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「日本にサッカー文化を根付かせるために」。丹羽大輝が取り組む、本気の『きっかけ』づくり。

高村美砂フリーランス・スポーツライター
スペインで「よりサッカーの奥深さを知った」と充実感を滲ませる。写真提供/DNA

■生活の中で感じた、スペインのサッカー文化。

 丹羽大輝がスペインに渡って1年半。セスタオ・リベル・クラブに籍を置きながら現地での生活を続ける中で気づいたことがある。スペインと日本の『サッカー文化』の違いだ。それを痛感したのが、11歳になる息子を連れて近所のレストランを訪れた時のこと。接客してくれた店員がサッカーボールを小脇に抱えていた息子に向かって「ボールをこっちに投げてくれよ」と声をかけてくれた。

「日本でもし同じ状況になったら、おそらく同じことは起きないと思います。もしかしたら『なんでこんなところにボールを持ち込むんだ?』『こんなところにボールを持ち込んだら危ないだろ』的に冷たい目で見られるかもしれない。でもスペインは違います。店内でサッカーが始まるわけではないですけど(笑)、サッカーボールを持っている息子に自然と『へい! 一緒にボールを蹴ろうぜ』という言葉が出て、コミュニケーションのツールになる。そのことにものすごい衝撃を受けたというか。それが本当の意味でサッカーが文化として生活に根づいているということだと感じました。と同時に、その差を埋めていかないと日本にサッカーが根付くことはないし、ひいては日本のサッカーが世界に追いつくこともないな、と。そう考えた時に、改めて自分がこの先、やるべきこと、やりたいことが明確になった。『日本にサッカー文化を根付かせる』。本気でそこに取り組んでいきたいと思っています(丹羽)」

 6月19日に主催した『ガチンコ真剣サッカー教室』もその一環として開催を決めたという。自身の幼少時代に比べると今の時代はいろんな面で便利になり、SNSなどを使って簡単にコミュニケーションを図れるツールも増えた。だが、そんな便利な今の時代だからこそ『本質』を伝えたいと考えた。

「今では当たり前のように世界のサッカーを映像で楽しめるようになったし、『サッカー』を知るためのいろんなツールが世の中にはあふれています。ただ、やっぱり本質の部分は、人と人が向き合って、ボールを蹴ることでしか伝えられないと思う。技術はもちろん、サッカー選手としての考え方、メンタリティ、どういうことを考えながらプレーしているのか、生活しているのか。何を大切にしているのか。直に触れ合って伝えることが、本当の意味で『伝わる』ことになる。じゃあ、その伝える方法として自分に何ができるか、幼少時代からの様々な経験を踏まえて考えた時に『こんなサッカー教室があったらよかったな』と感じていたことを形にしました。最近はJクラブも様々な活動をしている中で、子供たちがプロサッカー選手と触れ合う機会は増えました。ただ、僕はもう少し踏み込んでサッカーを伝えたかったというか。もちろん、一緒にボールを蹴るだけでも感じられることはたくさんあると思うんです。でも僕自身、子供の時に参加したサッカー教室で、もっと自分のポジションのこと、プレーのことを聞きたかった記憶があり…だからこそ、もう一歩踏み込んで、ポジションに特化した指導をできるサッカー教室にしようと考えました。そんな僕の考えに岡崎慎司選手(FCカルタヘナ)、清水圭介選手(セレッソ大阪)が共感してくれて、それぞれFW部門、GK部門を受け持ってくれました。これまで、僕自身もクラブが準備してくれたサッカー教室等で指導する経験はありましたが今回は、それこそ僕自身もガチンコで向き合いたいと思ったので、本当に必要だと思う指導、メニューを自分で考え、スケジュール、場所、参加選手なども全部自分でオーガナイズして本気で取り組みました。今後はMF部門も含めて共感してくれる全ポジションのプロサッカー選手と共に継続していきたいと考えています(丹羽)」

 実際、今回のサッカー教室に参加した中学1年生40名も、丹羽が自ら縁のあるクラブに声をかけ、指導者の理解を得て集めたと聞く。その対象を中学1年生に限定したことにも彼なりの考えがあった。

「中学1年生って、ちょうど転換期というか一番、いろんなことが変化するタイミングだと思うんです。中学生になり、新しいクラブに入って、監督が代わったり、その中で試合に出る、出られないということが起きたり、いろんな環境が一気に変化する。ピッチの大きさも、ゴールやボールの大きさも変わりますしね。それってある意味、プロ1年目と似ていると思うんです。大きな環境の変化に自分がどう向き合って、何を選択していくかで、以降のキャリアも大きく変わっていく。だからこそこのタイミングで特別な刺激を入れたいなと思ったし、その経験が高校、プロとキャリアを切り拓いていく上での力になるんじゃないかと考えて、この年代に絞ることにしました(丹羽)」

