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裏切られた妻・パート1~なぜ亡夫は「離婚歴」と「子供」がいることを隠し通せたのか

竹内豊行政書士
(写真:イメージマート)

田中恵美さん(仮名・55歳)は、夫誠治さん(仮名・享年75歳)を癌で亡くしました。亡くなるまでの1年間は、「自宅で療養したい」という夫の願いとおり、在宅で介護をしました。この1年は、夫婦にとって二人きりの貴重な時間でした。なぜなら、実業家だった誠治さんは仕事一筋で休む間もなく働き続けてきたからです。しかし、体調不良で病院で受けた検査結果が末期癌であったことを知った誠治さんは、事業を部下に譲り、残りの時間は恵美さんと過ごすことを選んだのでした。

20歳の「年の差婚」

恵美さんは、誠治さんが大手電機メーカーを退職してIT企業を立ち上げたときの1期生で入社しました。入社してから3年後、二人はお互いに惹かれ合い交際を開始しました。交際から1年後、誠治さんは恵美さんにプロポーズをしたのです。当時、恵美さん26歳、誠治さん46歳の20歳の年の差がありました。恵美さんは懸念していたことがありました。それは、誠治さんに結婚歴や子供がいるのではないかということです。

誠治さんは仕事も精力的にこなすし、スポーツマンで性格も温厚です。事業も成功して財産も築きました。今まで独身で通していたのが不思議でした。そこで、思い切って「本当に今まで結婚したこともなければ子供もいないの?」と尋ねてみました。すると誠治さんは「当たり前じゃないか。証拠として今度会う時まで戸籍謄本を用意しておくよ」と言ってくれました。

そして、その通り次のデートで戸籍謄本を見せてくれました。そこには、健治さんだけが載っていて、妻も子供も見当たりませんでした。「健治さんが言っていたことは本当なんだわ」と恵美さんは安心して健治さんからのプロポーズを受けたのでした。

死後に隠し子が発覚

誠治さんの四十九日の法要が滞りなく済んだので「そろそろ手続きをしなくては・・・」と思い、まずは銀行に相続預金を払い戻すために伺いました。

「私たち夫婦には子供はおりません。夫には兄弟はなく、夫の両親はでに他界してます」と言って行員に夫が死亡した事実が記載されている本籍のA市役所が発行した戸籍謄本を提示しました。すると行員は「お客様のお話しのとおりですと、相続人は奥様お一人です。しかし、そのことを戸籍謄本で証明していただく必要があるのです。お手数ですが、ご主人様の出生から亡くなるまでの一連の戸籍謄本を集めてから改めてご連絡いただけませんでしょうか」と言われてしまいました。

行員は、恵美さんが提示した戸籍謄本を見ながら「ご主人様は、ご結婚する前にB市に本籍を置いていますね。まずは、B市に戸籍を請求してみてください」と教えてくれました。B市は隣の市なので、翌日にB市役所に行くことにしました。

銀行に行った翌日、B市役所の市民課で誠治さんが本籍をA市に移す前の戸籍謄本を請求しました。発行された戸籍謄本を見て、恵美さんは血の気が引けました。なんと、そこには離婚歴と子供一人の名前が書いてあるではないですか。「いったいどういうことなの!?」と恵美さんはその場に倒れ込んでしまいました。

「転籍」をすれば離婚歴は書かれない

戸籍法施行規則39条には、「新戸籍を編製され、又は他の戸籍に入る者については、次の各号に掲げる事項で従前の戸籍に記載したものは、新戸籍又は他の戸籍にこれを記載しなければならない。」として、転籍(本籍地を移動すること)等をして「新戸籍」を作成したり、結婚して「他の戸籍」に入る場合、9つのケースについては「新戸籍又は他の戸籍に記載しなければならない」としています。

実は、転記しなければならない「9つのケース」の中に「離婚」は入っていなのです。つまり、転籍をすれば、新たな戸籍には離婚歴が記載されないのです。

「転籍」とは

本籍とは、人の戸籍上の所在場所のことですが、この本籍は、日本国内に存在する土地の地名地番なら、どこに設定することも可能です。そして、転籍とは、この戸籍の所在場所である本籍を移転することです。

転籍では、前述のとおり転籍後の新戸籍にそのまま記載する事項(移記事項)と、新戸籍で消えてしまう事項(移記されない事項)があります。

戸籍はつながっている

どうやら、誠治さんは離婚歴を隠すために転籍をしたようです。このことを、過去を消すという意味で、「戸籍のクリーニング」と呼ぶことがあります。ただし、戸籍はつながっていますので、戸籍をさかのぼれば離婚した事実は必ず発覚します。

以上ご覧いただいたとおり、転籍をすれば離婚歴を一見「隠す」ことができます。ただし、当然ですが「消す」ことはできません。もし、交際相手が結婚歴や子供の有無を証明するために戸籍を見せてくれたら、「転籍」の事実が記載されているかチェックしてみてください。戸籍に「転籍日」「従前本籍」の記載があれば転籍をしたことになります。ただし、戸籍はプライバシーに関わる書類です。無理に提出を求めるようなことは厳に慎んでください。

※この記事は、民法と戸籍法に基づいて作成したフィクションです。

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行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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