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洗える高性能マスクを自らデザインして寄付・販売。3X3のバスケットボール選手、及川啓史の社会貢献

青木崇Basketball Writer
及川が描いたマスクのデッサン 写真提供:及川啓史

 3X3のバスケットボール選手として活躍中の及川啓史(品川CC WILDCATS所属)は、トレス・バスケットボールというブランドの事業を統括するマネジャーというビジネスマンとしての顔を持つ。宮城県仙台市で生まれ、気仙沼市で育ち、気仙沼高卒業後にノースウエスタン・ステイト大に留学。故郷が東日本大震災で大きな被害に遭うなど、アスリートしてだけでなく一人の人間として様々な経験をしている。

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響によって、日本全体が深刻なマスク不足に陥る中、及川はスポーツウェアを制作販売しているトレス・バスケットボールの特性とネットワークを生かす行動に出る。自らデザインし、ウェアを生産する工場との交渉を経て洗える高性能マスクを製作する体制を整えることに成功。完成したマスクは必要とする企業への寄付からスタートしたが、その後オンラインで販売すると、多くの人たちが購入した。

 なぜ不足していたマスクを作ろうと思ったのか? Zoomでのインタビューでわかったことは、及川の社会貢献に対する意識の高さ。その源となっているのは、アメリカでの生活と一時帰国していた際に直面した東日本大震災だった。

何かできることがないか? という思いがきっかけ

Q マスクを作ろうとしたきっかけは?

「僕ら(トレス・バスケットボール)はユニフォームを販売している会社ですけど、もちろん緊急事態宣言が出てからユニフォームを買う人がほとんどいなくなっていました。その中でウェアを販売する会社として何かできることがないかな? という時に思いついたのが、生地のマスクでした」

Q アイディアを出した時、社内の反応はどうでしたか?

「一番最初にこれ作りませんか? という時には、トレスのロゴを入れたいとか、それをして販売していけば売れるんじゃないかという感じだったんですけど、自分としてはこのアイディアを出す時、本当にマスクが枯渇していたタイミングだったので、正直ここで販売する、いきなりトレスのロゴを入れて売りますって出すと、不謹慎だと受け取られる不安がありました。もっとこれがもう少し落ち着いてきて、ある程度マスクが手に入るようになる。かつ、そこで“ファッション性が高いものを楽しみたいよね、つけたいよね”という需要が出てくるタイミングで、マスクの販売をしたいと思っていて、それまでは一旦足りないところであったり、困っている人たちにロゴをつけていないプレーンのマスクを寄付するというところからスタートしました」

洗える高性能マスクは男性用、女性用、子供用の3種で色も豊富 写真提供:及川啓史
洗える高性能マスクは男性用、女性用、子供用の3種で色も豊富 写真提供:及川啓史

Q 社内調整や工場とのやりとりで大変だったことはどんなことですか?

「価格です。市場価格を調べれば、平均これくらいで売られているなというのが出てくるんですけど、それだと自分たちに利益が大きく出てしまうんですよ。もともとマスクは急激な需要に対して価格が高騰してしまったという背景があるので。そうすると過剰利益が出てしまうので、自分としてはマスクで利益を取りたいとか、困っている人の足元は見たくなかった。これはあくまで僕らがユニフォームを販売できるようになるために、コロナに対して社会的にできる部分という認識だったので、この価格を設定するという部分で必要以上の利益を取らないようにしようと思っていたんです。

 そうすると他にいろいろな会社からマスクが出ているんですけども、価格差ができてしまう。僕らは大丈夫だけど、もしかしたら経営破綻に陥りそうな状態の藁にもすがる思いでマスク事業を始めた会社があるかもしれないと考えた時、みんなのためにやろうというこの行為が、少なからず同業者の人たちの首を絞める行為になるかもしれないのかなと考えると、踏ん切りがつかなかったというか、結構大変でした。

