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アルゼンチンのワールドカップ準優勝は、技術委員長のビジョンと日本が進む方向が間違っていないことの証

青木崇Basketball Writer
どんな相手でも心身両面でタフに、そしてハードに戦う姿勢が一貫していたアルゼンチン(写真:ロイター/アフロ)

 日本バスケットボール協会技術委員長の東野智弥は、2011年に早稲田大学大学院で「アルゼンチンバスケットボールの強化・育成に関する研究」という修士論文を書いている。2002年のワールドカップで銀メダル、2004年のアテネ五輪で金メダルを獲得したアルゼンチンは、日本が世界レベルで戦えるようになるために参考にすべきことがたくさんあると感じていたからだ。

 日本が13年ぶりに出場した今回のワールドカップでは、セルヒオ・エルナンデス率いるアルゼンチンがスペインとの決勝で力尽きたとはいえ、優勝候補と言われたセルビア、金メダルを本気で狙っていたフランスを倒しての準優勝。また、ネストル・ガルシアのドミニカ共和国、フェルナンド・デュロのベネズエラ(平均身長が196cmで、最長身が205cm)が2次ラウンドに進出したことも、アルゼンチン人のコーチがいかに優秀かを示すもの。アルゼンチンの戦いぶりを見続けるうちに、システムやフィロソフィーを熟知するフリオ・ラマスコーチの下で強化していくことが、日本の進むべき方向だと改めて思えた。

 東野の論文にもあるように、日本人とアルゼンチン人の平均身長に大きな差はない。今回のワールドカップでは日本のほうが3cm高かったのだが、フィジカルの部分ではっきりと差が出た。5連敗で終わった田中大貴が帰国後、「言葉では簡単にいろいろ言えると思うんですけど、やっぱり40分間フィジカルにコンタクトをし続けたり、オフェンスでも足を動かすことを徹底できなかったです。どんどんボディーブローのように食らって、足が止まっていました。終盤にその差が出ます」と話したように、フィジカルの強さはBリーグだと体感できないレベル。馬場雄大もモンテネグロ戦後、「すべてにおいて力の差を感じました。ゴール下のコンタクトやフィジカルの部分で最初からガツガツと当てられたことが、最後の場面でボディーブローのように効いてきました。40分間通してハードに戦えなかったことが、少しずつ点差を離されてしまった原因だと思います」と振り返っている。

 アルゼンチンはなぜ、世界の強豪に勝てるのか?

 アテネ五輪の金メダリストであるルイス・スコラが、39歳となった今も高いレベルでプレーしていたことは大きな理由の一つ。しかし、準々決勝でセルビアを破った後の記者会見でエルナンデスコーチが話した内容は、最後の部分を除いてラマスコーチが日本にもたらそうとしていることと同じだと認識した。

「私たちは大きくないし、身体能力も高くない。スペーシング、タイミング、リバウンドへの反応、戦略へのリスペクトが必要だ。アルゼンチンの選手たちはいいキャラクターと賢さを持っているだけでなく、とても競争心旺盛で勝ちたいという気持が強いんだ。フロアを走り回ったり、高くジャンプすることだと勝てない。我々には大きくて身体能力の高いビッグマンがいないから、賢くプレーしなければならない。オフボールのスクリーン、ピック&ロール、カット、スペーシング、インサイド、アウトサイド、そしてカンパッソだ」

北京五輪の銅メダルに続き、このワールドカップでアルゼンチンを銀メダルへと導いた名将エルナンデス (C)FIBA.com
北京五輪の銅メダルに続き、このワールドカップでアルゼンチンを銀メダルへと導いた名将エルナンデス (C)FIBA.com

 競争性旺盛で勝ちたいという気持とフィジカルの強さが最も出ていると感じた試合は、セルビアとの準々決勝。スコラとマルコス・デリアのスターターが1Q半ばで2つ、タヤベク・ガリッジもベンチから出てきて2分弱で3つと、フロントラインが深刻なファウルトラブルに直面した。しかし、その後は202cm(実際に見た印象は190cm台後半)のガブリエル・デックがニコラ・ヨキッチ(213cm)とネマニャ・ビエリツァ(208cm)、アグスティン・カファロ(208cm)がボバン・マリヤノビッチ(221cm)を相手に、ポジション争いで体を巧みに使いながら厳しく対応することで身長のハンディをカバー。ポストアップされたとしても、簡単に押し込まれるような弱さはなかった。

