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【大学野球】学生コーチと審判員・・・二足のわらじを履く八戸学院大の部員が最後のリーグ戦へ

高橋昌江フリーライター
八戸学院大・田口は学生コーチと審判員で学生野球に取り組んできた(筆者撮影)

 北東北大学野球連盟の秋季リーグ戦がきょう19日、開幕する。八戸学院大4年の田口皓基は学生コーチを務めながら、リーグ戦では審判も担ってきた。「最後のリーグ戦なのでチームでは優勝を目指し、審判としては冷静沈着に公平で的確なジャッジをしたい」と意気込む。

■肩の故障から学生コーチ、そして審判員に

 田口は武蔵越生高(埼玉)から捕手として八戸学院大に進学したが、入学直前の練習中に右肩を負傷した。診断は亜脱臼と靭帯損傷。手術をしたが思うようにプレーできず、選手を断念。1年秋から学生コーチになると紅白戦やシートバッティングといった審判が必要な練習メニューで率先して球審をやり始めた。

 その姿が佐藤裕次コーチの目に留まった。

「青森県では審判の担い手が少なくなってきています。東京六大学などでは出身校のOBが審判をしているという話を聞いていたので、青森でもそういう流れができるきっかけになってくれればと思いました。田口の審判はジャッジや身のこなしもよかったので、やったらいいんじゃないという話をして、北東北連盟の審判部長にも『こういう子がいるんです』と相談しました。現役部員ではありますが、審判の担い手がいないと言われている現状の打開策として実績になればと思ったんです」

 佐藤コーチは2020年から3年間、北東北連盟の事務局長として運営をリードしてきた。その際、コロナ禍が重なった面もあるが、審判事情に苦労したという。北東北リーグは青森県、岩手県、秋田県にある大学で構成されており、リーグ戦も3県を会場に行われる。その際、各県の高野連審判部から審判員を派遣してもらっているが、各種大会と重なることもある。北東北連盟では1日3試合を組んでいるため、1日に必要な審判員は12人から15人。地方では審判員が多いとは言い難く、高齢化も進んでいる。

 佐藤コーチから「審判もやったらいいんじゃない」という提案を受け、田口は考えた。

「地元が埼玉なので、よく西武ドーム(現ベルーナドーム)に通っていたんです。プロ野球観戦に行けば、誰もが選手のことを見ていると思うのですが、振り返ってみると、自分は審判の動きも印象に残っていました。プロ野球選手になれなくてもプロの審判になれれば、選手と同じグラウンドに立てるじゃん、って思った時期もあったんですよね。それで、審判への興味があったのかなと思い、挑戦することにしました」

 講習を受け、3級ライセンスを取得。2年春から青森県高野連の審判部に所属している。そのため、審判デビューは大学のリーグ戦ではなく、高校野球。八戸地区の大会で三塁塁審だった。「大会になると楽しんじゃうタイプなので、緊張はしなかった記憶があります」。

オープン戦の試合前に外野ノックを打つ田口。学生コーチに誇りを持って活動してきた(筆者撮影)
オープン戦の試合前に外野ノックを打つ田口。学生コーチに誇りを持って活動してきた(筆者撮影)

 大学のリーグ戦では自チーム以外の試合で塁審を務めてきた。八戸学院大の試合になれば学生コーチとして選手のウォーミングアップに付き添い、ベンチ入りしたらサイドノックやシートノックを打ち、試合が始まると攻撃中はベースコーチに入る。

 大学の現役部員がリーグ戦の審判部に所属して審判員をやるという前例がなかったため、他校の監督には当初、驚かれたという。「最初、多少のやりにくさというのはありましたが、公平なジャッジをすると決めてやっているので」と田口。審判に立つ試合前には両チームのベンチに出向いて「八戸学院大で学生コーチをしている田口です。塁審をさせていただきます」と挨拶し、徐々に関係性を築いていった。実は、「八戸学院大の学生コーチがリーグ戦で審判もしている」という話は北東北連盟に属する他校の監督から連絡をいただいた。また、別の監督は卒業を惜しんでいるそうで、佐藤コーチは「それくらいの存在になってくれたことが嬉しいですね」と目尻を下げる。

