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イスラーム過激派って、最近どうなの?

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2020年9月は、最近見せ場が乏しいイスラーム過激派諸派にとって何かの行動を起こす口実が多い月だった。本来、彼らはこの状況に乗じていろいろな作戦行動や示威行動を起こし、世間の関心を惹きつけようとするはずだ。しかし、現時点ではそのような見せ場を作る行動はほとんど起きていない。

 9月25日にフランスのパリで発生した刃物を用いた襲撃事件に、フランスの当局は「シャルリー・エブド事件の公判とそれに先立つ同紙による預言者ムハンマドの風刺画再掲」に対する「イスラーム過激派のテロ事件」であると反応した。襲撃した側(というよりは襲撃犯を唆した団体)が何の説明もしないうちから、襲撃犯にも三分の理があるかのような反応をとることは、類似の事件や模倣犯による事件を発生させる、テロ組織にとっての援護射撃でしかない。ただし、この事件については襲撃犯が逮捕されたことにより、イスラーム過激派やそのファンにとって何か「犯行声明」や論評を発信するのがやりにくくなってしまった。イスラーム過激派にとっては、「犯行声明」などを発表しても襲撃犯の取り調べが進んで物語に矛盾が出るなどすればなんとも格好が悪いからだ。

 実はこの事件の2週間ほど前に、「アラビア半島のアル=カーイダ(AQAP)」が、シャルリー・エブド紙による風刺画再掲に反応して同紙やヨーロッパの政治家、風刺画作家らへの攻撃を扇動する声明を発表していた。この声明があったからこそ、フランス政府は件の襲撃に「テロ事件である」と反応したのだろう。また、AQAPは9.11事件の発生した日に合わせて機関誌の号外を発表、「一匹狼」に決起を促していた。AQAPには、シャルリー・エブド事件に先立って同紙や関係の風刺画家・編集者らに殺害予告を出し、事件を自派の作戦であると発表した実績もあることから、この種の脅迫と扇動にはそれなりに真剣に備えるべきだ。しかし、当時と現在ではAQAP自身の状況や力量は大きく異なっており、現在の同派はイエメンの一隅でアンサール・アッラー(俗称:フーシー派)や「イスラーム国」と小競り合いを繰り返すくらいしか活動していない。「いつ、どこで、なにを、どんなふうに」襲撃するのか予告の上で作戦を成功させられれば非常に見栄えがするが、これは極めて難易度が高いことであり、組織外の共鳴者の決起に期待するような扇動に頼ることは、組織自身はそういう作戦を起こす能力がないと告白していると考えてもいい。さらに、AQAPはアル=カーイダ諸派を攻撃するアメリカ軍に対し非常に脆弱な立場にあり、シャルリー・エブド事件以降、欧米権益を攻撃したと主張するたびに、短期間のうちにアメリカ軍により同派の指導者が殺害されている。

<追記>9月11日付で出回った「アル=カーイダ中央(AQC)」と呼ばれるものが刊行した雑誌の巻頭言が、シャルリー・エブド紙による風刺画再掲に反応した内容だった。この雑誌も下記のザワーヒリーの演説同様、どの位の範囲に流通し、どの位の人々に影響を与えているのかちょっと心もとない。イスラーム過激派の読者・視聴者の間でのアル=カーイダの需要は相当低下している。

 アラブ諸国のうちUAEとバハレーンが相次いでイスラエルと「関係正常化」したのも、イスラーム過激派にとっては格好の材料になるはずだった。なぜなら、本来イスラーム過激派にとってイスラエルとアメリカこそがイスラーム共同体を侵略する主敵のユダヤ・十字軍に他ならないからだ。ところが、これについてイスラーム過激派諸派から目立った反応はない。例えば、「イスラーム国」は週刊の機関誌で若干本件に触れたが、その趣旨は「(敵の手先である)アラブの暴君がご主人様への忠誠を競うのは当然」との醒めた論評だった。同派にとってアラブ諸国の為政者がアメリカやイスラエルに阿るのは「正常」なことであり、言論・武力のいずれの面でも「行動を起こさない」こともまた当然のことのようだ。「イスラーム国」は元々「イスラエルを攻撃しない」を行動様式の特徴としていたが、イスラエルに対する同派の感度のなさは、「イスラーム過激派の劣化」を通り越して、イスラーム過激派の要件なり本質なりを変えてしまいかねないところまで行ってしまったようだ。そもそも、「イスラーム国」は7月末にハッジに合わせて10日間実施した「消耗攻勢#4」が、同派自身の発表した件数ですら、1日あたりの「戦果」がこれまで同派が実施した各種攻勢(これらのついての分析はこちら)の中で最低を記録するみすぼらしい結果に終わっており、イスラエルやアメリカどころか身近な背教者のはずのアラブの為政者にも手が届かないとも考えられる。

 アル=カーイダについては、世界中に数あるはずのアル=カーイダ諸派は、前述のAQAPも含めて本稿執筆の時点でイスラエルとアラブ諸国との「関係正常化」に反応できていない。9.11事件発生日に合わせてアイマン・ザワーヒリーがイスラエルやエルサレムについて語る動画を発信したものの、収録時期はかなり古いらしく2020年8月以降の事態には全く触れていなかった。ザワーヒリーの演説はシリーズものの体裁なので、今後何かあるかもしれないが、現在のイスラーム過激ややそのファンが1時間近くもザワーヒリーの演説を聞いて理解する知力や忍耐心があるかはちょっと心もとない。アル=カーイダ諸派は、アメリカのトランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定した際にこれに対する反撃と称してサハラやソマリアで欧米権益を攻撃したことがあり、本件にも反応することに警戒が必要だ。ただし、反撃の範囲が諸派の生息地より拡大する可能性はあまり高いようには思われない。

 それでは、イスラーム過激派の立場に立って考えると、いったいどうすれば現在の低迷を打破できるだろうか。世界はイスラーム過激派に構っているヒマがないほど忙しく、中途半端な行動では中国発の新型コロナウイルス関連の諸事や、アメリカの大統領選挙などより世間の関心を引くことはできないだろう。となると、麻薬取引やネット上の詐欺に勤しんだり、天然資源の生産地に浸透したりして資金の調達能力を高めることが当座の方策だろうか?この観点からは、「イスラーム国」がコンゴやモザンビークで活動の頻度を高めていることに早めに対策をとるべきだろう。先進国での襲撃事件を広報活動としっかり連動させて実行すれば報道露出を多少上げることはできそうだが、先進国は本来イスラーム過激派にとってヒト・モノ・カネなどの資源を調達する場所であり、そこでの作戦行動は資源の調達を困難にし、イスラーム過激派の衰退という結果に終わることはこの数年の「イスラーム国」の活動が実証している。イスラーム過激派を二度と流行させず、根絶状態にするためにも、彼らの挽回の機会や可能性を着実につぶす観察・分析に努めたいところだ。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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