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イスラーム過激派の食卓:アラビア半島のアル=カーイダはカブサを調理する

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
タイトルの画像はアラビア半島のアル=カーイダとは無関係です。(写真:ロイター/アフロ)

 2023年9月14日、アラビア半島のアル=カーイダは機関誌の『サダー・マラーヒム』17号を刊行した。この雑誌、2011年2月に出回った16号から10年以上の時を経たファン待望の(?)の復刊だ。もっとも、以前『サダー・マラーヒム』誌が刊行されていた時期は、世界中の「テロ専門家」が大好きだったアンワル・アウラキー(注:ちなみに、筆者は欧米の政府や大手報道機関を挑発してそこでの露出を増やすことだけを目的とする者も含め、イスラーム過激派の著述は何もかも、過去も現在も大嫌いだ)らが健在で、アラビア半島のアル=カーイダも欧米権益に対する刺激的かつ独創的な作戦を実施したり、技術的な指南とともに攻撃を扇動したりしており、彼らの著述は必読のものの一つだった。それに比べると、待望の(?)17号はその量・質ともに見劣りするものだ。

 アラビア半島のアル=カーイダの広報の量・質の低下を象徴するのは、『サダー・マラーヒム』17号で「大戦果」として賞賛記事が掲載されているのがイエメン南部のアビヤン県での戦闘だというところだ。この戦闘、アル=カーイダが本来打倒すべきシオニストや十字軍の、手下のさらに手下に雇われた傭兵との、もう国際的な政治情勢とは何のかかわりもなくなったイエメン紛争のごく一部の小競り合いに過ぎない。アラビア半島のアル=カーイダの者たちは、この戦闘での「大勝利」を喜び、画像のとおりカブサと呼ばれるアラビア半島風の炊き込みご飯を大盤振る舞いして祝った。一般的なカブサの材料にはスパイス・香草類が欠かせず、肉にたくさんスパイスが塗られているのがわかる。画像ではなんだかカレー風の色のスパイスが使用されているが、筆者が知る限りアラブの人民は辛い食べ物があんまり好きではないので、できあがったカブサも「すごく辛い」ということはないだろう。

アラビア半島のアル=カーイダ『サダー・マラーヒム』7頁。
アラビア半島のアル=カーイダ『サダー・マラーヒム』7頁。

 しかし、どんなに嫌いでも、どんなにつまらなくても、イスラーム過激派の広報からは依然として目を離すことができない。なぜなら、人類の世界にはイスラーム過激派が非難や攻撃の対象として利用できる問題や争いごとが相変わらず満ち溢れており、それらの一部は実際に邦人やその権益を含め、世界各地での攻撃を教唆・扇動し、実際の攻撃を正当化する材料として利用されている。今般見逃すことができないのは、2023年6月~8月(そして本当は現在も)に盛んにおこなわれたコーランの写本の焼却や冒涜事件を理由に、攻撃予告、或いは扇動をする記事が掲載されていることだ。そこでは、スウェーデンがフランスやデンマークと競いつつEU諸国の先頭に立ってイスラームとムスリムに対する戦争を行っていると主張している。その上で、敵どもは対話の言語が理解できず、(各国政府やムスリムの団体がするような)抗議・非難の声明は無意味で、世界中のスウェーデン大使館が爆破されて更地になったり、パリでフランスの省庁が攻撃されたりしないと気付かないだろうと決めつけた。そして、スウェーデンとその同類の諸国は、アッラーの懲罰やムジャーヒドゥーンの手が自分たちの国・権益・大使館に届かないと思っているのだろうか?と記事を結んだ。字面だけ見れば、スウェーデン、フランス、デンマークだけでなく、それらと誤認・混同されそうな諸国についても、自国のみならず世界中の権益(特に外交団)の安全のために対策が必要だ。しかも、8月半ばにはアル=カーイダ総司令部名義でコーランの写本焼却事件について、スウェーデン人、大使館、外交官への攻撃や殺害を教唆する声明が出回っているので、ことはそれなりに重大だ。

 もっとも、アラビア半島のアル=カーイダやアル=カーイダ総司令部が発信した雑誌や声明をまじめに読み、その教唆や扇動を実行に移すことができる者がどのくらいいるのか、ということを考えれば、そのような者は今やほとんどいないと言ってもいいだろう。10年ほど前からアル=カーイダの広報の視聴者は著しく減少していると思われる。その理由は、アル=カーイダ風の長大で「知性や学識あふれる」演説や文書を読んだり理解できたりする視聴者が世の中にほとんどいなくなってしまったからだ。アル=カーイダや「イスラーム国」などのイスラーム過激派の広報の内容がショボくなっているというのならば、それは彼らの組織の知的水準や情報収集・分析能力が低下していることと並んで、彼らが広報を届けたいと望む視聴者の質が落ちていることをも示している。著述を含む情報を人類に届けたいと欲する場合、好き勝手に内容を作るのではなく、読者・視聴者の需要と彼らが情報を見て理解することに使用可能な能力や時間についても十分考えなくてはならない。これは、筆者にとってもイスラーム過激派にとっても同様だ。以上に鑑みると、例えば2000年代や2010年代と比べれば、アル=カーイダの教唆や扇動の結果スウェーデンをはじめとする各国の国民や権益が攻撃を受ける可能性はかなり低いと思われる。

 注意すべきなのは、イスラーム過激派による何かに対する「反撃」や「報復」は、その対象となる国や機関、問題を分析する専門家や報道機関の理解や能力を超えるような時間的な幅で行われる場合がありうる点だ。イスラーム過激派は、最後の審判の際にジハードへの献身が評価されていくことができる天国(来世)が永遠なのに対し、現世はごく一瞬のことだという理屈で、組織の構成員の一部なり全部に5年、10年と忍耐や潜伏を強いることができる。これに対し、一般的な国の機関、報道機関は3年もすれば人事のローテーションが一巡してしまうし、「研究者」や「研究機関」でもその時々の状況により彼らがイスラーム過激派のために割くことができる資源の量・質は大きく変わってしまう。つまり、何かの大事件の直後に「大幅に強化された」役所や報道機関、研究機関の体制が、5年~10年後に維持されることなど、全く期待できないと言っていい。それでも奇特な(「けんしんてきな」と読むこと)専門家が長期間警戒や監視を続けていたとしても、彼が連携すべき機関、企業の「取引先」だけでなく、自分の上司にすら経験どころか予備知識も関心もない人たちしかいない、ということも十分予想される。このような体制こそが、イスラーム過激派の行動様式であるテロリズムにとって効果を最大限増幅する装置に他ならない。無知と無関心によってイスラーム過激派の影響力や報道露出を減らすのではなく、彼らの生態をよく理解し、しっかり観察し続けることによって、イスラーム過激派に影響力を持たせない、という方向で対処したいものだが。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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