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裏切られた妻・パート3~衝撃!急死した夫が「愛人に全財産を残す」という遺言を残していた

竹内豊行政書士
夫が「愛人に全財産を残す」遺言を残していたら、あなたはどうしますか?(写真:イメージマート)

橋本小百合さん(仮名・32歳)と夫・浩一さん(仮名・38歳)は1年程前から別居しています。コロナ禍でお互いに在宅勤務が増えたことが原因で、ささいなことで喧嘩をしてしまうことが増えてしまったのです。そこで、二人で話し合った結果、1年間限定で別居してお互い落ち着いた状況で将来について話し合おうと決めて別居したのでした。

夫の突然の死

もうすぐ別居から1年を迎える令和4年の冬の日の早朝でした、小百合さんが「夫ともう一度やり直してもいいかな」と思っていた矢先、小百合さんのスマホに見知らぬ番号から着信がありました。

普段は登録番号以外には応対しない小百合さんでしたが、胸騒ぎがして出てみました。すると電話の主は夫の上司と名乗り、「奥さん、落ち着いて聞いてください。実は、今朝、橋本君が出張先のホテルで亡くなっているのが発見されました」と言うではありませんか。小百合さんは「これは、サギに違いない」と思い、「本当ですか?いったん切らせていただいて私から会社に掛け直します」と告げ、直ぐに夫の勤務先に電話をしました。電話に出た女性に「橋本浩一の妻の橋本小百合と申します。今、上司の方から『夫が亡くなった』という電話をいただいたのですが、本当ですか?」と聞くと、「私たちも今聞いて驚いているところなんです。既に会社の者が現地に向かっていますので状況が分かり次第お電話します」というではありませんか。小百合さんは、頭の中が真っ白になって立ちすくんでしまいました。

衝撃の遺言書

浩一さんの死因は持病が原因による突然死でした。四十九日の法要を済ませ、少しずつですが前向きな気持ちになってきた夕暮れ時の日曜日のことでした、「ピンポーン」とチャイムが鳴ったのでモニターを覗くと、そこには30歳前後のスーツ姿の見知らぬ女性が立っていました。

小百合さんが「どちら様ですか?」と尋ねると「ご主人さまにお世話になった者です。ご焼香させていただけませんでしょうか」というではありませんか。「アポイントもなく突然訪問するなんて非常識だわ」と思いましたが、断る理由もなかったので家に招き入れました。

焼香を済ますと、「ご紹介が遅れて申し訳ございません」といって和紙で作られた名刺を差し出しました。そこには

スナック カトレア

オーナー 小西真由

と書かれていました。そして、小西と名乗る女性は、「大変申し上げにくいのですが、実は、橋本さんと半年前からお付き合いをさせていただいてました。奥様に申し訳ないので私から何度も別れ話をしたのですが、橋本さんは『妻とは別居中で夫婦関係は破綻しているんだ』と言って関係を継続することを頼まれて別れることができませんでした。そして、『やっぱり別れましょう』と切り出すと、『俺が真由を愛している証拠としてこれを渡すから別れないでくれ!』と言って目の前でこの書類を書いてくれました」と言って1枚の紙をバッグから取り出して小百合さんに見せたのでした。

遺言書

小西真由(平成6年12月26日生れ)に私の全財産を遺贈する。

令和4年9月1日

橋本 浩一 印

その独特の癖のある文字は、一目で亡夫が書いたものとわかりました。しかも、実印まで押しています。

続いて、その女性は、「せっかく橋本さんが私のために残してくれたものですから、権利は行使させていただきます。改めてご連絡いたしますのでよろしくお願いします」と言い残して帰ってしまいした。

小百合さんはあまりの衝撃で膝から崩れ落ちてしまいました。そして、気づいた時は夫の遺影を床に投げつけて粉々にしていました。

果たして、浩一さんが残した遺言のとおり、すべての遺産は愛人のものになってしまうのでしょうか。

「公序良俗」がキーワード

遺言は人の最終意思を実現するための法律行為ですから、原則としてその内容は自由に書けます(このことを「遺言自由の原則」といいます)。しかし、いくら自由に書けると言っても、その内容が公の秩序や善良の風俗(公序良俗)に反するものに対しては、法はそれに対して承認を与えることを拒絶します。そのことを民法は次のように定めています。

民法90条(公序良俗)

公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

では、遺言の有効・無効に関して争った裁判例を見てみましょう。

公序良俗に「反する」として「無効」とした判例

遺贈が「不倫関係の維持」を目的としたものであると判断されると無効と判断されています。配偶者がいながら配偶者以外の者と情交関係を持つのが不倫ですから、不倫は当然公序良俗に反する行為です。その不倫関係を維持するために「自分が死んだ後には遺産をあげるよ」という内容の遺言は当然無効とされるべきでしょう。

公序良俗に「反しない」として「有効」とした判例

妻子と別居し夫婦としての実体がある程度喪失していた中で知り合い、約7年のあいだ半同棲した女性に対して、感謝の気持ちと将来の生活に対する配慮からした、全財産の3分の1の遺贈(同時に、相続人である妻と高校で教師をしている子に各3分の1を遺贈)は、当該女性の生活を保全するためにされたものであって不倫な関係の維持継続を目的とするものではなく、また相続人らの生活の基盤を脅かすものではないので、公序良俗に反しないとして、その遺言を有効とした最高裁判決があります。

このように、不倫関係にある受遺者の生活保障を目的とし、なおかつ、遺言の内容が遺族の生活を脅かすものでないという2つの要件が備わっていれば、不倫相手に遺産を残す遺言でも有効と判断されて、遺言の内容を実現することができると考えられます。

以上から、浩一さんが残した遺言は、不倫関係を維持することが目的と考えられ、しかも遺言の内容が実現してしまうと妻・小百合さんの生活を脅かしてしまうでしょうから「公序良俗に反して無効」になると考えられます。

公序良俗に反するか否かは観念的なもので有効・無効の判断が難しく、たとえ「公序良俗に反する」として無効になっても、小百合さんのように、遺族は心に傷を負ってしまいます。公序良俗に反する関係を持ってしまったら、生前になんらかの決着を付けて、公序良俗で有効・無効を争いかねない遺言は残さないようにしたいものですね。

※この記事は、民法と判例を基に作成したフィクションです。

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行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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