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そして、イエメン人民はひっそり飢え死にする

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 筆者が知る限り一文字たりとも日本語では報じられなかったようだが、2023年2月27日に、スイスのジュネーブでイエメンというところで何年も続く紛争や、餓死者が出る水準の経済困窮の被害を救援するための拠出を募る国際会合が開催された。この国際会議、実は毎年開催されており、それ故イエメンでの人道危機と呼ばれるものは本当に深刻な問題なのだが、年を経るに従って世論の関心も、各国政府からの拠出表明もどんどんなくなっていっているのだ。

 さしあたり、昨年の同じ会議の状況を振り返ると、会議の場で報告された見通しは、2022年中に1900万人が援助を必要とする状況に陥る(イエメンの人口は大体2600万人)との由だったが、国連などの拠出呼びかけ43億ドルに対し、拠出表明があったのはそのたったの4割の17億3000万ドルに過ぎなかった。ちなみに、2021年は拠出呼びかけ額38億5000万ドルに対し拠出表明額は17億ドルだった。では今年の会議はどうだったかというと、拠出呼びかけ43億ドルに対し、表明額は12億ドルに過ぎなかった。国連や関連機関の見積もりがどのくらい正確かについての議論はここでは触れないとしても、呼びかけ段階で2100万人が援助や庇護を必要としており、内1700万人が「極めて脆弱」な状態だとの由なので、イエメン人民の窮状はまさに「見通しの通り」着実に悪化している。

 念のため付記しておくが、イエメン人民の窮状を無視し、それに支援しようという機運が盛り上がらないのは各国政府の怠慢ではない。もちろん「行き先」や現在のイエメンに窮状をもたらした紛争に対する政治的立場を論じる余地は大いにあるが、アメリカ政府は2023年度中に4億4400万ドル日本政府も件の国際会議に林外相がビデオ演説を寄せ、2023年中に少なくとも1900万ドルの拠出をすると表明した

 つまり、再三別稿で指摘しているとおり、イエメンでの紛争解決なり、紛争に苦しむイエメン人民への支援のための努力がさっぱり話題にならないのは、それについて流通する情報の量が著しく少ないからだ。そうでなければ、流通している情報が紛争当事者のいずれかの立場に偏向して人民の窮状を顧みないものにとどまっているかだ。それが原因でイエメン人民への支援の機運がまったく盛り上がらないのである。もはや、イエメンではどんな恐ろしい伝染病が蔓延して何人が死亡しているのか、何人が孤児や未亡人になったのか、何人が栄養失調に陥っているのか、何人が餓死しているのかについて報じられることもない。

 念のため、イエメン紛争の現況に触れておくと、同国の首都サナアを中心とする地域を制圧し、一応「イエメン政府」を掌握する体のアンサール・アッラー(俗称:フーシー派)と、アデンを拠点にしているはずの暫定政府との間の休戦が2022年秋に期限切れになった後も、双方の交戦は小康状態ではある。ただし、暫定政府はその指導部が国外で優雅な亡命生活を送りイエメンに寄り付きもしないこともあり、暫定政府を後押ししているはずのサウジやUAEがイエメン国内の権益を掌握したり、配下の民兵を育成して占拠地を広げたりしている。そのせいもあり、現在は本稿とは別の文脈のイスラーム過激派の観察という分野で、アラビア半島のアル=カーイダがUAEの配下の民兵と交戦する記事がやたら目に付く。早い話が、イエメンの状況についての情報は世界中の報道機関にも、援助団体にも、人権団体にも価値のある話ではないので、「どーだっていいこと」として捨て置かれているということだ。これは、今や窮状を世に知らしめる能力が乏しいイエメン人民側の問題というよりは、事態が深刻なのに何かの事情があってそれを無視している報道機関や専門家の怠慢の問題であり、情報に反応しない読者・視聴者の無慈悲の問題でもある。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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