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トルコとシリアの震災:「極悪非道のアサド軍」が震災被災地を砲撃??

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2023年2月6日にトルコを震源とする地震が発生し、トルコとシリアの両国に大きな被害をもたらした。トルコが位置するアナトリア半島は地震頻発地の一つなのだが、今般の地震はその被害の規模から歴史的な大震災と言ってもいいだろう。また、折悪しく被災地の一帯は震災発生の数日前から悪天候に見舞われており、低温、降雨・降雪が被災者をさらに苦しめ、救援活動の足かせになっている。経験的に、2月の第2週~第3週はこの地域も含む東地中海沿岸部が悪天候となる確率が高いと思われ、積雪や凍結による通行止め、建物の浸水被害が頻発する。特に、シリアでの被害の中心と思われるラタキア県、ハマ県、イドリブ県は標高が高い所も多いため荒天の悪影響が心配だ。

 そうした中、各国からの支援も続々と寄せられており、シリア政府には、レバノン、UAE、ヨルダン、イラン、イラク、エジプト、リビア(「どの」リビア政府かは不明)、アルジェリア、パキスタン、インドからの救援物資の送付や救助隊の派遣などが行われた。本邦も、トルコに対する支援だけでなく、シリアからの要請を受けて人道支援を検討するそうだ。ただ、面倒なのはシリア紛争を通じてシリア政府の正当性を否定した各国の対応だ。アメリカは支援や救援のためにシリア政府とやり取りすることを拒み続けているし、EU諸国も同様の態度だ。これらの諸国からは、シリア政府の制圧地で暮らす被災者に対するお見舞いの言葉すらろくに聞かれない。要するに、各国はシリア紛争に対する政治的立場に応じ、助ける被災者と放置する被災者を選別するということだ。トルコ、トルコが占領しているシリア領、そしてアメリカなどが黙認しているイスラーム過激派の占拠地には惜しみない同情と支援が寄せられる一方で、シリア政府の制圧地の被災者は話題にもならないという状況が生じれば、それこそ人道に対する罪とさえいえる。シリア紛争で「悪の独裁政権」に虐げられている人々を救うことがアメリカやEU諸国の政治的立場の動機なら、現在「悪の独裁政権」の支配地域に住んでいる人々こそが最も憐れむべき存在なはずだ。何故なら、シリアの難民・避難民の移動についてちょっと分析すれば、紛争とその後の社会・経済状況の悪化の中でも政府の制圧地に住んでいる人々は、そうするだけの相当重大な事情があるか、シリアを離れたくてもそうするための資源がないかのどちらかの人びとである可能性があるとわかるからだ。

 ところが、シリア政府の制圧地で暮らす被災者を放置することを正当化するかのように、「アサド政権軍」が震災発生直後に被災地を砲撃したとの報道が出回った。砲撃された被災地は、アレッポ市の北に位置するマーリウ市近辺だそうだ。この報道は、砲撃についてイギリスの閣僚や国会議員が非難したとも伝えている。このような「非道な」行いをする政府とは、たとえ緊急時の人道援助でもお付き合いしたくないという気持ちが出るのは当然だろう。ただし、この報道は、複数の情報源が砲撃を確認したと報じているものの、軍事筋が「地震発生から数時間内のできごと」と述べている話と、民間筋が「砲撃は地震発生の2時間以内のことで、午前2時に砲撃音を聞いた」と述べている話を併置している。今般の地震は現地時間の午前4時17分に発生したことになっているので、この記事に登場する情報源の話は、頭の鈍い筆者でもなんだか妙に聞こえてしまう。また、この記事は別のニュースサイトのSky Newsと相互に引用し合う形で作られているのだが、Sky Newsの記事には砲撃があったとの情報をもたらしたのは誰なのかひとことも書いていない。

 となると、当然この砲撃の事実関係を確認しなくてはならない。最初に、事件を報じた主体であるMiddle East Eyeだが、これは2017年にサウジなどの諸国とカタルとの外交危機が生じた際、カタル政府が直接出資する報道機関であるとしてサウジなどがその閉鎖を要求したものである。どうせ当時のサウジなども、自国の都合や思い込みで特定の機関を敵視していただろうから、この要求が直ちに報道元の信頼性の低さを証明することにはならない。しかし、この機関については、「ムスリム同胞団寄り」とも言われているようで、そうならばムスリム同胞団は一応シリア紛争の当事者でもあるため、そうした機関から出てくる報道も「そういうもの」と身構えざるを得ない。

 次に、砲撃の事実を他の出典から確認できるかどうかだ。シリア紛争の現場からは、様々な立場で現場を実況中継してくれる発信者が多数おり、そうした個人・団体のアカウントはSNS上に掃いて捨てるほどある。筆者が日ごろお世話になっているイスラーム過激派武装勢力諸派の情報を発信するアカウントにはそれらしい情報は見当たらなかったが、イドリブ県やマーリウ市でシリア軍やロシア軍の「非道ぶり」を監視していると称するニュースアカウントには「それらしい」投稿が存在する。写真1は、「アレッポ県西郊のカフルヌーラーン村周辺を検問所に駐屯しているアサド一味が重砲で砲撃した」との書き込みだ。投稿時間は午前4時20分ごろのようなので、本当に現地発の投稿ならばまさに大地が揺れ、建物が崩落する中での献身的な仕事ぶりとして驚嘆すべきものだ。この投稿の内容は「午前2時の」砲撃と時間的には矛盾しないが、カフルヌーラーンは問題のマーリウ市からはずいぶん離れた場所にあるので、場所情報としては報道と一致しない。

写真1:「イドリブ航空機監視団」のテレグラムのアカウントに投稿された6日の砲撃についての情報。
写真1:「イドリブ航空機監視団」のテレグラムのアカウントに投稿された6日の砲撃についての情報。

 写真2は、マーリウ市に対する砲撃についての投稿だ。その内容は、「テロ組織のシリア民主軍の民兵がマーリウ市周辺をロケット弾攻撃した」とのもので、投稿時間は午前6時20分ごろと思われる。時間的には上記報道と整合性があるように見えるが、この投稿、実は2月6日ではなく2月7日の砲撃のことを書いている。また、砲撃の実行者も「アサド政権軍」ではなく、クルド民族主義勢力だ。ちなみに、トルコの国防省は7日の砲撃を「PKKの犯行」と発表しているが、6日については砲撃があったかどうかも発表していない。

写真2:マーリウ・ニューズネットワークのテレグラムアカウントに投稿された7日の砲撃についての情報。
写真2:マーリウ・ニューズネットワークのテレグラムアカウントに投稿された7日の砲撃についての情報。

 シリア紛争は、情報発信により敵方を貶め、自らを優位にしようと図る者たちがSNSの有用性に気づき、最大限活用した史上初めての紛争だといってよい。その中で、ある意味「敵を貶める」絶好の好機ともいえるような砲撃について、それをちゃんと裏付ける情報が現地から出てこないのはなんだかおかしなことに感じられる。問題の報道には上述したイギリスの高官だけでなく、本邦の有力報道機関や識者も反応している。また、筆者自身も事の真偽を確認するために少なからぬ時間と労力を費やしてしまった。こうした反応が、紛争当事者による情報工作に、将棋でいうところの「手拍子」で応じてまんまと引っかかった結果になるのは、我ながらなんだか間抜けなことに思われてならない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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