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「悪い」遺言・「良い」遺言

竹内豊行政書士
「悪い」遺言を残すと後々大変です。(写真:アフロ)

4月15日は「良い遺言の日」です。

この日は、「良(4)い、遺言(15)」ということで、近畿弁護士会連合会が1998年から記念行事を開催したことが始まりです。日本弁護士連合会では、この「遺言の日」の記念行事を広げるため、2004年度から全国の弁護士会に呼びかけを行って、無料相談会の実施など遺言の普及活動を行っています(参考:日本弁護士連合会ホームページ)。

さて、「良い遺言」というからには「悪い遺言」もあるということになります。

そこで、今回は、「悪い遺言」について考えてみたいと思います。

人が死亡すると財産はどうなるのか

相続は人の死亡を原因として開始します(民法882条)

(相続開始の原因)

民法882条 相続は、死亡によって開始する。

そして、人が亡くなるとその人(亡くなった方のことを「被相続人」と言います)の財産は一身専属のものを除いて被相続人と法律が定めている一定の親族関係にある人(「法定相続人」と言います」)に一定の割合(「法定相続分」と言います」で移転します。

たとえば、被相続人に妻と子ども二人(長男と長女)がいる場合、被相続人の財産に属した一切の権利義務は、被相続人の一身に専属したもの(生活保護受給権、年金受給権など)を除いて、「ご臨終です」と医師に言われた瞬間に、相続人である妻・長男・長女にそれぞれの法定相続分である4分の2・4分の1・4分の1の割合で移転してしまうのです。その結果、被相続人の相続財産は相続人間の「共有」になります(民法896条)。

(相続の一般的効力)

相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。

普通、共有の状態では、日常生活に不都合が生じます。たとえば、被相続人が残した不動産は共有者である相続人全員が合意しないと売却できません。また、銀行の預貯金などの金融資産も払戻しができません。

そこで、相続人全員が話し合って被相続人(亡くなった人のこと)の遺産を「だれが何をどれだけ」引き継ぐかを決めることになります

その話し合いのことを「遺産分割協議」といいます。「協議」ですから、相続人全員が参加して、なおかつ相続人全員が合意しなければ遺産分割協議は成立しません(「全員参加・全員合意の鉄則」)。

たとえば、10人相続人がいても1人が反対したら協議は成立しないのです(遺産分割協議は多数決では決せないのです)。そうなってしまうと、相続人は被相続人の遺産をいつまで経っても引き継ぐことができません。

そして、相続人間の話し合いが困難な場合は、司法の力を借りて決着を付けることになります(民法907条)。

(遺産の分割の協議又は審判等)

907条 共同相続人は、次条の規定により被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の分割をすることができる。

2 遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その分割を家庭裁判所に請求することができる。

3 前項の場合において特別の事由があるときは、家庭裁判所は、期間を定めて、遺産の全部又は一部について、その分割を禁ずることができる。

なぜ遺言を残すのか

このように、人が死亡すると、被相続人の財産は、法律が定めた者(法定相続人)に、法律が定めた割合(法定相続分)で移転します。そして、具体的な分け方は、相続人間の協議に委ねられます。

そこには、被相続人の意思は一切ありません。

そこで、死後に自分が残した遺産を「だれに、何を、どれだけ」残したいか自分で決めたい人のために、法は遺言という制度を用意しています。

「悪い」遺言とは

しかし、遺言の中には遺言の内容を実行する(「遺言執行」といいます)のに困難を伴ったり、遺言の執行ができなかったり、場合によっては被相続人が残した遺言が原因で相続人同士が争う事態に発展してしまうこともあるのです。

このような「悪い遺言」の主な原因は次のとおりです。

・法律のルールのとおり残していない

~遺言は法律文書です。民法が定めたルールに反する遺言は法的に無効です。

・表現が曖昧でどのように解釈したらよいか判断しかねる

~法律のルールに則っていても、表現が曖昧だと遺言者の意思が分かりかねてしまう。

・認知症などが発症している状態で書いたので、本当に本人が自分の意思で残したのか疑わしい

~遺言を残す時には、遺言の内容を理解して、自分が残した遺言が死後どのような効果をもたらすのか判断できる能力が求められます。この能力を「遺言能力」(民法963条)といいます。

(遺言能力)

963条 遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。

・「遺言執行人」が指定されていない

遺言執行者とは、被相続人が残した遺言の内容を実現する責任者です(民法1012条)。遺言執行者の指定は、遺言の成立要件ではありませんが、遺言執行者を指定していると、金融機関の名義変更など遺言の執行がスムーズにできます。

(遺言執行者の権利義務)

1012条 遺言執行者は、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。

●「良い」遺言とは

良い遺言とは、ずばり遺言の執行が速やかにできる遺言です。

そのためには、「悪い遺言」を反面教師として残せばよいのです。つまり、

・法律のルールのとおり残す

・様々な解釈ができるような表現は使わない

自分の意思をハッキリと伝えることができる「心身共に健康な状態」の時に作成する

信頼できる者を遺言執行者に指定する

遺言は残せばよいというものではありません。

遺言の目的は自分の死後に自分の意思を実現することです。当然、その時には自分はこの世にいません。つまり、遺言は死後の自分の分身です。

遺言を残す時は「遺言は自分の分身」ということを意識して「良い遺言」を残してください。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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