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孤立なんかしていられなかった菅首相 環境政策から見直すG7・日本の立場

関口威人ジャーナリスト
英コーンウォールで開かれたG7サミットで記念撮影に収まる各国首脳(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルス対策や対中政策が議論され、閉幕したイギリスでのG7サミット(先進7カ国首脳会議)。日本にとっては東京オリンピック・パラリンピックの開催支持が焦点であったり、欧米各国首脳の輪に入れない菅首相の姿が話題になったりもした。

 一方で、環境問題も主要議題の一つであり、気候変動対策はもちろん生物多様性の分野でも、かなり具体的な方向性や数値目標が示された。そこでは孤立どころか、むしろがむしゃらにでも輪の中に入らざるを得ない日本の立場が浮き彫りになったと言える。

 日本の報道では埋もれてしまいがちな、その背景や意味を読み解いてみたい。

「脱炭素」の中でも「脱石炭火力」が鮮明に

 最終日の13日に採択された首脳宣言(コミュニケ)は英語版で25ページ、外務省による日本語訳で33ページ、約4万字に及ぶ。

 冒頭の要旨では新型コロナのパンデミックを終息させるための10億回分のワクチン供給や経済再活性化、自由で公正な貿易への言及の後、環境政策が以下のように続く。

 雇用を創出し、排出を削減し、世界的な気温上昇を1.5度に抑えることを追求するグリーン革命を支援することにより、我々の地球を守る。我々は、2030年までの20年間で我々全体の排出を半分に抑え、2025年までに気候資金を増加及び改善させつつ、遅くとも2050年までのネット・ゼロにコミットするとともに、2030年までに陸地及び海洋の少なくとも30%を保全又は保護することにコミットする。我々は、将来の世代のために地球を守るという我々の責務を認識する。

 前半部分はひと目でお分かりのように地球温暖化防止=気候変動対策だ。「1.5度」は2015年の国連気候変動枠組条約(COP21)で成立したパリ協定において、より踏み込んで努力すべしと掲げられた数値目標だ。

 また、2050年までの「ネット・ゼロ」とは、温室効果ガスの排出量と吸収・除去量を差し引き(正味・実質)ゼロにすること。これもパリ協定後の国連の報告書で示された目標で、日本政府もその道筋に沿った「脱炭素」戦略を打ち出してきた。

 こうした流れの中で今回、温室効果ガス排出の「唯一、最大の原因」として名指しされたものがある。石炭火力発電だ。首脳宣言の本文には、以下のような合意内容が明記された。

 我々は、排出削減対策が講じられていない石炭火力発電への国際的な投資をすぐ止めなければならない点を強調し、政府開発援助、輸出金融、投資、金融・貿易促進支援等を通じた、排出削減対策が講じられていない石炭火力発電への政府による新規の国際的な直接支援の2021年末までの終了に今コミットする。

 ここで言う「排出削減対策が講じられていない」技術とは何か。はっきりとは定義されていない。しかし、中国の空を真っ暗にする発電所などは最たるものだろう。逆に「対策が講じられている」技術とは何か。

 日本はこれまで、自国の石炭火力発電は「高効率」だと正当化し、海外への輸出も条件付きで推し進めてきた。だが、世界的な理解は得られていなかった。それでも今回は日本に配慮して、高効率石炭火力発電は「対策が講じられている」例外の技術で、日本政府は支援を続けてよいと読み取ることもできた。

 しかし、サミット後の15日に記者会見した小泉進次郎環境相は、自らこの見方を否定。「今まで例外的に認められてきたことも、認められなくなるのは明確だ。これがクリーンコール(高効率石炭火力)だという、日本だけで通用してきたことを(今後の国際会議などで)強弁することは考えられない」と述べ、「石炭は閉じていく」のが日本の方向性だと明言したのだ。

 ちょうど同じ日、「環境分野のノーベル賞」とされるゴールドマン環境賞を日本のNGO/NPO「気候ネットワーク」理事の平田仁子さんが受賞した。石炭火力建設の見直しを訴え続け、国内で計画されていた事業の約3分の1を中止につなげたことが評価されたという。G7の動きと合わせると、世界の“うねり”の大きさが分かるのではないだろうか。

