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トルコとシリアの震災:イスラーム過激派の食卓(番外編)

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 トルコとシリアでの震災への対応を難しくしている理由の一つは、シリア領で甚大な被害を受けた地域の一部がイスラーム過激派の占拠地域だったり、トルコの占領地だったりすることだ。中でも、イドリブ市を中心とする一角はシリアにおけるアル=カーイダのシャーム解放機構(旧称:ヌスラ戦線)が占拠している。同派は2005年にイラクで日本人殺害事件を起こしたアンサール・イスラーム団や、本来は中国の反体制派のはずのトルキスタン・イスラーム党を統制下におくだけでなく、「イスラーム国」の自称カリフらに潜伏場所を提供するなどしている。このようなイスラーム過激派諸派は、占拠地域が被災したことに対しいち早く(?)対応に乗り出した。

 写真1.は、イスラーム過激派に従属して諸派の広報の一翼を担う活動家が2月8日にSNSに投稿したものだ。シャーム解放機構が、アレッポ県西部で自派の工兵を救助活動に動員していると称する画像だ。イスラーム過激派といえども領域を占拠する以上は制圧下の住民と何らかの関係を持つ(≒統治する)ことが不可避になるのだが、シャーム解放機構は民生部門を「救国政府」を名乗るダミー団体に委託し、住民への行政サービス提供という負担を外注している。しかし、シャーム解放機構がイドリブ県などの「真の支配者」であることは周知なので、未曽有の震災に直面しても住民へのサービスを人任せにするのはさすがに格好が悪いと思ったのだろうか。

写真1.2023年2月8日に出回ったシャーム解放機構の広報画像
写真1.2023年2月8日に出回ったシャーム解放機構の広報画像

 イスラーム過激派諸派による救援活動は、彼らの占拠地に「国際的な」支援を届けるための議論や交渉が活発化した2月10日ごろになると、諸派の広報でも言及されなくなる。国際的にテロ組織に指定されている団体も含むイスラーム過激派が占拠し、救援活動に従事しているような所に、不用意に物資や人員を送る政府も援助団体もほとんどないということだ。そのあたりの事情は諸派も知るところだろうから、イスラーム過激派諸派は報道や国際世論から姿を隠そうとしたということだ。ところが、諸派の占拠地に国連や諸政府からの援助物資を搬入する段取りが一応整うと、イスラーム過激派は再び救助や被災者支援に熱心に取り組んでいるとの広報を行うようになった。写真2.は、「トルキスタンの同胞」が被災者に提供したと称するパンを写したものらしい。イドリブ県周辺にいる「トルキスタンの同胞」といえば、トルキスタン・イスラーム党が連想される。同派がシリアに入植して築いた共同体も被災したものと思われるが、それについて同派からの発表はまだない。同派から被災者へのお見舞いのメッセージの類も、まだ出回っていない。この写真もイドリブ県でイスラーム過激派のために広報活動をする活動家のアカウントで紹介されているものなので、パンを提供した「トルキスタンの同胞」も「そういう」人たちなのだろうと容易に想像できる。ちなみに、トルキスタン・イスラーム党は2020年5月に自派が占拠した火力発電所を爆破し、それによって得た建材をくず鉄としてトルコに売却した「素晴らしい」活動歴がある。電力は人民の生活に不可欠なものであり、震災被災者にとっての電力の重要性は論をまたない。「シャームの同胞」を助けに来たはずの「トルキスタンの同胞」は、そんな大切な施設をくず鉄にし、その上で被災者にパンを配ってくれるのだ。破壊された発電所がちゃんと維持・管理・運用されていれば、被災者の窮状がどれほど緩和されるかと思うと残念でならない。

写真2.2023年2月13日に出回ったイスラーム過激派の広報画像。
写真2.2023年2月13日に出回ったイスラーム過激派の広報画像。

 シャーム解放機構も、被災者への支援の様子を広報する活動を再開した。写真3.と写真4.は、シャーム解放機構が被災者に配布する食事の用意をしている模様だ。非常に大規模な施設で、多数の要員が従事する組織的な調理場面だ。しかも、壁のポスターや従業員の着衣にはシャーム解放機構のロゴや名称が堂々と記載されており、もう自派の存在を隠さなくても国際的な支援が占拠地域に提供されることにすっかり安心している様子だ。

写真3.2023年2月14日に出回ったシャーム解放機構の広報画像。
写真3.2023年2月14日に出回ったシャーム解放機構の広報画像。

写真4.2023年2月14日に出回ったシャーム解放機構の広報画像。
写真4.2023年2月14日に出回ったシャーム解放機構の広報画像。

 上記のように組織的に用意した食事は、シャーム解放機構が設置した避難所(避難キャンプ)に身を寄せた人々に提供されたようだ。写真5.には、テント群にシャーム解放機構の兵站輸送車両が横付けされ、そこに食事の配付を受ける人々が列をなしている。これまでも繰り返してきたとおり、領域を占拠した当事者は多くの場合制圧下の住民に多少のサービスを提供し、少なくとも反抗や離反を招かない程度に人心を掌握しようとする。となると、シャーム解放機構が写真のようなサービスを提供することは論理的にはごく当たり前のことといえる。こうして、シャーム解放機構は被災者の避難所を運営するのだが、それが同派をテロ組織に指定する国際機関や諸政府が提供する物資・機材・資金の受け皿になるというのは、まさに「テロとの戦い」の破綻を象徴する光景だ。

写真5. .2023年2月14日に出回ったシャーム解放機構の広報画像。
写真5. .2023年2月14日に出回ったシャーム解放機構の広報画像。

 今般の震災にあたり、シリアへの支援は政府による横領や転売、悪用に対する非難・告発がいろいろなところから上がっている。しかし、邦人やその権益に対するイスラーム過激派の害悪を根絶することを目的として諸派を観察する立場から敢えて言うならば、シリア政府が援助を悪用してもそれが邦人に危害を及ぼす可能性はほとんどない。一方、シリア領の一部を占拠するイスラーム過激派諸派には、上述の通り日本人を殺害した団体もあるし、諸派が現在も日本を含む諸国の国民や権益を攻撃するための人員勧誘や訓練を続けている可能性に警戒が必要だ。イスラーム過激派が諸国民からの善意の支援の受け皿となり、支援そのものは「清く、正しく、美しく」使ったとしても、それによって浮いた資源で諸国を攻撃した実績のある団体を庇護したり、今後諸国を攻撃する準備をしたりするという光景は誰にとっても見たくないものだと思うのだが。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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