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シリア:続「イランの民兵」がアメリカ軍を撃つ

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2023年3月25日ごろから、イスラーム教の断食月(ラマダーン)が始まり、世界中のイスラーム教徒(ムスリム)は祝祭ムードのはずだ。もちろん、トルコとシリアでの大震災の被災者とその関係者、かねてから「最大級の」人道危機が続いているイエメンではそれどころではないのだが、そうしたラマダーンどころではない状況はシリア東部をも蝕んでいる。

 ことの発端は、2023年3月23日にシリア北東部のハサカ県にあるアメリカ軍の拠点が「イラン製のドローン」による攻撃を受け、拠点に勤務していたアメリカの契約業者の者1人が死亡、アメリカ兵5人が負傷した事件だ。アメリカ軍の拠点は、当然ながらシリア領を「不法占拠・占領」するものなので、論理的にはこれに対する武装抵抗運動が起こることは当然のことだ。アメリカ軍は攻撃への報復と称し、シリア東部のダイル・ザウル県にある「イランの革命防衛隊傘下の勢力」の拠点複数を空爆した。アメリカやイスラエルによるシリア領域の侵害や対シリア攻撃を正当化する広報を行う「シリア人権監視団」によると、空爆により「アサド政権軍の兵士と親イラン民兵の者」計19人が死亡した。類似の攻撃や空爆はこれまでも発生しており、その当事者はこの種の交戦をシリアどころか地域全体に波及する本格的な武力衝突に発展させるつもりはないので、通常この手の交戦はここで「おしまい」となる。しかし、今般はアメリカ軍による空爆後にハサカ県のアメリカ軍拠点へのロケット弾攻撃が発生し、まさに「交戦・応酬」と呼ぶべき事態になろうとしている。

 2023年3月26日には、交戦の発端となった23日攻撃について、SNS上で「イスラーム抵抗運動 勝利者旅団」なる名義の「犯行声明」と無人機を発射する場面を収録した40秒弱の動画が出回った。

写真:「イスラーム抵抗運動 勝利者旅団」が発表した同派のロゴマーク
写真:「イスラーム抵抗運動 勝利者旅団」が発表した同派のロゴマーク

 ただ、この声明、どうやらシリアで活動する団体や、シリアとその人民の抵抗運動が発表した作品ではなさそうな要素に満ちた、観察する側として頭の痛いものだ。いわく、「去る木曜日(2023年3月23日)、シリア・アラブ共和国のアメリカ軍が占領するルマイラーン空港を、バグダード時間の午後1時に無人機で攻撃した」そうだ。シリアでの活動の記録にわざわざバグダード時間を用いるのは、頭の悪い筆者でも違和感がある。ちなみに、季節にもよるのだが、シリアとイラクとには1時間時差があり、日本との時差は前者7時間、後者は6時間だ。

 また、当該の声明は今般の攻撃と今後の攻撃を、イランの革命防衛隊のスライマーニー司令官、イラクの人民動員隊のムハンディス幹部らの殺害(2020年1月)とアメリカ軍が「我らが国」(注:たぶんイラクのこと)と「我らが地域」(注:おそらくここにシリアが入る)で行った犯罪への「当然かつ正当な」反撃と位置付けた。その上で、アメリカ軍が「我らが国」(注:たぶんイラクのこと)から完全に出て行くまで、イラク内外でアメリカ占領軍に対する精密攻撃を継続するとの決意を表明した。要するに、声明を読む限り、この声明の発信者は「イラクの団体の利害関係や状況認識」に沿ってシリアでアメリカ軍の拠点を攻撃したということになる。さらに興味深いことに、上で挙げた今般の声明の発信者が用いた団体ロゴは、関係者なら一目でわかる「みんなが大好きなあれ」のロゴのデザインをほぼそのまま踏襲したもので、この一事をもってしても声明発信者が「親イラン民兵」だということを読者に強く印象付けようとしていると言える。

 つまり、声明の信憑性はさておき、ここまでの交戦当事者の動きを見ていると、いずれもシリアとは無関係の主体が、シリアやシリア人民の利害関係を全く顧みることなく、アメリカ・イラン・イラクで繰り広げられている政治的角逐の一環として行動していることがわかる。シリアにもイラクにも「親イラン民兵」がそこら中にいることは周知のことだ。そして、スライマーニー司令官らの殺害やアメリカ軍によるイラク占領に遺恨があって、「イラク領内で」アメリカ軍に攻撃を繰り返している団体も複数ある。イラクの用事はイラクにいるアメリカ軍相手にやってくれ、というのが、交戦の舞台にされたシリアの人民の心情ではないだろうか。

 シリア紛争には、様々な立場で多数の非国家武装主体・民兵が現れた。しかし、今ではそれらは全て当初の政治目標(シリア革命の完遂でも、シリア政府支持でも、イスラーム統治の実現でも、何でもいい)からすっかり逸脱し、シリア国外の支援者(=外国政府)の傘下になったり、各国政府の意向に迎合したりするようになってしまった。このような顛末は、シリアや中東に限らず、世界的な非国家武装主体・民兵の研究に貴重な事例を提供すると思われる。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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