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派閥解消:岸田首相の権力拡大という効果

竹中治堅政策研究大学院大学教授
2024年 経済3団体共催の新年祝賀会(写真:つのだよしお/アフロ)

苦渋の決断なのか?

 1月18日に岸田首相は次のように岸田派を解散する方針を表明した。

「解散することを検討している。政治の信頼回復に資するものであるならば、考えなければならない。」(『読売新聞』2024年1月19日)。

 19日に安倍派と二階派も続くように解散を決定した。

 この決定について「苦渋の決断」(『読売新聞』2024年1月19日)「首相が自派を犠牲に信頼回復策をリード」(『朝日新聞』2024年1月19日)と評価されている。

 今回、安倍派や二階派がパーティー券販売を通じて巨額の裏金を作っていたことが明らかになった。多くの人々は派閥のために政治腐敗が起きると考えている。この考えに沿えば、派閥をなくしてしまえば、政治腐敗も減ると期待できる。こうした世論に応じるために首相は派閥解消を打ち出した。政権への打撃を少しでも緩和しようという狙いがあるはずだ。

 しかし、本当に「苦渋」なのか。筆者はそうは考えない。政権内の首相の権力を考える上で、この決定は首相にとって、メリットの方が大きい。派閥を解消すれば、首相の権力がさらに拡大するからである。なぜか説明しよう。

派閥解消の意味

 もともと1994年の政治改革実施以後、派閥の力はそれほど大きなものではなかった。それでも派閥は人事を中心に一定の力を持ってきた。岸田首相の場合には、本人が過度の配慮をしてきたので、結果として、派閥はより一層の影響力を発揮した。

 派閥を解消すれば、こうした力を発揮する集団はなくなる。つまり、自民党議員の首相への力が減るということである。まず、首相から見ると安倍派や二階派の議員に人事で遠慮する必要が薄れる。

 次に安倍派や二階派はなくなるので政治資金を集めることができなくなる。今回、安倍派や二階派が政治資金規正法に違背する形で所属議員に政治資金を配っていたということが明らかになった。安倍派や二階派の議員はこうした政治資金を当てにできなくなる。相対的に党本部の政治資金の重みが増すということである。多くの議員は党本部から配分される政治資金への依存度を高めるだろう。

岸田派への影響

 首相自身が自らの岸田派を解消することはマイナスではないのか。決してそんなことはない。岸田派の中には上川陽子外相や林芳正官房長官という有力議員がいる。二人はいずれも首相候補として目される。特に上川外相については、一部で「次は上川」という可能性が指摘される。首相の耳にもこうした話は届いているであろう。

 派閥といっても日常の活動の中心は定期的に開かれる例会である。定期的に開催される会合の最大の利点は、それを機会にちょっとした相談や別の面談の設定を簡単にできることである。派閥活動がなくなれば、上川氏や林氏が同派の他の議員と連絡を取ることは今より難しくなる。

デメリットは何か

 解消にはデメリットもある。一つは、これまで派閥が担ってきた副大臣・大臣政務官の政府人事と自民党内のさまざまな人事の調整役がなくなることである。しかし、この機能は、旧派閥単位で首相が調整役を指名し、意見を把握することで代替可能である。

 二つは、これから首相を目指そうという自民党議員にとって仲間、同志を見出し、関係を深める場がなくなることである。しかし、岸田首相はすでに首相になっているわけで、人間関係も定まっており、このデメリットはほぼない。例えば、側近の木原誠二幹事長代理は岸田派の存続に関わりなく、首相を支え続けるはずである。

三派閥解消後の政権内の権力構造

 結論としては政権内での首相の権力は増すはずだ。安倍派は塩谷座長と5人衆と言われる幹部の関与が疑われ、彼らの政治資本は傷つき、派としての力が弱まっていた。さらに解消すれば安倍派系議員総体としての力はさらに低下するであろう。二階派系議員総体としても同様である。

 一方、麻生派や茂木派が存続する場合にはどうか。元々、安倍派、二階派の影響力がなくなる分だけ両派の力がさらに高まる。麻生太郎副総裁が岸田首相の決定に不満を覚えたという報道もなされているが、麻生派を続けられるのであれば、まんざらでもないはずだ。

政治改革以降の大きな流れで見た場合

 政治改革以降、首相の権力が強まる一方、派閥の力は低下してきた。パーティー券収入の裏金問題をきっかけに首相の権力拡大がさらに一歩進むということである。

最重要なのは世論

 ただ、これと岸田政権が安定するかどうかは別問題である。政権の持続に最も重要なのは世論から支持を得られるかどうかである。首相が今年9月の総裁選で再選を果たしたいのであれば、支持率の回復が急務である。総裁選が近づいても支持率の低迷が続けば、派閥解消とは無関係に、他の政治家を総裁に推す動きが強まるはずである。

政策研究大学院大学教授

日本政治の研究、教育をしています。関心は首相の指導力、参議院の役割、一票の格差問題など。【略歴】東京大学法学部卒。スタンフォード大学政治学部博士課程修了(Ph.D.)。大蔵省、政策研究大学院大学助教授、准教授を経て現職。【著作】『コロナ危機の政治:安倍政権vs.知事』(中公新書 2020年)、『参議院とは何か』(中央公論新社 2010年)、『首相支配』(中公新書 2006年)、『戦前日本における民主化の挫折』(木鐸社 2002年)など。

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