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いまフェスを開催する意義とは?窮地の洋楽プロモーターが“洋楽天国”再興へ

武井保之ライター, 編集者
世界的コンテンツに成長している日本の夏フェス『SUMMER SONIC』

 人数上限はあるものの基本的に有観客とする東京五輪がいよいよ開幕する。コロナによる苦境が続く興行関係者が注目するのは、その後のコンサートやイベントへの世の中のイメージの変化だ。約2週間にわたる五輪が1万人規模の観客を入れて安全に開催されれば、社会の空気も一変するだろう。コロナ後初の海外アーティストを招聘する大型フェス『SUPERSONIC 2021』の9月開催に向けて調整を進めるクリエイティブマンプロダクション代表取締役社長の清水直樹氏に、いまフェスを開催する意義を聞いた。

■昨年3月から現在に至るまで洋楽プロモーターの仕事はほぼゼロ

 昨年の3月以降、ほとんどの大規模興行がストップしていたライブエンタテインメントシーンだが、今年春を過ぎてようやく少しずつ動き出している。5月の大型連休中にはそれぞれ1万人規模の『JAPAN JAM』が千葉・蘇我スポーツ公園にて、『VIVA LA ROCK』が埼玉・さいたまスーパーアリーナにて安全に実施され、8月には『FUJI ROCK FESTIVAL ’21』が恒例の新潟・苗場スキー場で3日間にわたって開催される。

 そうしたなか、昨年3月から現在に至るまでほぼゼロの状況が続いているのが海外アーティストのコンサートやフェスだ。1966年のザ・ビートルズの日本武道館公演以降、毎年何百という海外アーティストが来日公演を行ってきており、洋楽天国と言われてきた日本。アジアを見回しても、これだけの数の海外アーティストがコンサートを行う国は日本以外にない。しかし、そんなシーンがいまやコロナにより見る影もない。

 日本で隆盛を誇る夏フェスの元祖となる『SUMMER SONIC』(サマソニ)を創設したクリエイティブマンプロダクション(CMP)の清水氏は「洋楽は日本で活性化し、日本の音楽文化に大きな影響を及ぼしながら、さまざまな貢献をしてきました。そんな五十数年が昨年の3月で途切れて、もう1年以上が経ちます。音楽業界にとって衝撃的な1年でした」と振り返る。そして、日本における洋楽文化の灯をともし続けるため、昨年はコロナ禍で断念せざるを得なかった『SUPERSONIC 2021』(スパソニ)の開催実現に向けて尽力している。

■世界の音楽界が動き出すなか日本で洋楽コンサートを再開する意義

「オリンピック後の9月開催ということや、これまでのコロナ感染対策の知見も踏まえて、開催は十分に可能だと考えて準備を進めています。あとは海外アーティストが安全に来日してライブができる環境を整える。こうしたことは目標がないと進みません。まず9月に『スパソニ』を開催することによって、そのあといろいろな洋楽プロモーターが海外アーティストを招聘して来日公演ができる。そういった道筋を作ることのはじまりとして、なんとしても成功させたいと思っています」

 洋楽プロモーターとしての熱い思いを語る清水氏だが、その背景にはいち音楽人としての日本の洋楽文化への危機感もある。世界の音楽界からの視点で、いま日本で洋楽フェスを開催する意義をこう語る。

「イギリスとアメリカでも8〜9月は大きなフェスが控えています。日本でも9月に『スパソニ』を開催することで、ヨーロッパ、アメリカ、アジアで同時に洋楽フェスがはじまったことを世界に訴えたい。そこで世界に音楽の輪ができる。そういった意義も含めて『スパソニ』は重要なものになります」

■海外アーティストを招聘するフェスへの世間のイメージ

音楽を楽しむためにフェス会場へ向かう若者たち/『SUMMER SONIC 2019』(C)CREATIVEMAN PRODUCTIONS CO. LTD. All Copyrights Reserved
音楽を楽しむためにフェス会場へ向かう若者たち/『SUMMER SONIC 2019』(C)CREATIVEMAN PRODUCTIONS CO. LTD. All Copyrights Reserved

 一方、ワクチン接種が進むなかでも感染再拡大への懸念が完全に払拭されているわけではない。人が集まるコンサートやイベントが“悪”であるイメージが世論の一部にあることも確かだ。そうしたなか、海外からアーティストを招聘する洋楽フェスへの風当たりは強くなるかもしれない。そうした世の中の印象や風潮に対して清水氏は懸念を示す。

「いまは海外アーティストのほうがワクチンを打っていて安全。海外の人が危険という認識は間違っています。来日してからは、我々が移動から宿泊、公演までを徹底管理したうえで受け入れるわけなので、それをしっかり発信していきたい。観客が集まることに対しては、昨年の緊急事態宣言以降、各地で感染対策を実施したうえコンサートは開催され、クラスターは一切発生していません」

 信念を持って突き進む清水氏に、世間の受け止め方への不安を聞くと「マスメディアによる部分的な報道で悪いイメージが伝わってしまっていますが、観客のSNSからは参加したことへのよろこびや感動の言葉が溢れています。海外アーティストの音楽が聴けることのすばらしさを楽しんでもらいたい。いまの鎖国状態から早く開放していくのが僕らの使命だと思っています」と力を込める。

 コロナの世の中になり、不要不急ともされたエンタテインメント。音楽業界にとっては苦境のなかの思いもかけない扱いであったに違いない。清水氏は社会情勢を鑑みてそんな状況に一定の理解を示しつつ、はっきりと異論を唱える。

