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シリアのアラブ連盟復帰で取り残された人々

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2023年5月7日、2011年末以来凍結されていたシリア・アラブ共和国のアラブ連盟(と傘下の諸機関)への参加が再開されることが決まった。これは、同日開催されたアラブ連盟の臨時外相会合での決定事項だ。決定は、シリアでの危機の解決、危機の結果生じた難民、テロリズムの脅威、麻薬密輸などの問題の解決で、アラブが主導的に行動することも表明し、ヨルダン、サウジ、イラク、レバノン、エジプト、アラブ連盟事務局長からなる連絡委員会を設置することも決めた。アラブ連盟はシリア紛争が勃発すると、カタルやサウジが主導してシリアに対しアサド大統領の退任と当時のシャラ副大統領を臨時大統領にすることなどからなる「調停案」を提示し、これが思い通りにならないとシリアの加盟資格を停止していた。これが、過去数カ月の間にシリアとサウジとの要人往来が再開し、シリアのアラブ連盟復帰の機運も高まっていた。

 シリアのアラブ連盟復帰は、昨今のサウジとイランとの関係改善の動きや、理念や「秩序」を教条主義的に振りかざすあまり現実にまるで対応できていないアメリカやEU諸国の影響力の低下も反映したものだ。復帰そのものには、象徴的な意味しかなく、難民や麻薬密輸への対処や、復帰によってシリアが得られる実利がどうなるのかの方がより大きな問題にも見える。しかし、かつてはサウジもカタルもシリア政府の打倒を目指し、受け取り手がアル=カーイダや「イスラーム国」になってもお構いなしにシリア政府を攻撃する側にお金や武器、政治・広報上の後ろ盾を与えていたことを考えれば、大きな転換だということは確かだ。上述の通り、サウジはシリア政府との関係を再開したし、カタルもシリアの復帰に反対することはできなかった。これは、少なくともアラブ連盟加盟国の間では、反体制運動や外国の干渉によって「シリア革命」なるものが成就する可能性がついえたと判断され、現在のシリア政府を打倒するという政策が放棄されたことを示す。

 シリアのアラブ連盟復帰後の地域情勢については、シリアとアラブ諸国との間のいろいろな約束事や宣言や危機打開策(例えば、シリアとサウジとの間の領事業務や航空便の再開、シリアとチュニジアとの大使の相互派遣、シリアによる麻薬密輸対策の実施、カタルなどからのイスラーム過激派支援の停止など)が短期間の間に実現するかによって、事態が好転するか否かが決まるだろう。それはそうと、今般の決定はシリア国内の紛争当事者、特にかつての「反体制派」に大きな衝撃となった。現在、「反体制」武装勢力は専ら外国勢を含むイスラーム過激派が主力で、「自由シリア軍」を名乗った諸派は今やシリア領を占領するトルコ軍の配下として、体制打倒とは無関係の活動をしているに過ぎない。イスラーム過激派は、はじめからシリアはもちろんアラブ諸国、イスラーム諸国の現行の政治体制を否認しているので、今般の決定に彼らがどんな態度をとるかはわざわざ考えるまでもない。しかし、かつての「反体制派」や、シリア北東部を占拠するクルド民族主義勢力の受け止めは割れているようだ。

 8日付の『ナハール』紙(キリスト教徒資本のレバノン紙)は、ロイターを基に様々な反応のいくつかを紹介した。それによると、クルド民族主義勢力を主力とするシリア民主軍の政治部門は、決定を歓迎する声明を発表したそうだ。興味深いのは、「反体制派」でサウジやカタルの後援を受けて国際場裏で「活躍」した大物活動家が「決定について全く相談されていなかった」ことや、人権団体の中にはこの決定により「アラブの春」の希望が最終的に閉ざされたと絶望感を表明したものがあったことだ(詳細はこちらを参照)。

 こうした反応にも増して興味深かったのは、かつて「シリア国民の代表」というなんだか不思議な資格で若干の「国際的承認」を得ていたはずのシリア国民連立が今般の決定について発表した声明が、主要な報道機関に全く見向きもされなかったことだ。国民連立は、クルド民族主義勢力との間の政治目標調整の失敗、国民連立内での仲間割れ、シリア国内への指導力の無さが原因で、紛争初期のうちに存在意義を失っていた。それでも、上述の「国際的承認」のおかげで、幹部の一部はシリア国外の高級ホテルで(現実離れした)政治的発信や報道露出を続けていた。シリアのアラブ連盟復帰決定についての声明を見ても、これまでの国民連立の「ダメっぷり」をいかんなく発揮する内容にとどまった。声明がアラブ連盟の決定を「これまでの犠牲を無駄にするもの」、「アサド政権の態度の変化を期待するのは時間のムダ」と決めつけて「断固拒否」するのは当然だろう。しかし、声明中で用いられたイランに対する侮蔑的な形容詞は、何十年も前から使い古されたもので、このような旧態依然の「アラブ意識」がクルド民族主義勢力に忌避された結果、国民連立が「反体制派」を結集できなかったことが改めてよくわかる。また、アラブ連盟加盟国政府の大半が、「アラブの春」によって生じたことになっている自由や民主主義を叩き潰したり換骨奪胎したりした政府だということについての認識の欠如も著しい。

 ずっと以前からシリア紛争の推移に関与できず、まさに「歴史のゴミ箱」行きになっていた国民連立だが、これに参加した活動家たちは、かつてシリアで自由や民主主義や改革について最初に問題提起した、積極的で勇敢な人々だった。そんな彼らが発表した、誰からも顧みられず、「歴史のゴミ箱」の底から上がるか細い恨み言のような内容でしかなかった声明を、なんだか悲しい気持ちで読んだ。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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