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公立・私立のすべての教育機関でニカーブの着用禁止(フランスの話じゃないよ)

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 イスラーム教徒(ムスリム)、特に女性が公共の場でどのような服装をするのかは、様々な場所と機会で論争や摩擦の原因となってきた。近年ではヨーロッパ諸国の学校で女子生徒・児童に「イスラーム的な服装をさせない」ことや、アフガニスタンで政権を奪還したターリバーンが女性に「イスラーム的な服装を強制する」ことが話題となっている。何らかの形で状況が各国政府や国際的な報道機関に話題にしてもらえる当事者たちはまだましで、誰からも一顧だにされないまま偏狭なイスラーム過激派の統治が女子生徒・児童・学校職員の服装だけでなく内面をも蝕む深刻な事例もある

 そんな中、公立・私立のすべての教育機関の全学年で、女子生徒・児童のニカーブ(顔もすべて覆う「イスラーム的服装」の一種)の着用を禁止するとともに、男女の生徒・児童に共通の制服の着用を適用する旨の決定が出された。興味深いのは、この決定は「イスラムフォビア」なるものが蔓延し、ムスリムが文化や習慣やアイデンティティーを否定され、差別に苦しんでいる(はずの)国や地域で出されたものではなく、住民の9割がたがムスリムで、むしろ宗教的少数派をはじめとする人々に対する「イスラーム的振る舞い」の強制の方が問題となることもあるエジプトの教育省が、自国の公立・私立の教育機関に対して出したものだということだ。

 決定には、ヒジャーブ(頭髪を隠す「イスラーム的服装」の一種)の着用も女子生徒・児童が選択するものと規定した上、ヒジャーブの色についても当局が定めるとの内容が含まれる。また、決定は保護者に対し、ヒジャーブ着用についての選択は女子生徒・児童の希望に基づくもので、保護者はその着用について保護者以外の個人や団体からの圧力や強制がないか知悉するよう強調している。現在のエジプト政府は、「民主的に」選出されたことになっているイスラーム主義者の政権をクーデタ同然に放逐した政府の流れを汲んでいるため、エジプト政府が「イスラームに敵対し」、「敬虔なムスリムをいじめるために」このような決定をしたのだろうか?決定やそれについての関係者の説明を読むと、決定の目的はニカーブの「禁圧」というよりは共通の制服の導入にあるように見える。共通の制服を導入する理由としては、学校内の規律を整え、教育機関内の順法精神や規則を強化し、学校への帰属意識を涵養し、精神的・社会的調和を実現するため、生徒・児童の間の(服装という)物質的・社会的な差異を除去することで公正と平等の原則を固めることが挙げられている。それだけでなく、共通の制服を着用することにより生徒・児童間の嫉妬やからかいを抑制し、生徒・児童が服装を華美にする競争を軽減する、服装に関係する保護者の負担を軽減することも決定の目的として挙げられている。

 エジプトの教育専門家は今般の決定について、女子生徒・児童のお行儀をよくする効果があること、階級分化の感覚を軽減すること、服装を原因とする生徒・児童間の負の感情を軽減することを今般の決定の肯定的な面として指摘した。また、この専門家によると、ニカーブの禁止は教育現場では不可欠のことなのだが、それは女子生徒・児童の人定確認、特に試験期間中の替え玉防止のためである。この専門家は、エジプトの家庭にはニカーブを禁止することによる社会的な問題は生じないし、女子生徒・児童がニカーブを着用せずに通学しても問題はないと述べた。もっとも、学校でのニカーブ着用問題はエジプトの司法の場で争われている問題でもあり、今般の決定が円滑に実施されると限らないようだ。エジプトの保護者団体の幹部は、一部の保護者を対象に今般の決定の趣旨を周知する説明会が必要だと指摘した。

 「イスラーム的服装」、特に顔まで覆い隠すニカーブの着用からは、宗教や習慣の尊重云々という問題だけでなく、替え玉登校や替え玉受験の防止という、教育機関では極めて実践的な問題が生じている。「敬虔なムスリムは不正をしたり、噓をついたりしないので(ニカーブの着用に伴う)不正は生じない」との類の主張は、今般の決定のような措置が不可欠とみなされている以上、現実の教育現場からかけ離れた建前論に過ぎない。筆者程度の者でも時折監督・評価する側として教育機関の試験の場にいなくてはならない機会が多少あるのだが、将来この種の不正に出会わないことを祈るしかない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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