「コンサートに来て心にワクチンが打てたという人もいますが、音楽は心が満たされるもの。精神的な充足が生活のいろいろな面でプラスに作用します。それこそがいま大事なのではないでしょうか。音楽はその人の心に一生残るものであり、おにぎりひとつ食べることも大切ですが、それに劣るとは思いません」

■買収の噂も?コロナで苦境の洋楽プロモーターに集まる注目

 コロナにより、かつてない危機に追い込まれている洋楽プロモーター界だが、そこから生まれた新たな動きもある。まずひとつが洋楽プロモーター10社による新団体「インターナショナル・プロモーターズ・アライアンス・ジャパン(IPAJ)」が発足したこと。同代表に就任した清水氏は「この業界が団体で協力し合うのはコロナがあったからかもしれません。とくに洋楽プロモーター同士はライバル感バチバチで、ふだんは大物アーティストの取り合いがあるわけです(笑)」とポジティブに前を向く。

 それに加えて、業界の若返りも進んでいる。次の時代に向けて協力し合う体制を構築していこうとしており、そこからは新しいビジネスが生まれることも期待される。実際、CMPは外資系のライブネーション・ジャパンと会社の垣根を超えた共同フェスを企画している。洋楽プロモーター2、3社が集まってひとつのフェスを開催するのはこれまでなかったこと。これからの時代はそういった新しいフェスやイベントを作る動きが生まれてくる可能性が大いにありそうだ。

 そして、もうひとつの新たな動きが、コロナの真っ只中において異業種とのネットワーク構築が進み、連携が深まったことだ。たとえば、巣ごもり需要で動画配信シーンが活発になるなか、過去のフェス映像など豊富なコンテンツの価値再発見につながり、ネット系企業などとの連携が進んだ。

「洋楽プロモーターの苦境をチャンスと捉えているのか、弊社の買収の噂も出ているようです(笑)。でも、それイコール洋楽プロモーターの事業といろいろな業種の企業との親和性があるということ。これまでにGMOと共同でフェス「EDC JAPAN」を開催しましたが、あれだけ大手のネット企業でもフェスを作るにはプロモーターとの提携が必要になります。会社のネームバリューを上げるため、新たなブランドイメージの構築のためなど、いろいろな企業と組んだフェスは今後もできると考えています」

■世界における日本人アーティスト評価の現状を変えていきたい

3日間で30万人を動員し、売上は60億円を超えた『SUMMER SONIC 2019』(C)CREATIVEMAN PRODUCTIONS CO. LTD. All Copyrights Reserved
3日間で30万人を動員し、売上は60億円を超えた『SUMMER SONIC 2019』(C)CREATIVEMAN PRODUCTIONS CO. LTD. All Copyrights Reserved

 洋楽プロモーター界をけん引する若き第一人者である清水氏は、世界のなかの日本を強く意識する。自国アーティストの海外進出においては、韓国に遅れを取っており、アジアを見ても日本が弱い部分でもある。清水氏は自身も悔しい思いをしたことを明かす。

「アメリカ最大規模の野外音楽フェス『コーチェラ・フェス』のオーガナイザーが『サマソニ』20周年に来てくれたのですが、残念ながら彼が観に来たのは日本のアーティストではなく、韓国のBLACKPINKだったんです」

 こうした日本人アーティストの評価の現状を変えていきたいと清水氏は語る。アーティストにとって世界進出の第一歩となるのが、海外のフェスやイベントへの出演だ。しかし、いくら日本で売れていても、音楽としての海外での評価があったうえで、ネットワークがなくては、海外のメジャーフェスには出演できない。そういった部分において、相互に深いつながりと信頼関係があり、直接交渉ができるルートを世界的に持つ洋楽プロモーターの役割は大きい。

「これからより一層、日本のアーティストのための環境を作っていきたい。海外フェスにブッキングすることもそのひとつですが、どんどん世界に進出していく、夢のあることをこれからもっとやっていくべき。会社としての利益以上に、日本から世界へ羽ばたく才能の後押しは、僕らの夢としてどんどんやっていきたいです」

■会社の経営より意義があること

 コロナ後、最初の洋楽フェス『スパソニ』開催にただならぬ熱意を傾ける清水氏だが、その大元にあるのは経営者としてのポリシーだ。そこへ水を向けると冗談を交えて笑顔を見せる。

「世界を相手にして、世界と戦える会社でありたい。日本の公演で利益を上げることは経営として大事ですが、一方で日本から世界的アーティストを輩出することのほうが意義があります。会社がつぶれないくらいに、世界に夢を与えるものを作っていきたいです(笑)」

 余談だが、清水氏といえば業界ではギャンブル好きとしても知られる。海外を訪れた際には必ずカジノに通っている。そんな趣向も仕事の成功へつなげる修行になっているのだろうか。

「否定はできません(笑)。興行は大きなギャンブルですよね。カジノで何億円を賭けることはありませんけど、興行では数億円の赤字もありますし、プラスのときとの振り幅がすごく大きい。それが楽しいのはたしかにあります。仕事に対してそういうものを求めている、好んでやっているところはあるかもしれませんね。会社としていいのかわかりませんけど(笑)」

『SUPERSONIC 2021』

海外アーティストのライブを1年6ヶ月ぶりに日本でリスタート。2021年に日本で開催される初のインターナショナル・フェス。来日アーティスト数を制限し、1ステージに集約するエレクトロ・フェスとなり国内外の人気アーティストが集結する。

東京:9月18日(土)・19日(日)ZOZOマリンスタジアム

大阪:9月18日(土)・19日(日))舞洲SONIC PARK

公式サイト:https://supersonic2020.com

ライター, 編集者

音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスの編集者、ライターとして活動中。映画、テレビ、音楽、お笑い、エンタメビジネスを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを取材、分析、執筆する。takeiy@ymail.ne.jp

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