 それでも、どうしても僕らの大事なお客様に必要以上の負担を強いたくなかった。あくまで僕らはスポーツブランドであって、ユニフォームやスポーツウェアでこそブランドの価値を見出していきたいと考えていたので。結局、利益分、例えば自分たちがメーカーや卸で他の中間業者さんにも利益が入っていくのであればいいんですけど、僕らには工場があり、そこから仕入れて直接エンドユーザーに届けられる体制なので、市場価格の差額分はお客様に負担していただかなければならなくなるじゃないですか。それがすごく嫌で、なんでうちのお客さんに負担させなければいけないんだろうと思っていたので、どちらかと言えば、他社さんのことよりも自分たちのお客さんのことを考えなければいけないかなということで、今のお買い求めやすい価格に設定したのです。どちらにせよ価格はマスクの生産が需要を上回れば下がってきてしまうものですし。

 そこまでを想定して決めるのは大変でした。寄付することと販売することでは商品のハードルが大きく異なるので。マスクを販売するという自分の覚悟もそうだし、他のところより大分安いので、もうちょっと高くしてもいいのではという話が社内で出たりしていた中で、きちんと納得してもらったうえで社会貢献していきたいということを理解してもらうのに時間がかかりましたね」

Q マスクのデザインと性能で重視したことは?

「デザインですが、自分はマスクをつける習慣がなかったので、つけ心地がいいなというものと、つけていてちょっとでもテンション、気分が上がって頑張れればいいなという部分を意識していました。その中でまだまだ認知度も低いトレスでマスクを購入するという選択肢を持っているお客さんは、防疫意識がすごく高い人たち、かつマスクで困っている人たちだと思いました。そういった人たちは絶対Stay homeで、家でいろいろなことを辛抱して耐えている状況だと思い、少しでもファッションに合わせて色を変えたりとか、白以外の自分好みの斬新なマスクを作ることで視覚的に楽しめればと思ったので、まず色のバリエーションを増やしたいなというところで、6種類のカラーバリエーションを作りました。

 その後にトレスのブランドロゴを入れるということは、それが商品としていくら安価だったとしても、商品価値として自分が納得できるものでないとブランドのロゴを入れたくなかった。機能としては不織マスクのようなとか、N95マスクのようなウイルスを除去するものではなく、花粉や埃、飛沫感染を防げる物が欲しいなと思ったので、抗菌だったり、何回も繰り返して使えるものを重要視していました。あとは肌触りですね。顔とかに当たった時の感覚が体よりも敏感なので、そこに対してフィットする生地を準備しました。これは自分の意思表示というか、一緒に頑張ろうという意味も含めて文字としては“Together”というのを入れたいなと思っていたので、それは寄付していたマスクからの継承で入れたという感じですね」

東日本大震災とアメリカでの生活で芽生えた社会貢献への強い思い

Q 社会貢献に対する意識が高いと思いますが、アメリカの大学で生活したことと2011年の震災を経験したことはすごく影響していると思いますか?

「そう思います。だれかの役に立つというか、なんですかね…。震災に関してはそもそもいろいろな人たちがボランティアだったり、いろいろな国に助けてもらった経緯があるので、その恩返しは絶対にしたいとずっと思っていました。アメリカに関しては、島国の日本だけではなく、いろいろな状況の人たちがいるんだ、いろいろな環境の人がいるんだという多様性の部分をすごく学べたので、そういった人たちの状況とかも想像して、やっぱりいち早くお客さんに届けられるようにと考えられるようになりましたね。

 いろいろなシチュエーションがあるじゃないですか、マスクで困っているところは…。病院もあれば、保育士さんとかもいたりするので、何にせよ1日も早く届けなきゃと思っていました。会社の人たちはほとんどテレワークをしているので、自分を含めた必要最低限の社員に出社してもらい1000件以上の注文を仕分けして、商品が届いたらその日に発送できるようにと、無謀ながら準備できたというのは、そういった多様性っていうのをある程度理解しているので、いろいろな人たちに早く届けたいと思ったからですね」

Q 最初寄付から始めて、その後販売して、子供用以外は売り切れている(取材時)ということでは、予想以上の反応とインパクトがあったと思いますか?

