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シリア:ヒラタケ栽培とシリアの復興

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 シリア政府が、国内の9つの県で極小の農業事業を推進する計画として、ヒラタケの栽培奨励に乗り出した。事業は、農業や社会事業を運営する機関が、対象者にヒラタケの栽培に必要な機材を安価で提供するとともに、栽培の方法についての講習を行うなどしてヒラタケの栽培を奨励するものだ。それによると、対象となる家族に1リットルの胞子や菌床となる麦類のカスやおがくずなど10kgと栽培用の袋類を販売し、それを用いて2カ月ほどヒラタケを栽培すると15kgほどのヒラタケ(初期投資の10倍以上の売値)が収穫できるらしい。

 この種の小規模事業は、内容は様々だがシリアだけでなく世界各国で政府、国際機関、NGOなどが推進しているものだ。その狙いは、農村の家計を支える現金収入をもたらすだけでなく、実際に事業を担う主婦らが独自の現金収入を得られることにより、彼女らの社会的な地位の上昇をも実現することにもある。ただし、シリアについてはヒラタケ栽培を通じた小規模事業の奨励には、現在のシリアが抱える多くの問題の中で経済開発なり、人民の生活水準の向上なり、紛争下の復旧・復興をいかに達成するかという取り組みとしての意味がある。

 シリア紛争では、多くの民間の死傷者や難民・避難民が出た上、人民の生活水準が著しく低下した。それだけでなく、紛争の当事者のいずれにおいても、戦死者や傷痍軍人やその家族の生活をどうするのかという深刻な問題が生じているのだ。広く誤解されているが、シリア紛争で被災して「カワイソー」なのは民間人や「独裁政権」やテロリスト・犯罪集団に弾圧されている人々に限られず、双方の戦闘員やその家族を無視したり、「自業自得」で片付けたりしてはならない。紛争当事者のいずれの戦闘員についても、何かの理由でやむなく戦闘員になった者もいれば、半ば強制的に動員されて戦闘に赴いた者も多い。彼らが死亡したり、深刻な障害を負ったりすれば、当然ながら本人だけでなく家族の生活にも深刻な影響が出る。ヒラタケ栽培の奨励は、農村部の家計支援や、避難民の避難先での生活支援に加え、(政府側の)戦死者・傷痍軍人とその家族の生活支援策として、様々な機関が関与してそこそこ長期間準備した末に講じられた策のようだ。

 シリアにおいては、比較的降水量が豊富な沿岸の山地だけでなく、砂漠で生育する「砂漠トリュフ」とも呼ばれるキノコが季節の名産品として愛好されている。今般取り上げた事業は、シリアの市場に小規模事業者による栽培キノコを供給し、その需要を喚起するだけでなく、産品の輸送・加工(乾燥や粉末化らしい)・包装と梱包などの産業の育成にまでつなげる事業として構想されたもののようだ。しかし、シリア人民の生活水準は紛争を通じて著しく低下し、筆者らの調査でも国内避難民の9割近くは「貧困ライン」を下回る状況に置かれている。実際にヒラタケ栽培に乗り出したり、そのための講習を受講したりした者の数も、紛争被災者の数に比べると非常に少ない。また、生産量もまだ自家消費を少々上回る程度にとどまっているようで、産業として成功するかについてはおぼつかない。

 とはいえ、ヒラタケ栽培は、厳しい制裁下のシリアで「自給」可能な資源によって運営できる数少ない事業とみなされている。これは、「自給」、「消費者を生産者に転換せよ」など、今後のシリアの再建のために掲げられた(なんとも懐かしい響きがする)スローガンにも沿った事業と位置付けられている。数年前に筆者が某国際機関の関係者と同様のテーマで語らった際にも、太陽光発電や(紛争前からそれなりの取り組みがあった)農村部での小規模家畜生育のような事業が、予想可能な将来にわたり制裁が解除されない状況下での経済再建策として話題となったことが思い出される。いずれにせよ、ヒラタケ栽培の推奨はシリア政府だけでなく、国際機関やNGOなどが知恵を絞って編み出した経済再建策のようであり、「シリア人民を助けたい」と本当に願うのならば、他にもいろいろな事業や支援の案は出てきそうな気もする。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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