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「紀州のドン・ファン」の「遺言書」でトラブル~遺言の「落し穴」に要注意!

竹内豊行政書士
「紀州のドン・ファン」こと故野崎幸助さんの遺言書をめぐるトラブルが起きています。(写真:Motoo Naka/アフロ)

「紀州のドン・ファン」と呼ばれた和歌山県田辺市の会社経営者野崎幸助さん(当時77歳)が急性覚醒剤中毒で死亡した事件は、発生から3年を前の昨日28日に55歳年下の元妻、須藤早貴容疑者(25)の逮捕で急展開を見せました。今後、事件の約3か月前に結婚したばかりの2人に何があったのか。県警が慎重に解明を進める模様です。

実は、その裏で、野崎さんが残したとされる遺言書をめぐり裁判が行われているのです。遺言書と言えば、自分の死後に親族間で遺産をめぐる紛争を防止することを目的に作成する方が多いと思いますが、このように遺言を残したために紛争になってしまうケースもあるのです。

そこで、遺言で紛争を起こさないためにはどうすべきか考えてみたいと思います。

野崎さんの遺言書をめぐる経緯

まず、野崎さんが残したとされる遺言書をめぐる経緯を見てみましょう。

・2018年5月24日 野崎さん死亡

野崎さんの死亡により相続が開始し(民法882条)、これにより遺言の効力が発生する(985条1項)。

・野崎さんの死後、「全財産を田辺市にキフする」と手書きされた13年2月8日付の遺言書を託されていたと野崎さんの知人が明かす。

・検認の結果、和歌山家裁田辺支部が18年9月に形式的要件を満たしていると判断し、市は19年9月に遺産を受け取る方針を明らかにした。

遺言書の保管者あるいはそれを発見した相続人は、相続開始後遅滞なく、相続開始地の家庭裁判所に検認の申立てをしなければなりません(民法1004条)。

なお、検認は相続人に対し遺言の存在及びその内容を知らせるとともに、遺言書の形状、加除訂正の状態、日付、署名など検認の日現在における遺言書の内容を明確にして、遺言書の偽造・変造を防止するための手続です。遺言の有効・無効を判断する手続ではありません

・野崎さんの兄ら親族4人が20年4月、遺言執行者の弁護士を相手取り、遺言書の無効確認を求めて和歌山地裁に提訴。

裁判では、親族側は、遺言書について、コピー用紙1枚に赤ペンで走り書きされていて、野崎さんの意思で書かれたとはみなせず、野崎さん自身にも、市に寄付する合理的動機が見当たらないなどと主張。野崎さん以外が遺言書を作成した可能性が高いとして無効だとしたが、相手側の弁護士は、請求を棄却するよう求める。  

以上が野崎さんが残したとされる遺言をめぐる経緯です。そして、親族側の弁護士は、次回は、6月2日に行われる第7回口頭弁論で、結審の見通しについては何とも言えないと答えています。

以上参考:どうなる「紀州のドン・ファン」13億遺産の行方 元妻逮捕の影響は?親族側弁護士に聞いた

 このように、野崎さんが残したとされる遺言書をめぐって紛争が起きてしまっています。

 では、ここからは野崎さんが「遺言書を残した」として、遺言をめぐる紛争を起こさないためにはどうすべきだったのか考えてみましょう。

遺言を残す心得~遺言書の効力発生時に自分は死んでいる

自分が残した遺言の法的効力は、自分が死んだその瞬間から開始することを心得ましょう(民法985条)。

民法985条(遺言の効力の発生時期)

遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生ずる。

つまり、遺言に対して疑惑が発生した場合、遺言者本人は死亡しているので自ら説明や反論をすることができないのです。このことを心得て、疑義が生じない遺言書を作成すべきです。

自筆証書遺言の最大の弱点~本人が書いたことの証明が困難

野崎さんが残したとされる遺言書は、自分で書いた遺言書(自筆証書遺言)でした。自筆証書遺言の最大の弱点は、本人が書いた者であるのか証明することが困難だといということです。前述のように、遺言の効力が発生するときは、遺言者本人が死亡していますし、たとえ筆跡鑑定をしたからといって100%本人が書いたものであると証明するのは相当困難です(実際に、複数の鑑定で異なる結果が出ることはままあります)。

自筆証書遺言を残したら法務局に保管する

法務局(遺言書保管所)に自筆証書遺言を保管できる制度が2020年7月10日にスタートしました。この制度を利用するには、遺言者本人が自筆証書遺言と本人確認ができる公的証明証(運転免許証やマイナンバーカード等)を遺言書保管所に提出して保管手続を行います(代理人による提出は認められません)。そして、担当官(遺言書保管官)が、まず申請人の本人確認をします。次に、遺言が民法の定める形式に適合しているか等を確認したうえで(内容については確認しません。あくまでも自己責任です)、遺言書を保管します。

このように、法務局または地方法務局の長が指定する遺言書保管官が本人確認をすることで、遺言を書き残したのが本人であることが証明できるので、自筆証書遺言の最大の弱点をカバーすることができます。

なお、遺言書の保管制度について詳しくは、遺言書を「法務局」に預けられる「遺言書保管法」7月10日スタート~制度のメリット・デメリットと注意点をご覧ください。

筆者も遺言書を預けてみた

実は、筆者も自筆証書遺言を遺言書保管所に預けています。その模様を潜入ルポ「遺言書保管法」~7月10日午前9時 日本一早く、法務局に「遺言書」の保管を申請してきたに書いています。「遺言を残してみよう」とお考えの方はぜひご覧ください。

最後に、遺言の目的は「遺言書を残すこと」ではなく、「遺言書の内容を実現すること」です。遺言書を残す際は、このことを肝に銘じながら作成してください。そうすれば、遺言トラブルを予防することができると思います。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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