「自分が想像しているよりは、売り切れまでのスピードが数日で1万枚まで行ってしまったので、ブランドの認知度と比較するとかなり早かったかなと思うんです。けれど、やっぱりここは自分としてトレスのデザインがよかったというよりも、まだまだマスクに困っている人がこんなにたくさん居たんだという実感のほうが大きかったですね。だから、本当にみんながマスクも買えなくて不安になって、ストレスも溜まっていて、家にいなきゃいけないという人たちがまだまだこんなにいるんだったら、もう少しやらなければいけないかなと思っています。それと同時に、いろいろなブランド、スーツのAOKIさんとかも出したりしているじゃないですか。マスクが出始めているのは、すごくいい傾向だなと思います」

Q 今後はオーダーメイドでオリジナルも作ることができるということで、この事業が継続するということでいいのでしょうか?

「はい。また売り切れになっているものも再入荷するので、一般用として販売しつつ、そうじゃなくて自分でチームのものを作りたいとかという事情の人もいると思います。ここから先は楽しみながらマスクをつけて、自己防衛していこうという風にステージとしてはシフトしていくはずなので、そっちの需要に合わせられればというところでチームオーダーを始めました」

Q このような社会貢献によって、トレスにお金とは違った価値が上がることにつながったのかなとも思えますが、いかがでしょうか?

「結果論というか棚ぼただったというか、自分としては本当に早くバスケットボールがしたいだけ、そのためにはどうしたらいいのかずっと考えていました。それにはやはり、コロナが収まらないとできないんですよ。

 例えば、夜中に隠れてまだやっている公園とかでシューティングに行こうと思えば行けるんですけど、それを考えた時に自分がしたいバスケットってそれじゃないと思っていて、みんなと試合をしたり、みんなと練習をしたいなという部分がすごく強かった。であれば、社会的にコロナを抑え込む必要が最初にあったから、それに対して貢献できることはマスクだよなという発想で始めたら、結果としていろいろな人たちが必要としてくれて、ある程度力添えができたんだなという風にはなりましたけど、元々社会貢献にというような立派な発信ではなかったです(笑)。

 極論ですけど、自分がバスケをしたいからみんなマスクを買ってコロナを抑え込むのを手伝って、というのが最初のスタンスだったので、だから利益をそんなに取りたくなかったし、1日でも一人でも感染者が減らせるようにマスクの発送を早くしたかったというのにつながってきます。一番大きく感じたのは、自分としては“協力してね”のスタンスでしたけど、今まで経験がなかったくらい非常に多くのリプライやお礼のDM(ダイレクト・メッセージ)がいろいろなお客さんから届いたから、それを全部スタッフにもシェアして“何か勇気づけられるね”という風になりました。与えるというか、こちらから提供させてもらったつもりが、またいろいろなお客さんからもらっていたんだなと実感しましたね」

3X3の選手としての成長に及川はまだまだ貪欲だ 写真提供:及川啓史
3X3の選手としての成長に及川はまだまだ貪欲だ 写真提供:及川啓史

Q 最後に、3X3選手としての活動で今後目指すことを話してもらえますか?

「昨シーズンから所属している品川CC WILDCATSというチームで、プレーオフのベスト4に入りました。日本人のみのチーム構成だと唯一のベスト4です。世界大会に2度出たりしたんですけど、やはり今シーズンも国内で勝っていくこともそうですけど、海外のチャレンジャーだったり、マスターズというところに出場できるようにチームとして固めています。

 この状況なのでどうなるかわかりませんが、自分自身がフルパフォーマンスでバスケットができる年数というのもある程度終わりが近づいているなと思っているので、そこの部分を含めてしっかり自分が満足できるようにプレーをしてまた世界を相手に戦えたら、やはりそこが一番楽しいかなって思っています」

【及川啓史(おいかわけいし)】

1989年07月24日宮城県仙台市生まれ。188cm、85kg。気仙沼高校→Northeastern State Univ. →TGI D-RISE→3X3選手として活動中。

Basketball Writer

群馬県前橋市出身。月刊バスケットボール、HOOPの編集者を務めた後、98年10月からライターとしてアメリカ・ミシガン州を拠点に12年間、NBA、WNBA、NCAA、FIBAワールドカップといった国際大会など様々なバスケットボール・イベントを取材。2011年から地元に戻り、高校生やトップリーグといった国内、NIKE ALL ASIA CAMPといったアジアでの取材機会を増やすなど、幅広く活動している。

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