黒川瞳さん(仮名・65)は夫の健一さん(仮名・享年85歳)を3か月前に腎臓がんで亡くしました。

3年間の闘病生活は壮絶なものでしたが、瞳さんはできる限りの看病をし尽くしたので悔いはありませんでした。なにより、健一さんの最後の「瞳と会えて本当によかった・・・」という言葉が瞳さんを支えていました。

20歳の「年の差婚」

夫とは瞳さんが短大を出て就職した職場のリゾートホテルで知り合いました。健一さんはそのときは45歳で総支配人を任されていました。とてもダンディで仕事もできる健一さんは新人の憧れの的でした。瞳さんもその一人で、二人は恋に落ち結婚することになりました。

瞳さん23歳、健一さん48歳という20歳の“年の差婚”でした。

一抹の不安

実は、瞳さんは結婚前に健一さんに対して疑惑を抱いていました。それは、こんなにステキで申し分ない人が今まで独身で通していたのが不思議だったのです。そして、結婚を意識するようになった時に思い切って尋ねてみたのです。

「今まで本当に独身でいたの?ひょっとして結婚していたことがあったんじゃないの?もしそうなら話してちょうだい」

すると健一さんは「いままで独身だったよ。正直言うと結婚を意識した相手はいた。でも、そうはならなかったんだ。縁がなかったんだよね。瞳とはその縁を感じる。結婚しよう」

なんとプロポーズを受けたのです。そして、「瞳がそんなに心配なら次に会う時に戸籍謄本を見せるよ」といって1週間後に本当に戸籍謄本を見せてくれたのです。そこには、筆頭者が「黒川健一」となっており、どこを見ても「結婚した」という内容は記載されていませんでした。すっかり安心した瞳さんは健一さんのプロポーズを受けることになりました。

幸せな結婚生活

それから43年の結婚生活は楽しいものでした。二人の共通の趣味である海外旅行は世界20か国を回りました。そしてなにより、二人の間に不妊治療の末、男の子が一人もうけることができました。その子ももう30歳になりホテルマンとして活躍しています。

相続で衝撃の事実が発覚

健一さんが亡くなってから半年が過ぎた頃、葬儀や法事、納骨が済み、一段落したので、瞳さんは相続預貯金を払い戻すために夫の口座がある銀行に手続の相談に訪れました。

窓口の担当者からは「相続人の方はどなたになりますか?」と質問をうけました。「妻の私と一人息子です」と答えると「では、ご主人様のお生まれになってからお亡くなりになるまでの戸籍謄本を役所からお取り寄せください」と指示を受けました。どうやら戸籍謄本で相続人を確認するらしいのです。瞳さんは「わかりきったことなのに面倒だわ。でもしょうがないわね」と割り切って役所に出向いて戸籍を取り寄せることにしました。

戸籍に信じられない事実が記載されていた

最初に地元のA市役所の戸籍課に行って請求すると、担当者から「A市役所では現在の戸籍謄本しかお出しすることができません。ご主人はお隣のB市役所から転籍してA市役所に戸籍を移してますから、次にB市役所で請求してください」と告げられてしまいました。

そこで翌日、隣のB市役所に行って同じように戸籍を請求しました。順番の番号が呼ばれて発行した戸籍を見てみると「協議離婚」「長男 健」「親権者は妻」という文字が目に飛び込んできました。わけがわからない瞳さんは、戸籍係に「これってどういう意味なんでしょうか?」と質問すると、戸籍係は「ご主人が奥様とご結婚する前に、結婚していてお子様をもうけていたことが記されています。そうなると、このお子様もご主人の相続人になりますね」と答えました。これを聞いた瞳さんは頭が真っ白になってしまいめまいがしました。

「あの人は私に43年間もウソをつき続けていたんだわ。ひどすぎる・・・」。瞳さんは途方にくれてしまったのでした。

転籍をすれば消すことができる過去がある

健一さんは離婚後に転籍(戸籍の所在場所である本籍を移転すること)をしていました。転籍をすると、「すでにした離婚事項」と「除籍されている者のすべての事項」は転籍前の戸籍から移記されません。つまり、瞳さんが結婚前に健一さんから見せられた戸籍謄本は転籍後の戸籍謄本だったのです。

過去は隠しきれない

しかし、戸籍は紐づけされています。たどれば過去の身分事項(婚姻・離婚・認知・子の存在など)は隠し通すことはできません。

前婚の子ども交えて協議をしなければならない

遺産分割の協議は相続人全員で行い、しかも全員が合意しなければ成立しません。不成立になれば、いつまで経っても被相続人の遺産を引き継ぐことはできないのです。

健一さんは既に亡くなってしまったので、どのような理由で離婚歴や子どもがいたことを生前に隠し通していたかは今となっては知る由はありません。しかし、妻と息子が自分の死後に前婚の子どもと遺産分けの協議をすれば難航することは想像できたはずです。愛する妻と子どもが自分の相続で苦労することを考えれば、どんな理由があったにしろ、告白しておくべきだったでしょう。

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