■岡崎慎司、清水圭介もスペシャル指導。

 今回、サッカー教室を主催するにあたっては、同じスペインの地でプレーする同世代の岡崎慎司と繰り返し話をしてきたと聞く。実際、岡崎も「日本がヨーロッパのサッカーに追いつくためには、まずは環境を変えていかなければいけない」という考えのもと、16年には茅ヶ崎に『岡崎慎司フットサルフィールド』を作り、今年4月には地元・兵庫県に環境に配慮したグラウンド『BASARA Villege Green(愛称:BVG/https://basara-hyogo.com)』を完成させるなど、国内外で精力的な活動を続けている。今回のイベントにも、丹羽の意思を汲んでまさにガチンコで指導にあたっていた。

「自分自身もオフのたびに、子供たちのために何かできないかと思っていた中で、BVGという素晴らしいグラウンドが完成したこともあり丹羽くんに『是非、自分たちのグラウンドを使ってやってほしい』と提案させてもらって、今回のイベントに参加させてもらうことにしました。FWに特化するサッカー教室は僕自身も初めてでしたが、FW同士、苦しみを分かち合いながら話せるし、その中で『ああ、こういうことか!』と気づくことがあればいいなと思いながら、僕なりの点を取るための手段を、順を追って伝えました。FWって一番結果を求められるポジションなのに、一般的なサッカー教室だと、チームの中でのFWという指導になるので、守備を求められたり、中盤の選手をサポートしたりということがメインになってしまって、どうしても点を取ることが曖昧な伝え方になってしまう。でも今日はFWだけに特化できたので、僕が一番大切にしている『動き出し』のポジションどりとか、自分がボールに関与していないところでの動きとか…要するに、自分のマークについている選手が疲れることを意識した動き出しを重点的に伝えました。とはいえ、今回教えたような動き出しから試合でゴールを決められることって、パサーとの関係性もあってほぼありません。でも、僕はそれでも今日やったような練習を日々、繰り返しているし、それによって90分のうちのどこかで必ずマークを外せるタイミングがくると信じています。僕が伝えたことが全てでもないし、今日の1回ですぐにサッカーがうまくなることはないですけど、今日伝えたことが、今後、それぞれが自分の好きなサッカーで競争に勝っていくためのきっかけになってくれたらいいなと思っています(岡崎)」

岡崎も清水も終始、熱のこもった指導、言葉で子供たちと向き合った。写真提供/筆者
岡崎も清水も終始、熱のこもった指導、言葉で子供たちと向き合った。写真提供/筆者

 それは清水圭介も同じだ。彼もまた日本におけるゴールキーパーの価値がなかなか上がっていかない現状を日本サッカー界の課題の1つだと感じる中で、その価値向上の一助になればという思いで指導に臨んだという。

「僕自身は高校時代まで所属チームにGKコーチがいなかったので、自分でプロの練習や試合を見に行って、GKのプレーを注視して見たりしながら、いろんなことを学んできた時代に育ちました。もちろん、それでもテンションはあがっていたんですけど(笑)、こうして直接指導するからこそ伝えられることは必ずあるし、今日の時間が子供たちのいい刺激になって、成長するきっかけになってくれたらいいなと思って参加させてもらいました。また、日本でのゴールキーパーの価値をもっと高めていきたいという思いもあったというか。ドイツなら、育成年代でも『GKをやりたい!』と自ら手を挙げる子供たちがたくさんいると聞いていますが、日本では、直接失点に絡むポジションとか、まだまだネガティブなイメージが残っています。でも、僕はすごく楽しいポジションだと思っているし、今日も、育成年代からそう思ってくれる子供が増えていけばいいなという思いで指導にあたりました。中でも一番伝えたかったのはポジショニング。中学生になるとゴール、ボールの大きさも変わる中で、1年生にとってはその変化が最初にぶち当たる壁になるはずですが、ポジショニング一つでセーブもできるし、クロスボールにもどんどんチャレンジしていける。逆に正しいポジションをとれないと失点にもつながってしまうこともありますしね。そこは意識的に細かく伝えました(清水)」

 もちろん、丹羽も約2時間半にわたって行われたイベントの最中、終始、ガチンコで子供たちと向き合った。ステップの踏み方、目線の動き、体の向き、マークにつく際の距離感、ラインコントロールまで、自身の経験に基づいた、きめ細やかな指導が続く。一人10分×2本のミニゲームが終わるたびに、プレーの判断やどういうことを改善したらもっと良くなるのかを個別に伝えていたのも印象的だった。

