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#ウィズコロナ:「イスラーム国」はマスク販売詐欺に勤しむ

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2020年8月14日、イギリスの大衆紙は「イスラーム国」が病院などに中国発の新型コロナウイルス対策のマスクなど、防護具を販売すると称する詐欺サイトを通じて資金調達を図っていると報じた。真偽のほどはともかく、問題のサイトは既にアメリカの担当当局によって閉鎖され、現金や暗号資産が差し押さえられた。当局筋によると、「イスラーム国」による同種の詐欺サイトは他にも複数あり、テロ対策の文脈で押収された暗号資産の規模では過去最大級の事案である。問題の詐欺サイトは、N95マスク、防護服、手袋、ゴーグル、体温計などの防護具を販売していると称し、商品はトルコから出荷すると主張していた。トルコは依然として「イスラーム国」の重要な潜伏地、資源の調達地のようだ。

 「イスラーム国」の資金源としては、同派がイラクやシリアで広範囲を占拠していた時期には石油や文化遺産の盗掘・密輸、「統治」と称する営みの中で行われてきた各種料金や「租税」の取り立て(=略奪)が注目された。そして、同派の財源の規模をもって、「イスラーム国」を単なるテロ組織ではないと称揚する分析もどきが沢山出回った。また、同派が占拠地域を喪失する中では、略奪や誘拐身代金に加え、紛争地の外の諸国から寄せられる多額の資金、麻薬の密売、占拠地での商品流通への干渉が資金源として挙げられた。今般取り上げた詐欺サイトの運用益も、海外から寄せられる資金の一部となったことだろう。詐欺や麻薬売買は、「イスラーム国」の言う「イスラームの教え」に照らしても禁止されるべきもののはずだが、同派は「不信仰者からお金を強奪したり詐取したりするのは正しい」(2017年4月に刊行された、非アラビア語機関誌『ルーミーヤ』#4より)、「不信仰者に毒を盛るのは正しい(=不信仰者に売りつけるなら麻薬の生産や流通に関わってもいい、ということ)」という“創造的”な「法的見解」をくりだしてこれらの行為を正当化してきた。

 「イスラーム国」については、「イスラーム思想」、「カリフ制の再興を自称」、「欧米諸国によるムスリムに対する差別や排除」の問題として論じられることも多いが、こうした論じ方は、一歩間違うと同派の実態を観察し、必要な対策をとることを妨げることにつながりかねない。「イスラーム国」は非国家武装主体と呼ばれる現象・存在の一形態として、国家の統制が弱い地域に現れるものである。非国家武装主体は、領域を占拠したり、その住民を統治したりするし、密輸や各種取り立てを資金源とする。また、敵方や支配下の住民に対するテロ行為もごく当たり前の行動様式である。従って、「イスラーム国」が外国人の人質らを惨殺したり、同派が占拠する紛争地の他に欧米諸国などでも攻撃を実行したりするのは、それが同派が資源や名声を獲得するのに役に立つからだ。終末論的世界観や、宗教・文化的分断云々という、「イスラーム国」がプロパガンダで弄した言辞やそこで取り上げられた話題は、「イスラーム国」が稼ぐために死んでくれる最末端の構成員を型にはめ、行動に駆り立てる文字通り「フレーム」であると理解すればよい。

 活動に必要な資源をいかに調達するか、という観点からも、今般の報道は象徴的である。すなわち、「イスラーム国」とその構成員・支持者・ファンは、彼らの言うところの「正しいイスラームの実践」によって資源を調達しているのではなく、本来は敵であり破壊・殲滅の対象であるはずの不信仰者の社会・経済活動に寄生して資源を調達しているのである。新型コロナウイルスの蔓延に便乗してひと稼ぎしようとしたのは当然「イスラーム国」だけではなく、今般取り上げた詐欺サイトも、関連の詐欺犯罪全体の規模から見ればまだ些細なものであろう。その一方で、ここで示された「イスラーム国」の営みは、同派が「いったい何なのか」を示す上で非常に貴重な材料となるのだ。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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