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訪日外客6000万人目標にむかって神風特攻する観光政策

木曽崇国際カジノ研究所・所長
(写真:ロイター/アフロ)

さて、以下時事通信からの転載。

IR開業20年代後半=基本方針、業者と接触制限―政府

https://trafficnews.jp/post/103023

政府は18日、カジノを含む統合型リゾート(IR)推進本部の会合を開き、最大3カ所の整備地域を選定する基準を盛り込んだ基本方針を決定する。現職国会議員の汚職事件を受け、公務員と事業者の接触ルールに関する項目を設けた。新型コロナウイルスの影響で、早ければ2020年代半ばを目指してきた開業時期は20年代後半にずれ込む見通し。

コロナ禍で訪日外国人観光客が激減する中でも、政府は30年に6000万人へ増やす目標を堅持。IRを観光振興の起爆剤としたい考えだ。基本方針の決定で、誘致する自治体は事業者と整備計画を作るなどの準備を本格化させるが、国内外でコロナの収束は見通せず、IR構想の先行きには不透明感が漂う。

我が国の統合型リゾート整備の方向性を定める「基本方針」が本日政府了承されるという報道。上記の通り、本来は今年の1月に公示される予定だったものが、昨年12月に発生したカジノを巡る汚職事件の発生で延期され、その後、今度はコロナ禍が発生したことでさらに先延ばしになり…で、およそ11カ月の遅れでやっと公示に至りました。

一方で、この基本方針の問題はその内容そのもの。方針決定が遅れたことによる全体の整備スケジュールの後ろ倒しや、コロナ禍の発生を受けた感染症対策に関する要件の追加などマイナーチェンジはありましたが、基本的に11カ月前に発表が予定されていたものと「ほぼ」内容は変わっていません。

特に個人的に問題を感じるのは、MICE施設に係る施設設置要件に全く変更が行われていない事。以下は今年7月に書いたエントリですが、観光業界の中でおそらく今回のコロナ禍の影響を最も大きく受けている分野の一つが、展示会や国際会議などを中心として行われるMICE観光の分野。

CEATECが示す「ニューノーマル」時代のMICE産業の姿

http://www.takashikiso.com/archives/10254725.html

MICE分野では、既にオンラインを中心とした展示会、国際会議等の開催に業界全体が完全に移行しています。私もこの数ヶ月の間に幾つものイベントに参加していますが、正直、何で今までわざわざ世界中から人が同じ場所に集まらなければならないようなリアル開催にこだわっていたのかが良く判らない位の利便性の高さ。実際に物品を手に取ることの出来るリアルの「強み」が働きやすい消費財系の展示会はまだ一定のリアル需要があるとしても、おそらく今後の国際会議などにおいては政府会合のような一種のセレモニー的な要素があるもの以外は、今後のコロナ禍からの回復如何によらず完全にオンライン、もしくはリアルとオンラインを併催するハイブリット型の実施が定着してゆくのは避けられないものと思われます。

結果として、今後のMICEイベントは必然的にリアル開催の規模も頻度も減って来ることは間違いないワケですが、日本政府は未だコロナ禍前の「大規模MICE誘致による観光振興」の旗印を降ろす気配がない。今回公示が為されるIR整備基本方針においても、業界専門家側からは散々「降ろした方が良い」と言われていた「大規模MICE施設の併設」という項目がIR整備の必須要件として未だ堅持されている有様。これから先、MICEイベントにおける施設需要が下がってゆくことは判り切っているにも拘らず、「国内最大級の」という旗印を掲げたMICE施設を全国3カ所も追加してどうするんだ、と。この国の観光政策はコロナ禍という、産業の存亡すら揺るがしている大きな災禍を受けても、未だ変わる事が出来ないのだなあ、と心からガッカリするしかないわけです。

もっというと、そもそも冒頭の時事通信の報道の中にあった「コロナ禍で訪日外国人観光客が激減する中でも、政府は30年に6000万人へ増やす目標を堅持」という部分自体も大きな疑問点。旧民主党から自民党が政権を奪還した前・安倍政権の成立以降、あらゆる産業分野の中で最も成長が著しく、また2030年までに訪日外客6000万人という壮大なる目標をかかげてきた我が国の国際観光政策でありますが、実は今回のコロナ禍の発生如何とは関係なく、専門家界隈では既に「達成は無理」というコメントが出ていた状況。

以下は、2000年から2019年までの訪日外国人客数の推移を示したグラフでありますが、一見してお判り頂ける様に、2011年から2017年くらいまで右肩上がりで増加していた訪日外客数が、ここ数年明らかに「頭打ち」になりその勢いが減退している事が判ります。要は、コロナ禍発生の如何に関わらず、日本の訪日観光産業自体は成長期から成熟期に完全に移行しつつあったわけです。

訪日外外客数2000-2019年(単位:人)

(出所:政府観光局発表数値を元に筆者作成)

だとするのならば、観光戦略も併せて転換して行く必要がある。観光客の「数」を求める時代は既に終わり、より収益性の高い観光客の「質」を求めるべき時代に入ってゆくわけで、日本のIR整備もその様な観光客の収益性を高めるための施策に移行すべきだって話は、私も含めて業界専門家側からは散々言われているにも拘らず、このコロナ禍を経ても未だ日本政府はかつて掲げた「大本営方針」を変えることが出来ない。IR整備の話は別にしても、ある意味、コロナ禍の「せい」にして達成不可能な誤った戦略を体よく改めるには絶好の機会であったにも関わらず、です。

かくして我が国日本の観光政策は、降ろすことのできない「大本営方針」に沿ったまま、ガダルカナル海戦に向かって突入して行くのでありました。ここ数ヶ月何度も繰り返し申し上げていますが、この国の観光政策にはホント絶望しかない、としか申し上げようが御座いません。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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