「自分がDFとして大事にしていることは全部、伝え切ったつもりです。僕自身、準備とか駆け引きで勝負してきた選手だからこそ、早めにラインをあげて相手FWをオフサイドポジションに置き去りにするとか、ヨーイドンの競争になると絶対に負けるので、そうならないシチュエーションを自分で作り出すとか、細かい駆け引きで上回ってきました。実際、僕は足の速い選手ほどラインを高くあげることを心がけてきたというか。一般的に足の速い選手と対峙する時ってどうしてもDFはラインを下げがちですが、そうなるとどんどん中盤にスペースができて、相手にやりたい放題やられてしまうので、自分が嫌な相手ほどラインを高く上げて、スペースを与えずに自由を奪うことを意識していました。もちろんその全てがうまくいったわけではないですが、サッカーはトライ&エラーのスポーツなので。やってみてうまくいかなかったら、次の同じシチュエーションではそれを活かしてプレーすればいいし、強気の勝負を続けることで得るもの、上回れることってサッカーには必ずある。そういうことを細かく伝えられたのも、ポジションに特化した指導だったからこそだと思っています。とはいえ、伝えたからすぐに試合で表現できるほど、簡単ではないですが、今日学んだことを今後の自分に活かしながら、自チームで継続してトレーニングしていけば必ず変化していくはず。サッカーに限らず、物事は継続してこそ得られるものはたくさんあるからこそ、子供たちにも続けてもらいたいし、僕自身もこのサッカー教室を1回で終えてしまうのではなく、2回、3回と続けていけるようにしたいと思っています(丹羽)」

キャリアの中で培ったDFとしての極意を「全て伝えきった」と丹羽。 写真提供/筆者
キャリアの中で培ったDFとしての極意を「全て伝えきった」と丹羽。 写真提供/筆者

■丹羽が描く日本の未来。新たなプロジェクトへの思い。

 その言葉にもあるように、丹羽は今後も『ガチンコ真剣サッカー教室』を継続的に行っていくつもりだという。また、彼はガンバ大阪に所属していた11年から、東日本大震災復興支援活動の一環として被災地の子供たちにサッカーボールを定期的に寄贈したり、それに代わる活動として15年から被災した地域の幼稚園、小学校、中学校の土のグラウンドを芝生化する活動『NSP 丹羽芝プロジェクト』を実施してきたが、今後は新たなプロジェクトも計画しているそうだ。

「丹羽芝プロジェクトに続く活動として、『NGP 丹羽ゴールプロジェクト』を考えています。これもスペインで気づいたことですが、スペインの公園にいくと大小の違いはありますが、決まってサッカーゴールが置かれているんです。つまりボールさえあれば一瞬で、その場でサッカーを始められるし、ゴールに向かってシュートを打つことができます。でも日本は、公園や幼稚園、学校の校庭にサッカーゴールが常備されていることなんてほとんどないですよね? 公園も、ボールを蹴るのが危ないということが先にきてしまって、子供たちがサッカーをできる環境は限られたグラウンドしかありません。そうした環境も変えていきたいというか。スポーツ推奨のための国策としてそれを許しているスペインと『公共の場ではボールを蹴るな』とかという日本ではまだまだ大きな隔たりがありますが、その差を少しでも埋めていくために、いろんな場所にゴールを設置する活動を続けていきたいと思っています。もちろん、そのためにはいろんな許可が必要になることも、時間がかかることも理解しています。いろんな人の理解、協力も得なければいけない。おそらくはどれだけ頑張っても自分が生きているうちには実現しない確率の方が高いと思います。でも、サッカーに育てられ、プロサッカー選手になり、サッカーで生きてきた自分にはそれをする責任がある。だからこそ、ほんのきっかけにしかならないかもしれないけど…でもきっかけがなければ始まらないと思うので、いろんな人の協力を得ながら1つずつ実現していきたいと思っています(丹羽)」

 もちろん、こうした活動と並行して、プロサッカー選手としてプレーで魅せることも忘れていない。所属元のセスタオとは現在、契約交渉の最中にあるが、いずれにしても来シーズンも引き続きスペインで、現役続行の道を追い求めるという。

「スペインにはまだまだ学ぶことがたくさんある。全部、根こそぎ吸収するつもりで戦い続けます」

 そう話す表情は、日本でプレーしていた時の彼と同様、どこまでも熱かった。

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

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