか。

プロダクトの質(画一的な指標に基づいた質の高低ではなく「使ってどう感じるか」)

初回お試し後の、購入につなげる体験設計(例:購入後のコミュニケーション、決済体験等)

企業の勝負ポイント違いのイメージ(株式会社hoppin作成)
企業の勝負ポイント違いのイメージ(株式会社hoppin作成)

もちろん、「気軽に試す」ことができる状況になったからと言って、マーケティングの効力が全くなくなるわけではない。

ただ現在、企業向け・個人向け問わず、多くのアプリ・ウェブサービスは「まずは1ヶ月無料でお試し」のように、「気軽にお試し」から使えるようになっている。

今後アプリ・ウェブサービスだけではなく、物理的な製品においても「まず試す」が一般的になる可能性もあるのではないだろうか。

すでにメルカリでは、スキンケアや化粧品を始めとした多くの商品サンプルが売買されており、「お試し」のニーズは高い。

Smyttenのようにサンプルに特化したプラットフォームができるとなると、知名度が高くない企業にとってはよりチャンスが広がるだろう。

何はともあれ、「まず試す」時代になった場合、知名度の高低に関わらず今までとは異なる戦い方をする必要がある。その戦いに向けた備えが必要だ。

特に「②初回お試し後の購入につなげる体験設計」は、現時点で自社チャネルで大いに実験する余地がある。

サンプル請求や配布は、(力を入れていない場合もあるにせよ)自社チャネルで多少なりとも実施している企業が多いのではないだろうか。

自社チャネルでの実験を重ね、「お試しからの購入」の体験を磨き込んでおくことが、来たる戦い方の変化に備えることになるかもしれない。

※ちなみに現時点では、お試し後に購入につなげる体験設計は、Smytten側・製品提供ブランド側いずれにも(少なくともユーザ目線では)見られなかった。この点はまだ改善の余地があると言えそうだ。

インド/中国ITジャーナリスト、UXデザイナ/コンサルタント

株式会社hoppin 代表取締役 CEO。東京大学卒業後、株式会社ビービットにてUXコンサルタント。上海オフィスの立ち上げも経験。その後、上海のデジタルマーケティングの会社、東京にてスタートアップを経て、中国/インドのビジネス視察ツアー、中国/インド市場リサーチや講演/勉強会、UXコンサルティングなどを実施する株式会社hoppinを創業。2022年からはインドのバンガロール在住。

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