「自然への誓約」には“駆け込み”で参加表明

 冒頭の要旨の後半部分、「2030年までに陸地及び海洋の少なくとも30%を保全又は保護する」との文言にも、さまざまな伏線がある。

 陸地や海洋の保全・保護は主に「生物多様性」分野のテーマだ。2010年に名古屋市で開かれた生物多様性条約の国連会議(COP10)では、20年までに達成する「愛知ターゲット」の中に「陸地の17%、海洋の10%」を保護地域とする目標が盛り込まれた。これは昨年、部分的に達成されたと評価されたのだが、今後さらに厳しい目標設定と実行が求められる中で「30%」目標も示されていた。

 この「ポスト・愛知ターゲット」を決める国連会議(COP15)が今年10月、中国・昆明市で開かれる予定だ。コロナ禍で既に1年延期されており、実際にどのような形の会議になるかはよく分からない。しかし、今回のG7サミットでもCOP15の開催は強く支持された。

英コーンウォールでのG7サミットに合わせ、地球環境問題の解決を訴える環境団体のパフォーマンス
英コーンウォールでのG7サミットに合わせ、地球環境問題の解決を訴える環境団体のパフォーマンス写真:ロイター/アフロ

 実はそれに先立ち、昨年9月の国連総会で生物多様性サミットが開かれ、「リーダーによる自然への誓約(Leaders Pledge for Nature)」という宣言が採択された。2030年までに生物多様性の損失を回復させるため、10の行動を取るよう約束するという内容だ。

 85の国・地域が参加を表明したが、G7の中でアメリカと日本は加わっていなかった。菅首相はサミット2週間前の日英首脳電話会談で「自然誓約」への日本の参加を表明。イギリスのジョンソン首相は歓迎の意を示したという。日本はいわば“駆け込み”で加わった形だ。

 G7サミットではこの流れをくみ、首脳宣言本文に加えて「G7・2030年自然協約」という附属文書も発表された。そこではこんな理念が謳われている。

 世界的な、システム全体の変化が必要とされている。我々の世界は、ネット・ゼロを達成するのみならず、持続可能かつ包摂的な発展を促進することに焦点を当てつつ、人々と地球双方にとって利益となるようなネイチャーポジティブを達成しなければならない。自然とそれを支える生物多様性は、我々の経済、生計及び福祉を究極的に持続させるものであり、我々がそこから引き出す物品及びサービスの真の価値を、我々が決定を下す際に考慮に入れなければならない。今日の若者及び将来の世代の生命と生計は、これにかかっている。

 イギリスは今回のG7サミットのホスト国だが、昨年の「自然誓約」の立ち上げも主導したそうだ。なぜイギリスなどヨーロッパ各国はこうした動きに躍起なのか。「気候変動でルール作りをした流れから、生物多様性についても自国の経済にプラスになる社会資産として位置付けているからだろう」と分析するのはWWF(世界自然保護基金)ジャパンの東梅(とうばい)貞義事務局長だ。

 イギリスは特に「金融」が得意分野だ。今回のサミットに合わせて、海洋環境保全などのために770億円規模の支援金を拠出する「ブループラネット基金」の設立も発表した。「海洋問題に対してイギリスが取る国際的なリーダーシップの重要な一部」との位置付けだという。

 すでに気候変動によるリスクは、あらゆる産業やビジネスに影響を及ぼしている。自然環境や生物多様性の損失というリスクも同じことだと、世界が気付き始めた。海洋汚染問題や新型コロナのパンデミックが、この見方を決定付けた。人と動物、環境の健康リスクを一体と見て対処する「ワンヘルス」というテーマが、次のパンデミックを防ぐカギとされている。

 こうした新しいリスクを明確化し、企業や金融界の行動指針とする「TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)」という取り組みも始まっている。

 石炭火力発電のように、金融面から環境を変えていく世界の潮流をつかみ、生物多様性を含めた国際会議で日本が正しい行動と決定を示していくよう、東梅さんたちは求めている。日本のリーダーは今度こそ、輪の中心に進み出られるだろうか。

ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。2022年まで環境専門紙の編集長を10年間務めた。現在は一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」代表理事、サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」編集委員、NPO法人「震災リゲイン」理事など。

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