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シリア:「イランの民兵」がアメリカ軍を撃つ

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2023年1月20日、アメリカ軍が占領するシリア領タンフに設けた基地に対し、ドローンを用いた攻撃が行われた。攻撃の詳細や被害の規模については、様々な主体がいろいろな情報を発信しているようなので、ここでは問わないことにしよう。ただ、タンフ(=シリア領)のアメリカ軍の施設に対してドローン攻撃があったことだけは間違いないようだ。

 そうなると気になるのは、攻撃を実行したのは何者か、という点である。シリアでは「イスラーム国」や、アル=カーイダに連なるイスラーム過激派諸派が活動している。しかし、近年諸派の活動は低迷し、アメリカ軍との戦闘も、アメリカ権益を対象とする攻撃も全く行っていない。アメリカ軍の方も、彼らがシリア領を占拠する主要な目的は今や「イスラーム国」対策ではなく「イランの抑止(或いは排除)」なので、「イスラーム国」をはじめとするアメリカの軍事行動も、シリアや周辺地域の安寧のためではなく、アメリカ国内の政情を含む「大人な事情」によって、「イスラーム国」などを完全に殲滅しない程度の水準で行われているに過ぎない。もちろん、シリアだけでなく世界各地でアメリカ権益を攻撃する理由がある主体はイスラーム過激派に限られない。俗に「イランの民兵」と呼ばれる諸派もその一つだ。

 「イランの民兵」との枕詞を付される武装勢力は、シリア紛争の現場にもたくさん現れたし、それ以前からイラクの政治・軍事分野に広く浸透している諸派もある。今般のシリア領でのアメリカ基地への攻撃については、「イラクのイスラーム抵抗運動 相続者部隊」なる名義で攻撃を行ったと主張する声明が出回った。「イラクのイスラーム抵抗運動」は、アメリカ軍のイラク駐留に反対するシーア派の民兵諸派の連合体とみられ、「イラクのヒズブッラー」、「アサーイブ・アフル・ハック」のような「老舗」から、2019年初のアメリカによるイランの革命防衛隊エルサレム軍団のスライマーニー司令官、イラクの「人民動員隊」のムハンディス副司令官の暗殺への報復と称してアメリカ軍を攻撃しているとの声明や動画を発信する団体も含まれる。

 今般出回った声明は、アメリカによる地域の占領(注:「地域の“どこ”に対する占領か」は書いていない)の排除を要求し、タンフの拠点を「イラク領内での(アメリカ軍の)活動を運営する拠点である」と主張した。また、「イラクのイスラーム抵抗運動 相続者部隊」は2023年の年明けに、ムハンディス副司令官の暗殺記念日の声明を発表した団体の一つでもある。イラク政府の立場から見ると、アメリカ軍によるスライマーニー、ムハンディス両名の暗殺は明白な主権侵害であるとともに、「人民動員隊」は正規軍の量・質の不足を補う「公的な」機関でもあるので、この暗殺事件に関連する反アメリカ行動を完全に封じ込めるのは難しい。一方、イラクとシリアとを往来する「イランの民兵」や彼らの施設に対し、イスラエルやアメリカによると思われる空爆も相次いでおり、「イスラーム国」をはじめとするイスラーム過激派が関与する戦闘が下火になったイラクやシリアでは、国際法上の大義名分も正統性もろくに考慮しない「国際的な」軍事行動や、民兵に代表される非国家主体を主な当事者とする「国家間の」抗争が続いているということだ。つまり、イラクで活動する「イランの民兵」が「シリア領内で」アメリカ権益を攻撃する理由も、深く考えるまでもなくいくらでも出てくるという状況だ。

 イラクやシリアに沢山の「イランの民兵」がある理由と、これらの諸派と関与するイランの政策や関与の程度は様々だし、諸派の側もイランとどう付き合うのかはそれぞれ違う。また、イラン(やシリア)にとって、アメリカ(そしてイスラエル)と直接交戦し、うっかり敵方に人的損害を与えてしまうことは非常にリスクとコストが高い行為である。このため、アメリカ(やイスラエル)の軍事行動に何か怒りや不満を表明したり、反撃が必要となったりする局面で、あくまでイランの国家や政府とは別団体の「イランの民兵」が行動を起こすということがあるのだ。その際、「イランの民兵」やその仲間が独自の判断で行動を起こしたのか、或いは「どこかから」指令があったのかはあまり深く追及されない。

 シリアについては、最近取り沙汰されるシリア・トルコ両政府の「和解」でも、トルコによるシリア領内での軍事行動の可能性でも、クルド民族主義勢力という非国家主体が焦点となっている。非国家主体、特にいずれかの政府の支援や公認を得ているものの役割として、「政府が直接やりたくない汚れ仕事」をすることがあるという事実を見逃してはならない。どのようなものであるにせよ、現在シリアで展開している様々な民兵の活動は、シリアだけではなく中東全体にもかかわる陰険な対立や抗争の一端を示している。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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