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イランの大統領選挙と中東:イラクの「親イラン」民兵

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2021年6月20日、イラクのアンバール県にあるアイン・アサド基地の周辺にロケット弾が着弾した。この基地は、イラクで活動するアメリカ軍をはじめとする連合軍が駐留している基地であり、これに対する攻撃は「親イラン」民兵の犯行と決めつけるアメリカと、イランとの間の摩擦の種となってきた。とりわけ、今般の事件はイランでの大統領選挙の直後のことであり、イラクにおける民兵の活動とイランとの関係を意識させられるものである。

 元々、イラクには「親イラン」かどうかや「親イラン」の程度を問わず、様々な民兵が活動している。それらは、有力な政治家・党派が民兵を編成したり、逆に民兵が政治家・会派を議会に送り込んだりして国政に深く関与してきた。イラクで民兵が活動する理由は、2014年に「イスラーム国」が増長した際に顕著となったイラクの軍・治安部隊、そして政府の機能不全を一因とするので、民兵についての観察や分析で必ずイランを持ち出さなくてはならないというわけではない。その一方で、特に「人民動員隊」として半ば公的な地位を獲得している民兵諸派については、装備や訓練の提供をはじめイランの支援を受けている団体も多いと考えられる。それ故、元々はイラク政府の機能を代替・補完するために供された民兵が、イランの影響を受けてイラク政府の機能の強化・回復を妨害するものとなっている。

 こうして、イラクの民兵がしばしば引き起こすグリーン・ゾーンやアメリカ軍などへの攻撃は、イランを中心とする地域情勢だけでなく、イラク国内での行政サービスの低下や民兵の処遇、諸党派間の利害の衝突など、様々な文脈で諸派の「存在感の誇示」や「不満の表明」のようなメッセージの一環としての意味を帯びるようになった。つまり、攻撃そのものはあくまでメッセージであり、それによって大きな被害を出すことを意図していないことが多い。特に、うっかりアメリカの軍人や外交官を死傷させようものなら、民兵の側も幹部やフロント団体の政治家が殺害されたり、制裁対象に指定されたりするなど甚大な被害を受けるため、「攻撃のやり方」には非常に気を使っていることだろう

 イラクの「シーア派民兵」諸派は、一応は2020年10月にアメリカに対する攻撃の停止を宣言している。しかし、現実にはアメリカ軍などが駐留する基地へのロケット弾攻撃が頻発しているし、ちょっと時間と労力を割いて「犯行声明探し」をしたのならば、「シーア派民兵」諸派の名義でアメリカ軍を攻撃したと主張する文書や動画がかなりの頻度で出回っていることがわかる。一説によると、ロケット弾攻撃の類は2021年に入ってから40回以上発生している。また、アメリカ軍の車列への爆弾攻撃についての「犯行声明」の出現も、日常茶飯事と言ってよいくらいの頻度である。さらに、最近では攻撃にドローンが使用された例も出ており、攻撃の対象・時宜だけでなく質や技術の面でもメッセージ性を見出すべき局面に至っているようだ。

 「親イラン」民兵による攻撃については、西側の軍事筋・外交筋から、攻撃を受ける施設・部隊の安全のみならず、「イスラーム国」に対する作戦を滞らせるという点でも懸念が表明されている。もっとも、近年の「イスラーム国」はイラクやシリア、その他の地域でアメリカ軍を含む西側諸国の部隊とはほとんど戦っておらず、それについての戦果発表や機関誌上の記事もまず見かけなくなっているので、上記のような懸念は「イスラーム国」をうっかり殲滅・根絶することなく、いつまでも何かの口実や材料として利用し続けたい大人の事情を反映したもののようにも見える。

 中東や周辺地域において、アメリカ、イランの双方とも相手を完全に屈服させる能力がないこと、イラクに限っても両当事者が相手の勢力を完全に駆逐することができないことに鑑みると、外交交渉や政治家の言動で発信されるメッセージに加え、現場でのミサイル・ロケット弾や爆弾、ドローンからも相手方の意図を推し量ることが重要だ。これを読み違えたり、そもそも読んだり理解したりする意思と能力がなかったりすると、紛争当事者に不必要な被害が生じることもあろう。また、そのような事態で最も迷惑するのは、生活の場を紛争やメッセージのやり取りの舞台にされてしまったイラク人民に他ならない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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