ベンチから攻防両面でチームにエナジーをもたらしたデックは、決勝戦で24点をマーク。 (C)FIBA.com
ベンチから攻防両面でチームにエナジーをもたらしたデックは、決勝戦で24点をマーク。 (C)FIBA.com

 ポストアップのディフェンスでは、ジョージ・ワシントン大学で渡邊雄太のチームメイトだったパトリシオ・ガリーノの強さも際立った。8月22日に行われた日本とのエキシビションゲームで、八村塁が身長で有利な状況となってポストアップで攻めようとしたものの、ガリーノはまったく押し込まれることなく平然と対応。「自分たちの強みは最後までハードに戦い続けられること。辛抱しながらみんなを信じることによって、苦しい状況を乗り越えられたんだ」とセルビア戦後に語ったように、アルゼンチンというチームは心身両面で非常にタフなのだ。日本対アルゼンチン戦をコートの近くで見ていた筆者の友人による「日本がものすごくハードに戦って息が上がっているのに対し、アルゼンチンは汗のかき方も少なくて余裕があった」という言葉を耳にした時は少し驚いたが、準々決勝からの3試合を見た今なら納得できる。

ディフェンス面でアルゼンチンに欠かせない存在へと成長したガリーノ (C)FIBA.com
ディフェンス面でアルゼンチンに欠かせない存在へと成長したガリーノ (C)FIBA.com

 ガード陣のディフェンスに目を向ければ、ピック&ロールに対しては安易にアンダーやスウィッチをしていなかった。スクリーンをかける選手にマッチアップするチームメイトの助けを受けながらも、ファイト・オーバーでボール保持者を追いかけるシーンがほとんど。ファクンド・カンパッソ、ニコラス・ラプロビドラ、ルカ・ビルドサのポイントガード陣は、スクリーンをうまくかわす術を持っているだけでなく、たとえ引っかかっても簡単にあきらめない。これを継続してできるフィジカルの強さとメンタリティを身につけることは、ラマスコーチがモンテネグロに敗れた後「フィジカル面、技術面、戦術面、メンタル面、すべてにおいて成長の余地がある。特に一番成長しなければいけないのはディフェンスの部分だ」と語ったことにも通じる。

巧みなゲームメイクだけでなく、ディフェンスでもタフなカンパッソ (C)FIBA.com
巧みなゲームメイクだけでなく、ディフェンスでもタフなカンパッソ (C)FIBA.com

 マヌ・ジノビリを軸に2004年のアテネ五輪で頂点に立ったルーベン・マニャーノのチームやラマスが指揮したロンドン五輪のチームと変わりなく、アルゼンチンはボールと選手の動きが活発なオフェンスを展開していた。抜群のパスセンスと視野の広さを兼備している司令塔のカンパッソは、セルビア戦での12本を最高に平均7.8アシストを記録するなど、チームメイトがオープンでシュートを打てる機会を何度もクリエイト。平均17.9点を記録した得点源のスコラも、長年の武器であるインサイドだけでなく、3Pシュートでも相手にダメージを与えていた。

 一方の日本は、平均66.8点が30位、FG成功率38.4%が28位、3Pシュート成功率28.7%が27位、3Pシュート成功数27本が29位、平均13アシストが30位と、オフェンスでも世界の壁に直面。ハーフコート・オフェンスの時にファースト・オプションがうまくいかなかった場合、すぐにセカンド・オプションへと移るだけの連動性と遂行力があまりにもなかった。クイックネスを武器にできる富樫勇樹がいれば、状況は少し変わっていたかもしれない。しかし、個々のスキルとフィジカルのレベルを上げなければ、ラマスコーチが持っているオフェンスの引き出しを十分に使えないことは、ワールドカップでの5試合ではっきりした。

 東京五輪まで10か月強という限られた時間で、世界とのギャップを埋めることは簡単なことではない。しかし、アルゼンチンがワールドカップで見せたパフォーマンスは日本にとって最高のヒントであり、ラマスコーチとヘルマン・マンドーレアシスタントコーチの存在を最大限生かしてほしいところ。来年の東京五輪だけでなく、2023年のワールドカップでも成果を出すためにも…。

Basketball Writer

群馬県前橋市出身。月刊バスケットボール、HOOPの編集者を務めた後、98年10月からライターとしてアメリカ・ミシガン州を拠点に12年間、NBA、WNBA、NCAA、FIBAワールドカップといった国際大会など様々なバスケットボール・イベントを取材。2011年から地元に戻り、高校生やトップリーグといった国内、NIKE ALL ASIA CAMPといったアジアでの取材機会を増やすなど、幅広く活動している。

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