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レバノン:経済危機の進行で軍の食事から肉が消える

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 経済危機が深刻なレバノンでは、事態打開策が見えないまま危機だけが進行している。事態はレバノン「だけ」で対策をとったり、レバノン「だけ」を支援したりしても解決しそうもない。そうした中、支援についてのレバノン政府とIMFとの進捗ははかばかしくないし、支援の前提となるレバノン国内の改革計画の策定・実施も進んでいない。この間、危機は一層深刻化し、レバノン・ポンド(LP)は1ドル3900LPの公式レートに対し、市中では1ドル9400LPにまで下落しているようだ。2019年10月に危機が勃発する前は1ドル1500LP、危機勃発当初は1ドル3000LPだったから、短期間にレバノン人民の生活水準が著しく低下したことは想像に難くない。

 危機の進行により、市中では外貨が不足し、それに伴い食糧の輸入にも支障が出ている模様だ。レバノンの『ナハール』紙(キリスト教徒資本)によると、輸入代金の支払いが困難なため、食肉業者が肉の輸入ができなくなるところまで事態は深刻化している。この事態の「被害」を受けたのはレバノン軍も例外ではない。『ロイター』は、レバノン軍が兵士に提供する食事の献立から、肉類を全廃せざるを得なくなったと報じた。記事によると、レバノン軍の兵士の月給は120万LP(危機勃発前は800ドル程度)で、LPの下落により130ドル程度に目減りした。また、市中での肉の価格は、牛肉1kgが1万LPから5万5000LPへと値上がりした。ちなみに、シリアから輸入する羊の肉1kgは7万LPだそうだ。

 レバノン軍は、元々イスラエルによる侵略と占領や、現在も度重なる領空・領海侵犯に対して効果的な措置をとることができない弱体な存在で、それは1975年~1990年の内戦を経たレバノンの国家の象徴としての意味合いの方が強いものである。レバノン軍は、イスラエルからの国土の防衛にも、シリアをはじめとする地域内外の諸国からの干渉をはねのけるにもたいして役立たない。その装備・人員の量・質も、国際的な紛争の当事者となるにはあまりに不足している。このような状態になっている理由の一つに、レバノン社会が地域社会のボスたちによって牛耳られる非常に分権的な構造で、中央政府(そして軍)が一定以上強くなるのを誰も歓迎しないことがある。国際的にも、レバノン軍が領空侵犯したイスラエル軍機をそれこそ「万が一」撃墜したり、本当にイランやシリアの干渉排除を目指してヒズブッラーの武装解除に乗り出したりしたら、「まさにシャレにならない」ので、レバノン軍にそうした行動を期待するのは難しい。それ故、諸外国がレバノン軍に装備を売却・提供したとしても、現状を変更するようなものには決してならない。

 「イスラーム国」の実力について考察した際、構成員にどれだけの量・質の食べ物を提供できるかを一つの指標と考えたが、経済危機の進行を受けてレバノン軍が兵員らに肉を提供するのを止めてしまったということは、元々弱体なレバノン軍がますます弱く、役に立たなくなることを意味しかねない。筆者は軍隊の暮らしや内情には甚だ疎いが、そうした素人考えでも日々の食事が貧しくておいしくないとなると兵員の士気に悪影響が出るように思われてならない。レバノン軍、現在はベイルート市内などでデモ隊と対峙する治安維持の任務にも就いているが、そうした任務の執行に悪影響が出ないことを祈るのみである。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会など。

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