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イエメン:イエメン・リヤールの暴落が続き飢餓が深刻化する

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 このところ、本邦で報道機関に扱われることがほとんどなくなったが、それはイエメンでの紛争や同地での「最大級の」人道危機の何かが好転したからではない。むしろ、世界的にイエメンへの関心が盛り上がらず、十分な支援を集めたり、届けたりできないことにより、イエメン人民の窮状は悪化の一途を辿っている。最近でも、国連がイエメンの通貨であるリヤール(以下YL)の「崩壊」ともいえる暴落が続くことにより、飢餓が深刻化していると発表した。この報告によると、YLは過去8カ月で40%下落した。2021年7月には1ドル=1000YL、9月末には1ドル=1200YL程度になった。2020年末ごろには、一時1ドル=900YLに下落した後、1ドル=600~650YLとなっていたようなので、2020年末との比較でYLの価値が半減したことになる。ちなみに、紛争勃発前は1ドル=200YL程度だったようだ。

 紛争によって崩壊状態のイエメン経済や民政については、ハーディー前大統領派に与して紛争に干渉したサウジなどが、あくまで紛争当事者として巨額の支援を行っている。このため、これまでの紛争期間中も、サウジからのイエメン中央銀行への預け入れなどの支援でYLの価値を支えてきたが、それも及ばないほどにYLが下落しているということだ。さらに悪いことに、紛争で首都サナアを制圧しているアンサール・アッラー(蔑称:フーシー派)に対し、南部のアデンを拠点としているはずのハーディー前大統領(こちらが「国際的に承認された」政府ということになっている)が無用の長物と化し、当事者能力を失っている。今やアデンやイエメン南部の広範囲は、ハーディー前大統領派ではなく「南部移行評議会」という、ハーディー前大統領派とは全く異なる政治的・社会的背景と政治目標を持つ勢力が抑えているらしい。しかも、数日前にはアデンの官庁街で「南部移行評議会」傘下の武装勢力同士が武力衝突して死傷者が出るなど、内情は盤石ではなさそうだ。そうした中、ハーディー前大統領派の首相が経済危機に対処するためアデンに入ったことがニュースになったが、このニュースそのものが、実はハーディー前大統領を含め、同派の要人のほとんどが日ごろイエメンにはいないということを如実に示している。

 紛争(当然市場や生産・流通の施設も攻撃・破壊される)、400万人に上る避難民、中国発の新型コロナウイルスの蔓延、そしてYLの暴落により、元々非常に厳しい状況にあるとされているイエメンの食糧事情はさらに悪化する見通しだ。サウジが率いる連合軍に参加する諸国からの支援を受けられるはずのイエメン南部でも、食糧を十分購入できない家庭の比率は45%に達するそうだ。繰り返すが、「最大級の危機」のはずのイエメンの状況は、収束や好転の目途が立たないまま、ますます悪化している。イエメンの状況がなかなか社会的反響を呼ばないのは、イエメンの情勢についての情報の発信と受容とに「不当な」と形容していいくらいの不均衡があるからだ。現下の状況で、徒手空拳同然にイエメンに乗り込んで取材や支援活動を試みることが生産的だとは思われない。しかし、情報を受容する読者・視聴者の反応によって報道の量や質は変わるし、そうなれば各国政府や国際機関の動きも影響を受けるはずなので、日々流通する情報への接し方を変えるだけでも、イエメンの状況に何か好影響を与える一歩にはなるのではないだろうか。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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