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「出世払い」奨学金はどこまで期待できるか。最大の焦点である財源は、こうすれば賄える。

土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)
「出世払い」方式の奨学金という提言に注目が集まっている(写真:イメージマート)

5月10日に、岸田文雄首相が議長の教育未来創造会議の第3回会合が開催され、第1次提言を取りまとめた。

その提言には、給付型奨学金・授業料減免の中間層への拡大などとともに、「出世払い」方式の奨学金の創設が盛り込まれ、話題となっている。この提言では、頭出しだけなので、詳細な制度設計は今後に委ねられているが、岸田首相は、会合の締めくくりの発言で次のように指示した。

ライフイベントに応じた柔軟な出世払いの仕組みの創設も含めて、末松信介文部科学大臣を中心として、施策の工程表を夏までに作成するなど、提言の着実な実行に向けて、政府として全力を挙げて取り組む。このように指示した。

ここでいう「出世払い」方式の奨学金とは、何なのか。

大まかにいえば、在学中は、授業料を国が立て替えて学生は支払わなくてよいこととし、学生が就職後に一定の年収に達した段階から授業料を返済する仕組みである。在学中に授業料を支払わなくてよい分が、あたかも奨学金に相当することになる。

これが、ライフイベントに応じた柔軟な返還の仕組みとして、前掲の提言に盛り込まれた。この仕組みに、「出世払い」というキャッチーな名を付けた。

在学中は学生は所得をあまり稼いでいないから、授業料負担も看過できない。その負担を国が立て替えようという提言である。

また、現行の奨学金制度では、卒業後にその返済負担が重荷になる人が出ている。返済負担に苦しむのは、主に、就職後に低所得となる人である。だから、在学中に授業料を立て替えてくれても、将来どんな所得水準になっても後払いで授業料を払ってもらうということになれば、その負担に耐えられない人が出てくる恐れもある。

そこで、「出世払い」方式の奨学金という話が浮上した。実は、以前からこのアイデアはあって、中でもオーストラリアに似た仕組みがあるということで、それにヒントを得て、日本でも実現を望む声があった。

今回、首相が議長の会議で提言として出されたことから、今まで以上に実現可能性が高まった、と期待が急上昇している。

実現のために克服すべきこと

では、実現のためには、何を克服しなければならないか。

まずは、何をもって「出世」というか、つまりいくら以上の所得になったら授業料を後払いするか、である。

もちろん、「出世払い」というからには、きちんと「出世」したならば後払いしてもらわないといけない。そうでなければ、単なる授業料の棒引きという話になる。

かといって、全員いずれ払ってもらう、となると、単なる授業料の後払いという話になる。

後払いをしてもらう所得をいくらにするかが、制度設計ではカギになる。

払ってもらう人を多くすると、低所得者への負担軽減の度合いが薄れるし、払わなくてよい人を多くすると、事後的に減免することになる授業料の穴埋めのための財源を、どこからどう持ってくるのかが問われる。

特に、制度を新設するわけだから、財源に見通しを立てておかないと制度が持続できない。後払いを求めなさすぎて、赤字が拡大すると、この制度が例えば15年経ったところで会計的にもう続けられない、などということになりかねない。

その両者のバランスをとるには、やはり「大出世」した人からはより多く返済をお願いすることが、制度を持続可能にするとともに、就職後に低所得となった人への後払いの減免の規模(人数や金額)を大きくできる。

例えば、「出世払い」方式の奨学金を受けた後、年収1500万円超も稼げるようになれば、授業料に年率5%相当の金利をつけた形で返済してもらう、とかとする。他方、年収が200万円未満しか稼げない場合には、返済は猶予する、とかとする。あくまでも、これは数値例にすぎない。

そうすれば、高所得になった人に多めに返済してもらって得た財源で、低所得になった人の返済を減免でき、制度が持続可能になる。

大学への「製造物責任」的な財源の確保

ただ、それだけでは、制度を持続可能にするほどの財源が十分に確保できない恐れもある。その場合には、「出世払い」方式の奨学金を受けた学生を受け入れた大学に、「製造物責任」のような形で、「出世払い」方式の奨学金の財源の一部をある条件で負ってもらうことも考えられる。

そもそも、「出世払い」方式の奨学金は、それを受けた学生がまずは恩恵を受ける。ただ、それだけにとどまらず、そうした学生を受け入れた大学には、授業料収入が取りはぐれることなく入ってくる。

だから、この仕組みは、学生だけでなく、教育というサービス(製造物)を生み出す大学にも恩恵がある。その点に着目するのである。大学にも、条件付きで奨学金のための財源の一部を負ってもらう。そうするには、どうすればよいか。それは、

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慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

1970年生。大阪大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学准教授等を経て2009年4月から現職。主著に『地方債改革の経済学』日本経済新聞出版社(日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞受賞)、『平成の経済政策はどう決められたか』中央公論新社、『入門財政学(第2版)』日本評論社、『入門公共経済学(第2版)』日本評論社。行政改革推進会議議員、全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会委員、国税審議会委員(会長代理)、財政制度等審議会委員(部会長代理)、産業構造審議会臨時委員、経済財政諮問会議経済・財政一体改革推進会議WG委員なども兼務。

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