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えっ、犬が「遺産分割協議書」を食べちゃったって!?〜遺産分けを速やか・安全に済ませるプロの技

竹内豊行政書士
犬に罪はありませんが、犬が遺産分けを邪魔することもあります。(写真:アフロ)

田中真一さん(仮名・40歳)の亡父・真太郎(仮名・享年83歳)さんは、2度の離婚の後、真一さんの母・美奈子さん(仮名・69歳)と再婚しました。

真太郎さんは、最初の結婚で3人、次の結婚で4人、そして、最後に真一さんの合計8人の子どもをもうけました。

したがって、真太郎さんの相続人は妻・美奈子さんと真一さんを含む子ども8人の合計9人となりました。

残されなかった遺言書

晩年、真一さんは真太郎さんに「おやじが死んだら母さんと俺は会ったことがない親父の前婚の子どもたちと遺産分けの話し合いをしなければならなくなるから、遺言書を残してくれよ」と何度も頼みましたが「わかった」と言うものの結局残さないで亡くなってしまいました。わずかな望みを託して公証役場で遺言検索システムや法務局で遺言書の保管の有無を調べてみましたが遺言書はありませんでした。

やっと全員から合意を得る

仕方がないので、戸籍を遡った結果、子どもたちの住所がわかりました。北は北海道から南は沖縄まで全国に散らばっていました。そして、各人に真太郎さんの死亡を伝えた上で、「遺産分けの手続きに協力して欲しい」と手紙を出したところ、幸いに「子ども1人当たり100万円、残りは全て妻が取得する」という内容で全員から合意を得ることができました。

突然の悲劇~犬が遺産分割協議書を食べる

そこで、合意内容を1通の書面(「遺産分割協議書」)にして、まず北海道の相続人に送り署名・押印してもらった上で返信してもらいました。これを繰り返してやっと最後の沖縄の相続人に郵送しました。

「やれやれ、沖縄の相続人から返信がくれば終わりだな。ここまでくるのに親父が死んでからもうすぐ1年か・・・。長かったな」としみじみ今までの苦労を思い出していたその時でした。沖縄の相続人(真一さんの兄)から電話が入ったのでした。

「はじめまして。真一くん?沖縄に住んでいる真之介です。実は、送ってもらった書類(遺産分割協議書)だけど、うちのバカ犬が食べちゃってぐちゃぐちゃにしちゃったんだよ。申し訳ないけどもう一度送ってくれないかな。あっ、そうだ、個人情報が書かれていたからシュレッダーにかけといたから安心してね。じゃあ!」と一方的にまくし立てて切ってしまいました。

真一さんは「そんな馬鹿な。それじゃあ、また北海道からやり直しじゃないか・・・」と呟いて呆然とするしかありませんでした。

プロはこうする

遺産分割協議書はなにも1通の書面に相続人全員が署名・押印する必要はありません。まったく同じ内容の書面に各自がそれぞれ署名・押印してもかまわないのです。したがって、真一さんは相続人の人数分(9枚)の同一書面を用意して、各人から署名・押印をもらえばこのような悲劇は避けられたのです(万一、相続人の1人が遺産分割協議書を汚損・紛失しても、その者だけがやり直せば済む)。

このような、「相続人の人数分の同一書面」を用意する方法は、相続人の人数が多かったり相続人が各地に散らばっている場合に有効です。

ちょっとした工夫ですが、相続実務ではよく使う手です。ぜひ覚えておいてください。

※この記事は筆者の実務経験を基に作成したフィクションです。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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