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シリア:「イスラーム国」の隠し財産を探せ!?

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2021年12月23日付『シャルク・アウサト』紙(サウジ資本の汎アラブ紙)は、ダイル・ザウル県でシリア政府軍と情報機関が「イスラーム国」が隠匿した武器・金・資金の大規模な捜索を行っていると報じた。地元の報道機関や「反体制派」の広報機関である「シリア人権監視団」などによると、情報機関は最近ダイル・ザウル県で進められている「イスラーム国」の構成員も含むシリア政府の下での「和解・身分回復」措置に応じた者たちや、「イスラーム国」の構成員・幹部への取り調べから得た情報をもとに捜索作戦を行った。捜索は夜間に行われ、対象地域の近隣での外出を禁止した上でトンネル網を発掘した。総合情報局は、「イスラーム国」の重要拠点だったマヤーディーン(現地の住民の間での呼称はマヤージーン)にあった商業銀行跡地を捜索し、アメリカが率いる連合軍の爆撃による破壊を免れた倉庫の地下に掘られたトンネルで現金・金・「イスラーム国」の司令部についての資料・武器を発見し、これらを押収した。このトンネルについての情報は、シリア当局の「和解・身分回復」措置に出頭した、ダイル・ザウル県出身の「イスラーム国」の元幹部の供述によってもたらされた由である。シリア国内の「イスラーム国」は最近活動が低迷しているが、一部が砂漠地帯や地形の険しい場所、都市部に潜伏し、攻撃を行っている。11月10日には、親政府民兵の「国家防衛隊」や部族兵がホムス県トラッカ県の間にあるビシュリー山地で「イスラーム国」のトンネル・塹壕網から武器・弾薬・外貨・金を発見した。

 「イスラーム国」が資源や考古遺物の盗掘、制圧下の住民からの収奪、金融機関などからの略奪、世界各地での資金調達活動により大きな財力を持っていたことについては広く報じられたが、イラクとシリアで同派による占拠地域の解放が進む一方でその資産の行方についての情報はほとんど報じられていない。とりわけ、ダイル・ザウル県では「イスラーム国」が衰退過程にあった2017年夏には「イスラーム国」による収奪の強化と資産の移転が試みられた。資産の移転には、「ハワーラ」と呼ばれるイスラーム金融の信用取引の手法も用いられたが、「ハワーラ」は取引記録を残さずに資金を移動する地下銀行として機能することもある。また、収奪強化の手法としては、同派が発行した貴金属貨幣の使用が強制されるとともに、地元民に対し貨幣の鋳造のために貴金属を買い上げた際の交換比率よりも不利な交換比率でシリア・ポンドやドルと交換するという、悪徳両替商同然の手法も取られたようだ。すなわち、「イスラーム国」が不信仰な経済との絶縁なりイスラーム統治なりの証として導入したことになっている貴金属貨幣は、同派が占拠した地域の一部で住民からドルを巻き上げる手段として使われたものに過ぎなかったのである。そうして巻き上げた資金は、不信仰な経済が営まれる「イスラーム国」の占拠地域の外に持ち出され、そこで運用されているとみられる。

 イラクとシリアでは、現在も少なからぬ数の「イスラーム国」の構成員が潜伏して活動を続けているが、隠匿した武器や資産は彼らの活動を支える資源の一部となっているのだろう。その一方で、「イスラーム国」の資産はトルコ、レバノン、イラクのクルド地区などを経由して持ち出され、各地で運用されているとみられる。どの程度の金額が持ち出されたのかについては不明である。このような状況になっているのは、イラク・シリアにおける「イスラーム国」対策が、イラクとシリアの両政府、クルド民族主義勢力、アメリカ、ロシア、イランなどこの地域での紛争に関与する目的も方針も異なる諸当事者により最低限の連携もないまま行われていることと無関係ではないだろう。本来、「イスラーム国」が収奪した様々な資源は回収して収奪の被害者、紛争の被害者のための弁償や地域の復興に回されるべきものであろうが、こちらについても諸当事者の連携に基づく体系的・包括的な取り組みは全く見られない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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