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緊急事態宣言延長まで 上:安倍内閣と東京都の対立

竹中治堅政策研究大学院大学教授
緊急事態宣言の延長を説明する安倍晋三首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

はじめに

「本日は尾身会長を始め、諮問委員会の専門家の皆さんの賛同を得て、今月いっぱい、今月末まで緊急事態宣言を延長することを決定いたしました。」

 5月4日18時から官邸2階の大ホールで安倍晋三首相は記者会見を始め、こう述べた。その前に開催された新型コロナウィルス感染症対策本部で首相は緊急事態宣言の期限を5月末まで延長することを決定した。

 ほぼひと月前の4月7日に安倍首相は緊急事態宣言を発令していた。対象地域は東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県、大阪府、兵庫県、福岡県である。それから1ヶ月ほど経ち、首相は期限の延長を決断した。

 

 首相が会見の中で挙げた最大の要因は医療機関に1万人程度の患者が入院しており、医療機関の状況が逼迫していることであった。

 本稿では上篇と下篇に分けて首相が緊急事態宣言を発表してから、5月4日に期限を延長することを決定するまでの政治過程を振り返る。上篇の「緊急事態宣言延長まで 上:安倍内閣と東京都の対立」では、宣言後、安倍内閣と東京都が休業要請の行い方で合意するまでの経緯を説明する。

(下篇の「緊急事態宣言延長まで 下:与党内対立から延長決定へ」では、30万円給付案が10万円給付金支給案に変更され、その後、緊急事態宣言の延長が決定されるまでの経緯について議論する。なお、緊急事態宣言が発令されるまでの経緯については「緊急事態宣言が発令されるまで 上:『初動期』」「緊急事態宣言が発令されるまで 下:『足踏み期』・『緊迫期』」で説明している。)

緊急経済対策と補正予算

 安倍内閣は緊急事態宣言の発表と同時に緊急経済対策と令和2年度補正予算を閣議決定した。緊急経済対策の総額は108兆円であり、うち財政支出は39.5兆円であった。補正予算の規模は16.8兆円であった。特に中小企業や個人事業主向け給付金と減収世帯向け給付金が目玉であり、それぞれの総額2.3兆円および4兆円であった。

 

 中小企業や個人事業主向け給付金は、「持続化給付金(仮称)」として、事業収入が前年同月比50%以上減少した事業者に対して、中堅・中小企業は上限200万円、個人事業主は上限100万円の範囲内で、前年度の事業収入からの減少額を給付するというものであった。

 

 個人向け給付金は、一定の条件を満たす世帯に30万円の給付を行うというものであった。その条件とは次のいずれかであった。

 (1)世帯主の月間収入(今年年2月~6月の任意の月)が、新型コロナウイルス感染症発生前に比べて減少し、かつ年間ベースに引き直すと個人住民税均等割非課税水準となること。

 (2)世帯主の月間収入(今年年2月~6月の任意の月)が新型コロナウイルス感染症発生前に比べて半分以上減少し、かつ年間ベースに引き直すと個人住民税均等割非課税水準の2倍以下となること。

 

 だが、この30万円給付案は、その後、与党内の摩擦の火種となる。

世論の反応

 緊急事態宣言を出したタイミングについて、世論調査で見る限り、国民は不満であった。毎日新聞の調査では回答者の70%が緊急事態宣言が出された時期が「遅すぎる」と回答している(『毎日新聞』2020年4月9日)。読売新聞の調査でもやはり81%が「遅すぎた」と答えている(『読売新聞』2020年4月14日。)

 

 朝日新聞の調査でも同様の結果が出ている。さらにこの調査では内閣の対応を評価しない、首相が指導力を発揮していないと答えた人が回答者のそれぞれ53%、57%となっている。

安倍内閣と東京都の対立

 緊急事態宣言発令後、4月10日に小池東京都知事は広範な業種に対して休業要請を行う。特措法24条9項に基づき、映画館、ライブハウス、バーなどに休業要請を行う一方、生活必需品に関連しない小売店舗などに対し法律に基づかない休業協力依頼を行う。また飲食店に対しても営業時間を5時から20時、酒類の販売は19時までとする。

 また、休業要請に応じた中小の事業者や個人事業主に対して最高100万円の感染防止協力金を支給することを公表する(4月15日の東京都の補正予算発表時に営業時間の短縮に応じた飲食店も対象となることが明確となる)。

