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トルコとシリアの震災:イスラーム過激派はもう用済みだけど、それでも観察しなくてはならない不毛

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2023年2月6日に発生した震災により、トルコとシリアで歴史的な被害がでた。この地域は、「イスラーム国」やアル=カーイダ、そしてシリア紛争に乗じてシリア領を占拠し家族ぐるみで入植した諸派が活動する、世界のイスラーム過激派にとって数少ない「安住の地」だ。そこで起きた災害に、諸派はどう反応したのだろうか。現在話題になっているシリア北西のイドリブ県やアレッポ県北部は、シリア紛争の結果もう5年以上シリアにおけるアル=カーイダのシャーム解放機構、トルコ軍とその傘下の武装勢力による占拠下にある。また、これらに隣接する地域だけでなく、シリアとトルコの国境のトルコ側の諸地域も、「イスラーム国」にとって長期間イラク・シリアに世界中から資源を調達するための抜け道として機能し続け、それは現在も続いている。となると、今般の震災の被災者の中には、イスラーム過激派の活動家や戦闘部隊も含まれていることになる。筆者がぼんやり観察している中でも、一部は幹部や重要な機関ごと被災して死んでしまった例もあるように見える。

 となると、世界中のイスラーム過激派は今般の震災について、それなりに論評なり、反応なりをしてくれないと観察する側としてはちょっと困る。しかし、本稿執筆時点で、「ろくな反応がない」のが実情だ。かなり高い確率で組織の経営や広報の拠点がシリアの「反体制派」の占拠地かトルコ軍の占領地のどこか(=つまり今般の震災で一番被害を受けた所)にあると思われる「イスラーム国」は、震災直後の9日(木曜)に、いつも通り律義に週刊機関誌を発行した。その中には震災を題材とする論説も収録されており、その点では「イスラーム国」は同派なりに今般の事態に反応したと言える。とはいえ、論説の内容は被災者にろくにお見舞いの言葉も述べずに、コーランを引用しつつ(人知の及ばない天災はアッラーの力か、終末の日が近いことを示す)徴であるとして、これを信徒たちの絶対的な帰依を試す試練であると主張するものだ。読者諸賢には、この種の教説は本邦でもそれなりの頻度で現れる「その手の」団体の教説とよく似ているとお気づきの方も多いだろう。そう、この種の教説は特定の条件で、特定の手法で、特定の対象に集中攻撃をかけないと支持者として取り込むことができない団体の得意技だ。「イスラーム国」はそういう性質の集団であり、もはや(というかはじめから)その「思想」なり同派を生んだ環境なりについて、「オトナやセケンが悪いんだ」というたぐいの反応をすべきものではないことがよくわかる反応だと言える。「イスラーム国」現象の真の責任は、同派を政治的な意図に基づいて放任・奨励した人々が負うべきだということだ。同派の最新の機関誌で見るべきところといえば、普段は12頁だった文量が今般は8頁となっていたことだ。このような事態は2019年秋に当時の自称「カリフ」と報道官がまとめてアメリカ軍に暗殺された直後以来のことなので、少なくともこの機関誌の編集なり執筆なりの機能の一部が被災地のどこかにあったことを示唆している。

 一方、最悪の被害を受けた地域の近辺に入植したアンサール・イスラーム団や、トルキスタン・イスラーム党のような外国人の戦闘員・入植者は、現在に至るまで声明の類を発表していない。シリア紛争で戦っていた旧ソ連起源のイスラーム過激派諸派は、(こちらももちろん西側諸国の黙認・奨励を受けて)ウクライナでロシアの侵略者と戦うために転戦しているので、震災について特に何か言うべき立場にないだろう。シャーム(この場合はシリア・アラブ共和国)の民を助けに来たはずのイスラーム過激派とその家族の皆さんは、震災の結果、今度は(も)自分たちが国際的な支援を求める側になったのかもしれない。シリアにおけるアル=カーイダのシャーム解放機構は、震災当初こそは自派の工兵部隊を救助活動に参加させたり、指導者のアブー・ムハンマド・ジャウラーニーが国際的な支援を求める会見の動画を発表したりした。しかし「何故シリアの反体制派の占拠地に国際的支援が届かないのか」について各国の政府や報道機関が有権者・視聴者にちゃんと解説しなくてはならなくなった2月10日ごろには、そうした情報発信は途絶し、現地での救命場面の広報と「シリア政府に援助を届けるのは悪いことだ」とのネガティブキャンペーンしかやらなくなった。シャーム解放機構とその仲間たちは、同派が「反体制派」の占拠地域の真の支配者であることを国際的な世論から隠蔽しなくてはならない理由をよく知っているわけだ。もう一つのシリアにおけるアル=カーイダの仲間である宗教擁護者機構は、2月11日付で被災者への弔意とお見舞いの声明を発表した。ただし、同派は戦闘力を喪失してトルコの占領地でひっそり暮らすだけなので、それ以外見るべき内容はなかった。

 アル=カーイダは、2月10日ごろに不定期の機関誌『一つのウンマ』の第8号を発表した。その冒頭には、なんだか「とってつけたみたいな」震災へのお見舞いのページがついていたのだが、震災についてちゃんと触れた論考は皆無だった。また、2022年8月以来、世界中の観察者が待っている(?)、アイマン・ザワーヒリーの消息についての言及も一切ない。近年すっかり衰退したアル=カーイダの現状を示す、内容も刊行の時宜も「さっぱりな」駄作と言っていい。ただ、こんな駄作にも、ちゃんと観察しなくてはならない理由はある。というのも、この号の巻頭論説は先般スウェーデンでの「反イスラーム」抗議行動でのコーラン焼却を主題としたものだからだ。当該のできごとについては、怒ったトルコがスウェーデンのNATO加盟に反対するという極めて表層的な見方が主流だが、問題の論説はもう少し深刻だ。何故なら、論説は西側諸国(広義には本邦も含まれる)で繰り返されるイスラームへの冒涜を抑止するための「抑止力のあるジハード軍事戦略」が必要と訴え、あらゆる場所でのムスリムの蜂起を呼びかけているからだ。具体的には、かつて、そして現在も問題になる預言者ムハンマドの風刺画問題でやり玉に挙げられたアメリカ、イギリス、フランス、デンマークを消耗させたのと同じことをスウェーデンにしようという扇動と、「西側諸国の過激主義者」に対し、彼らが『シャルリー・エブド』で処刑された者たちと同じ目に遭うことを知らしめろ、という扇動が記されていたからだ。『シャルリー・エブド』事件(2015年1月)の際には、これに数カ月先立ってアラビア半島のアル=カーイダの機関誌に、事件で殺害された者たちを「処刑リスト」に列挙する記事が掲載されていた。つまり、この論説に触発されて突発的に何か起こる可能性もあれば、アル=カーイダの仲間たちが広報場裏でより具体的な教唆・扇動をしたり、実際に行動を起こしたりする可能性も十分あるということだ。

 イスラーム過激派の害悪を少しでも軽減するためには、眼前の話題だけでなく、今回のように時宜を逸しているように見える扇動も見落とさない緊張が求められる。この分野で筆者が貢献できるのは、表層的なごくわずかなところに過ぎないので、より厳しい現場で日夜働いている方々がいる、というところも広く知ってほしいところだ。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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