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クルーズ振興の不都合な真実:正直、普通に儲かんない

木曽崇国際カジノ研究所・所長
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

私からすると「今更」感は否めないのですが、神戸大学の中村智彦教授による以下の記事が話題になっています。以下、Yahooニュースからの転載。

豪華客船にお金持ちは乗って来なかった~クルーズ船寄港地の憂鬱

https://news.yahoo.co.jp/byline/nakamuratomohiko/20190712-00133858/

「百害あって一利なしだ。」長崎市であった中小企業経営者のある集まりで、地元の中小企業製造業経営者が厳しく批判するのは、海外からのクルーズ船の寄港だ。別のサービス業経営者も「これ以上、税を投入して国際航路のバースを大型化するなどというのには疑問を持っている」と批判的だ。

 彼らが批判的な意見を述べるのには、もちろん理由がある。その日も大型客船が長崎港に寄港していた。「これだけの船が三日とおかず寄港するのですから、地元には貢献しているでしょう」と話を向けると、その場にいた経営者たちが苦笑して、「とんでもない」と言い、そして先ほどの批判になったのだ。

ここ数年、日本では寄港地としてのクルーズ振興の意義なるものが観光振興、および地域振興の文脈で語られてきましたが、正直言えば、その種のストーリーというのは殆どが根拠が不確かな創作であって、港湾整備に対する公共投資を「正当化」する為だけに広められてきたものであると断言して良いでしょう。このことは、実は私自身はかなり昔から主張し続けて来たことでもあります。以下、4年半ほど前の私の投稿。

このことは、クルーズ事業をビジネスモデル側から見ている人達は普通に皆が知っていることなんですよ。

原則的にクルーズ事業というのは乗船料/宿泊費/飲食代/船内での娯楽費までが全てワンパッケージになった料金システムの業界です。一方で、価格競争の進む現在のクルーズ業界では、この種の基本料金にあたる部分に関しては、極力安くすることで価格競争力を持たなければ業界を生き抜いてゆけない。逆にいえば、クルーズ事業で利益を出す為には、上記基本料金に含まれているもの「以外」の要素から、付随的にどれだけの売上を生むことが出来るかにかかっているわけです。

そしてこの基本料金以外の売上の要素となるのが、船内で提供される飲食代の基本料金に含まれていないアルコール類の消費、同じく船内娯楽費に含まれていないカジノでのギャンブル売上、そして各寄港地での停泊中に乗客に向けて販売する現地でのエクスカーションツアーの販売であるわけです。逆にいうのならば、クルーズ事業者にとって各寄港地におけるエクスカーションツアーは貴重な収入源であるわけで、そこで生まれる売上を寄港地側の事業者にそう易々と渡すわけがない。寄港地側に落とすお金は必然的に少なくなるわけです。(一応、付随的に私の専門範疇で申し上げておくと、船内カジノの売上はそれ以上に重要です)

こういうビジネスモデルの業者を必死でかき集めて、見た目上の「観光客数」だけを増やしたところで、地域の経済振興になんか殆どならないですし、ましてやクルーズ船の誘客の為に大型の設備投資をしたところでそれがペイするワケもない。私自身、事あるごとにしつこいほど繰り返してきているお話ではありますが、観光客を頭数(あたまかず)だけで数えて「観光振興」を訴える施策に意味がないことを端的に表したものが、全国各地のクルーズ振興そのものであると言えるでしょう。

では、このクルーズ振興にとっての「不都合な真実」をいかに解消するか。方策としては基本的に2つしかありません。

一つ目は、クルーズ船業者が発車させるエクスカーションツアーとは別の「街歩きの魅力」を寄港地として育てること。クルーズ業者の出すエクスカーションツアーというのは団体手配のバスツアーの形式を取りますから、バスツアーでは体験できない「街歩き」の魅力を街全体でアピールするしかない。エーゲ海クルーズにおける代表的な寄港地であるミコノス島やサントリーニ島などは、この手法でクルーズ振興からの経済効果を享受しています。

もう一つの取り得る戦略は、クルーズ船の寄港地ではなく「始発/終着港」になること。クルーズの日程最中の寄港地には原則的に乗客は宿泊をしませんし、どうしてもエクスカーションツアーが観光消費の中心になってしまいますから、そこから発生する経済効果は限定的になります。なので、クルーズの前後で発生する需要を取り込む、これも一つの戦略です。こういう手法で経済効果を取り込んでいるのが、アメリカ東海岸から出航するカリビアンクルーズの起点や終点となっているマイアミやフロリダ、西海岸のメキシカンクルーズの起点となっているLAやサンディエゴなどです。

ちなみに、今月末に予定されている参議院議員選において、与党・自民党は以下のようなクルーズに関する公約を掲げていますが;

・地域経済を支える港湾・航路の整備、国際バルク戦略港湾や国際コンテナ戦略港湾の整備、官民連携によるクルーズ拠点の形成、洋上風力発電に係る海域利用の促進、港湾の耐震化による災害対応機能の強化等を図るとともに「港湾完全電子化の推進」…

(出所:自民党参院選公約/太字は筆者)

ここでいうところの「クルーズ拠点」とはまさに、私が先述した「始発/終着港」となれる拠点形成のことであり、いわゆる「寄港地」形成を全国で推進しますという話ではありません。そういう意味では、自民党の掲げているクルーズ振興策は観光振興施策としては的を射ていると言えるでしょう。

ということで結論は「ただのクルーズ船の寄港地として観光を振興したところで、地域は普通に儲からない」でした。以上、宜しくお願い申し上げます。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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