Yahoo!ニュース

解体費が当初見込みの3倍に 名建築として保存求める声残る岐阜県羽島市の旧本庁舎めぐり市議会に波紋

関口威人ジャーナリスト
解体をめぐって議論が続く岐阜県羽島市の旧本庁舎=12月11日、筆者撮影

 建築家の坂倉準三(1901-1969)が出生地で手掛けた岐阜県羽島市の旧本庁舎は、地元や建築関係者の間に保存を求める声が残る中で耐震性不足の面などから市が「解体」の方針を決め、予算措置の手続きが進められている。

 しかし、ここにきて解体工事費が4.7億円と、当初示されていた額の3倍近くに膨れ上がることが分かり、開会中の市議会12月定例会でも波紋が広がっている。

 市は「解体に向けた詳細な工事方法の検討と人件費増加などを反映したもので、最初に低く見積もったわけではない」とするが、市民や一部議員からは「話が違い過ぎる。解体方針は白紙に戻して再検討すべきだ」との声が上がっている。

【関連記事】名建築家の地元の名作・岐阜県羽島市旧本庁舎は「解体」しかないのか 市民と専門家が対話求めるも市は…

 坂倉準三の実積やこれまでの羽島市の対応については10月時点で上記の記事にまとめた。関心が薄かったとされる市民にも少しずつ反響が広がっているという。

12月議会の初日に追加議案で4.7億円の解体費

 旧本庁舎の解体について、市は2022年1月に開いた「旧庁舎あり方検討委員会」で、解体工事費の見積もり額を約1億7630万円と提示していた。

 一方、保存活用のための耐震補強には工法によって約17億円や約32億円の費用が想定され、いずれも将来的な財政負担が大きいと判断。こうした検討から市は同年12月、旧本庁舎の解体方針を正式に決定した。

羽島市と市役所庁舎の関係を示す図(羽島市の資料などを基に筆者作成・再掲)
羽島市と市役所庁舎の関係を示す図(羽島市の資料などを基に筆者作成・再掲)

 ところが、市は先月29日に開会した市議会定例会の初日、今年度の一般会計補正予算案などに加え、「旧本庁舎・中庁舎解体工事費」を5億7400万円の債務負担行為として盛り込む追加議案を提出。その内訳は翌日、議員向けの議案説明の場で旧本庁舎について4億7000万円、中庁舎について1億400万円と示された。旧本庁舎だけで見ると、当初見積もりの約2.7倍の金額だ。

 市は費用が膨らんだ理由として、昨年の見積もり時には検討できなかったアスベスト(石綿)やダイオキシン類の除去に費用がかかること、基礎杭の数が想定の3倍の600本あったために特殊な工法を採用すること、高さ30メートルの望楼の解体は手作業が中心になるため人件費がかさむことなどを挙げた。

 一方、土壌の調査などはまだ検討されておらず、土壌汚染が判明した場合は来年度以降に調査費や処分費がさらに追加される可能性も示した。

自民系にも解体反対の議員「継続審議を」

 定数18の羽島市議会では、自民系が2つの会派に分かれており、最大会派で8議席を占める「自民清和会」がこれまで解体方針を支持してきた。一方、もう一つの自民系会派「自民クラブ」の3人は解体反対の立場だ。

 自民クラブの粟津明議員は「今まで公表してきた数値や金額は何を根拠に算定してきたのか。正確なデータを再評価して議会でしっかり検討し、市民に公表すべきだ」と指摘。「肝心な議案を議会初日に追加で出すのは議会軽視でもあり、賛成・反対以前の問題。せめて継続審議にすべきだ」とも主張し、これまで中立的な姿勢だった他会派の議員にも同調を求めている。

 市民の立場からも、保存を求める市民団体「羽島あすなろ会」が12日、継続審議を求める要望書を各議員宛てに提出した。代表の時田憲章さんは「拙速な判断は将来に禍根を残す」と訴える。解体工事費の追加議案は15日の総務委員会に諮られ、22日の最終日に向けて審議される予定だ。

右が1959年に建てられた羽島市の旧本庁舎。現在一般の立ち入りは禁止されている。庁舎機能や議場は左のガラス張りの新庁舎に移された=12月11日、筆者撮影
右が1959年に建てられた羽島市の旧本庁舎。現在一般の立ち入りは禁止されている。庁舎機能や議場は左のガラス張りの新庁舎に移された=12月11日、筆者撮影

建築の学術調査「受け入れる考えない」と市側

 市側は、これまでの第三者委員会での審議や市民説明会などを通して議論が尽くされ、解体の準備予算の審議などで議会の承認も得られたとの説明を繰り返す。

 しかし、多くの建築の専門家は調査や対話が不十分だと指摘している。日本建築学会東海支部からは文化財として再評価するための学術調査を求める要望書が9月に出されているが、市側はいまだ正式に回答をしていない。

 12日の市議会の一般質問でこの対応について問われると、市側はこれまでの方針や決定に反して混乱することになるとの理由から「学術調査を受け入れる考えはない」と断言した。

 この答弁に対して、要望書を出した同支部の堀田典裕・名古屋大学大学院環境学研究科准教授(建築・環境デザイン)は首をひねる。

 「一般的に新築工事で建物の基礎工事をしている最中に文化財らしきものが出たら、行政は工事を止めて発掘調査を行う。今回は壊そうとしている建物が文化財らしきものとなる可能性があるのに、調査もせずに解体工事をしようという。文化財保護法に照らすまでもなく非常識だ」

 3倍に膨らんだ解体費についても、「見積もりが予定通りにいかないことはあり得るが、3倍は高すぎで、市民に対して丁寧な説明が求められる。600本という杭の数はかなり多い印象で、当時は基礎に対する考え方が今とは違ったのかもしれない。そうしたことも含めて学術的に調査をするべきだ」として、あらためて学術調査の実施と文化財審議会での審議を求める考えを示した。

 なぜこれほど市は頑なに対話を拒み、「解体ありき」で突き進むのか。筆者は松井聡市長に直接の取材を申し込んだが、拒否されている。

ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。2022年まで環境専門紙の編集長を10年間務めた。現在は一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」代表理事、サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」編集委員、NPO法人「震災リゲイン」理事など。

関口威人の最近の記事