 発表に至るまでに安倍内閣と東京都の感染防止策に対する考えの違いが明らかになる。

安倍内閣の考え

 安倍内閣はまず外出自粛を国民に要請し、2週間程度様子を見てから休業要請を行うことを考えていた。

 このため、国は基本方針を宣言発出と合わせて3月28日に策定した新型コロナウィルス感染症対策の基本的対処方針を改正していた。基本的対処方針は感染防止策としてまん延の防止に関する措置として、まずは特措法第45条第1項に基づく外出の自粛等について協力の要請を行うことを定めていた。次に、都道府県による法第24条第9項に基づき休業要請を行うことになっていた。

 その後に、強制力の強い、特定都道府県による第45条第2項から第4項までに基づいて休業の要請、指示等を行うにことを定めていた。その際、都道府県は、国に協議の上、必要に応じ専門家の意見も聞きながら、外出の自粛等の協力の要請の効果を見極めた上で行うことになっていた。

東京都の考え

 しかし、東京都は早急かつ広範な業種を対象に休業要請を行う考えだった。すでに小池東京都知事は6日に記者会見を開き、宣言が出された場合に東京都が取る「措置」について説明していた。小池知事は24条9項に知事が「新型インフルエンザ等対策の実施に関し必要な協力の要請をすることができる」と規定されていることを根拠に広範な休業要請を行おうとしていた。

 小池知事は「基本的に休業を要請する施設」、「施設の種別によって休業を要請する施設」、「社会生活を維持する上で必須な施設」に分けて、休業や感染防止措置を要請する方針を示す。東京都は広範な業種に休業を求める考えで大学、映画館、ライブハウスなどに加え、居酒屋、百貨店、ホームセンター、理髪店なども対象にする方針あった。(『日本経済新聞』2020年4月10日、『朝日新聞』デジタル版2020年4月6日)。東京都は宣言発令以前に対象業種を公表する計画であった。

協議

 これに対し、国は休業要請を直ちに行うことやその対象を広範とすることに慎重であった。早急に広範な休業要請を行おうとする東京都に対し、西村経済財政担当大臣は7日に休業要請を2週間先送りにすることを求めた。国と東京都の考えの間に隔たりがあった。

 このため宣言発表前から、両者の間で調整が行われた。最終的に小池都知事と西村経済財政担当大臣が9日に会談して、調整が完了する。東京都は当初休止の対象としたホームセンター、理髪店、居酒屋を除くことに同意する。最終的に国は東京都が特措法24条に基づいて特措法の施行令が対象とする業種については休業要請を行い、それ以外の小規模な業種には休業への協力をお願いすることを認め、調整が完了する。

安倍内閣の妥協

 安倍内閣が早期かつ広範な休業要請に躊躇したのは経済に悪影響を及ぼすことを恐れたためであった。一方、東京都は感染者が急増していることに危機感を覚えていた。

 東京都は国との調整が整わなかった場合、単独の要請も考えていた(『朝日新聞』2020年4月11日)。安倍内閣が妥協した背景には「私が足を引っ張っているとされるならバカバカしい。もう争わなくていい」という安倍首相自身の判断もあった(『朝日新聞』2020年4月11日)。

 4月15日までに他の府県も東京都同様の休業要請および飲食店の営業時間短縮要請に踏み切る。東京都の影響力を示すことになる。ただし、埼玉県と千葉県は飲食店の営業時間短縮を要請しなかった(埼玉県は17日から、千葉県は18日から酒類の提供を19時までとすることを求める。)

「うちで踊ろう」コラボの波紋

 宣言後の最初の日曜日となる4月12日に安倍首相はツイッターに歌手の星野源氏がインスタグラムに投稿した「うちで踊ろう」という動画に合わせて自身が自宅で過ごす動画をツイッターで投稿する。一部で批判を浴びることになる。首相自身その後「賛否両論」あったと振り返ることになる。

 しかし、4月13日以降、動画に対する批判よりも首相やより深刻な難題に直面することになる。安倍首相は緊急経済対策の柱である30万円の現金給付案を見直し、補正予算を組み替えることを余儀なくされるからである。

(下篇の「緊急事態宣言延長まで 下:与党内対立から延長決定へ」に続く。)

(参考:緊急事態宣言が発令されるまでの経緯についてはこちらから「緊急事態宣言が発令されるまで 上:『初動期』」「緊急事態宣言が発令されるまで 下:『足踏み期』・『緊迫期』」。)

政策研究大学院大学教授

日本政治の研究、教育をしています。関心は首相の指導力、参議院の役割、一票の格差問題など。【略歴】東京大学法学部卒。スタンフォード大学政治学部博士課程修了(Ph.D.)。大蔵省、政策研究大学院大学助教授、准教授を経て現職。【著作】『コロナ危機の政治:安倍政権vs.知事』(中公新書 2020年)、『参議院とは何か』(中央公論新社 2010年)、『首相支配』(中公新書 2006年)、『戦前日本における民主化の挫折』(木鐸社 2002年)など。

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