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ガザでの戦闘:戦場はもっと広くて深い~「イランの民兵」がイスラエルの港湾を撃つ

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(提供:Israel Defense Forces/ロイター/アフロ)

 2024年1月23日夜、アメリカ軍はバグダード南方のバービル県とアンバール県西端のシリアとの国境付近で「イランに支援された」民兵を攻撃したと発表した。それによると、攻撃は「中東でアメリカ軍に対して繰り返される攻撃に対する防御的反撃の一環」だそうだ。イラクとシリアでは、2023年10月以降両国にあるアメリカ軍基地(注:シリアにあるものはアメリカがシリア領を不法占拠した結果の基地)が連日のように攻撃され、「イラクのイスラーム抵抗運動」名義で攻撃を実行したとの発表が出回っている。もっとも、イラクとシリアではこれ以前から度々「イランの民兵」と呼ばれる民兵諸派によると思われるアメリカ軍基地への攻撃が発生しており、それに対するアメリカ軍の軍事攻撃も珍しいことではなかった。ここまでなら、外交場裏でまともな意思疎通ができているとはちょっと考えにくいイラン、シリアからアメリカ、イスラエルに対する不満の表明としてアメリカ軍基地を攻撃しているという、これまでと大して代わり映えのしない事件のように見える。しかし、冒頭のアメリカ軍の発表にもある通り、アメリカ軍による攻撃は「中東での」アメリカ軍に対する攻撃への反撃と位置付けられており、今般の攻撃がより広域的な紛争と連動していることは間違いない。

 「中東でのアメリカ軍への攻撃」というと、最近ではバーブ・マンダブ海峡と紅海一帯で繰り広げられているイエメンのアンサール・アッラー(蔑称:フーシー派、フーシ派など)とアメリカを中心とする連合軍との交戦が想起される。アンサール・アッラーは、自派による当該海域での船舶に対する攻撃や拿捕を「イスラエルによるガザ地区への攻撃と封鎖をやめさせるため」と位置付けている。このため、バーブ・マンダブ海峡と紅海一帯での戦闘もこの海域だけの局地的問題ではなく中東全体の軍事・外交上の対立・戦闘と不可分な形で展開していると言ってよい。しかも、この海域での航行が危険にさらされることにより、世界的にも船舶運航にかかる経費の上昇、輸送時間の長期化、そして紅海と地中海とを結ぶスエズ運河の通行料の減少に伴うエジプトの経済と社会の動揺という問題がすでに顕在化している。

 今般アメリカ軍によって攻撃を受けた「イランの民兵」諸派も、船舶の航行や港湾の安寧に着目したようだ。これまでも繰り返してきたとおり、「イランの民兵」を含む「抵抗の枢軸」陣営にはアメリカやイスラエルと全面戦争をして勝つ能力はない。当然そうするつもりもない。にもかかわらず、ロケット弾や無人機を用いたアメリカ軍基地攻撃が敵方に不満を伝える経路として十分機能しない一方、より強力な「反撃」で味方の人的損失が嵩むのは面白くないことだ。となると、頻度や強度、対象の範囲を調整してより効果的な攻撃をしなくてはならない。23日に攻撃を受けたのはイラクの治安部隊の一角をなす人民動員隊に参加する「ヒズブッラー部隊」だが、同派とやはり「イランの民兵」と目される「サイード・シュハダー部隊」が「ガザ地区に対する攻撃停止と封鎖の解除」まで戦い続けると表明した。しかも、そこでは「イスラエルの港湾を使用不能にすることを含む(作戦行動の)第二段階」に移行するとも表明していた。実際、これまでも「イラクのイスラーム抵抗運動」名義でイスラエル南部のエイラートを攻撃したとの発表は複数出ている。しかし、エイラートは紅海の奥のアカバ湾に面する港であり、現在アンサール・アッラーが紅海一帯の往来を脅かしている中での意義は特別大きいわけではなかった。そこに転調の兆しが出てきたのは、1月23日付の「イラクのイスラーム抵抗運動」の戦果発表に、イスラエルのアシュドット港を無人機で攻撃したと主張するものが現れたことだ。

 アシュドットは地中海に面する大規模な港湾・工業都市で、これが機能していればイスラエルに物資を搬入するという観点からはバーブ・マンダブ海峡と紅海の航行が脅かされてもその影響を軽減することができる。ところが、こちらも攻撃にさらされるとなるとイスラエルへの船舶の往来と同国の産業への影響ははるかに大きくなる。しかも、港湾の機能、船舶の往来、企業の活動を停滞させるためには、無理に強力な戦闘部隊と戦ったり、多数の人員を殺傷したりする必要はなく、例えば連日連夜警報サイレンが鳴り響いて住民に避難を余儀なくさせる程度に攻撃し、日常生活や経済活動の経費を上昇させればいいだけだ。そして、アメリカとイスラエルにさらに圧力をかけたければ(嫌がらせをしたければ、でもよい)、アシュドットよりも大規模なハイファ港を攻撃対象として名指しするなり、実際に攻撃するなりすればよい。「イラクのイスラーム抵抗運動」を名乗る諸派がイスラエルの港湾を攻撃できる装備や技術をどの程度持っているのかは定かでないが、イラン起源の技術や装備には1600km以上離れた対象を攻撃可能なものもあるため、「抵抗の枢軸」の側がその気になれば「イラクのイスラーム抵抗運動」によるイスラエルの港湾への攻撃が頻発する場面も大いにありうる。そのようなところまで状況を悪化させないためには、中東地域の紛争解決や緊張の緩和のための公正かつ包括的な協議や取り組みが不可欠だが、そのような機運は盛り上がっていない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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