試合では一塁のベースコーチに入る田口(中)。八戸学院大の学生コーチとしてはリーグ優勝に向けて仲間と邁進する(筆者撮影)
試合では一塁のベースコーチに入る田口(中)。八戸学院大の学生コーチとしてはリーグ優勝に向けて仲間と邁進する(筆者撮影)

■審判員という1つの“ポジション”

 対戦型のスポーツにおいて欠かせないのがプレーヤー(相手と仲間)とルール、そしてルールを司どる審判員だ。アマチュア野球の審判員は多くが社会人として仕事を持ち、時間をやりくりしながら活動している。野球部に所属していない大学生で高校野球や大学野球の審判員をしている人もいなくはないが、メジャーではない。大学のリーグによっては、各校の部員から審判員を出しているところもあるようで、アマチュア野球審判員の西貝雅裕さんは「これからの時代、学生にも門戸を広げていくことは必要だと思います」と話す。

「審判員という1つのポジションがあるということを学生に知っていただけるといいなと思います。野球の楽しみ方として、審判員は選手と同じグラウンドに立って野球に携わることができる素晴らしいポジションです。これまでプレーしてきた野球に貢献し、恩返しできる側面もあります。プレーヤー以外の役割にも興味を持つと野球は面白いと思いますよ」(西貝さん)

 審判員をしたことのメリットを田口はこう話す。

「野球のルールもより知ることができましたし、マナーなども考えることができました。チームでも、審判をやってみて『こう思ったから、これはやめた方がいい』と注意してきたこともあります。行動のスピードとかですね。審判員は試合の中でジャッジするだけだと思っていたのですが、それ以外にも選手が試合をやりやすい環境を作ってあげるために声がけをしたり、試合に差し支えないようにフェンスの開閉などを気にしたり、気づく力が凄い。そういうところは学んで実践しているところです」

 立ち位置が変われば、見方も変わる。「チーム側」にいただけでは見えない野球の在り方はチーム作りに活かしてきた。

リーグ戦で三塁塁審をしている田口。審判道具は「いろんなご縁があって、すべていただきものです」と感謝する(本人提供)
リーグ戦で三塁塁審をしている田口。審判道具は「いろんなご縁があって、すべていただきものです」と感謝する(本人提供)

■二足のわらじ集大成のリーグ戦

 2年春から学生コーチと審判員という二足のわらじを履いてきた田口。学生野球の集大成となるリーグ戦が始まる。八戸学院大の学生コーチとして目指すはリーグ優勝だ。11月の明治神宮大会出場をかけた東北地区の代表決定戦には北東北リーグから上位2校が出場できるが、「そんな甘い考えは持たず、優勝しか目指しません。そして、代表決定戦も勝ち、神宮に出場できればと思っています」と力を込める。そして、もう1つの顔である学生審判としては「他大学の4年生にとっても最後のリーグ戦。冷静沈着に公平で的確なジャッジをやっていきたいです」と話す。

教員志望で大学に進学。学生時代の経験は将来に活きるはずだ(筆者撮影)
教員志望で大学に進学。学生時代の経験は将来に活きるはずだ(筆者撮影)

 3年前の春は選手として学生野球をまっとうすることを思い描いていたに違いない。怪我によってその道は断たれたが、学生コーチとして指導者と選手の橋渡し役を担い、リーグ戦でジャッジする審判員まで務めた。そんな希少な経験は教員志望の田口にとって財産になるだろう。

  “二刀流”は何も打って投げるだけじゃない。野球への携わり方も多様性があっていいはず。現役部員の審判員は、特に地方のリーグにおける1つの形として期待したい。

フリーライター

1987年3月7日生まれ。宮城県栗原市(旧若柳町)出身。大学卒業後、仙台市在住のフリーライターとなり、東北地方のベースボール型競技(野球・ソフトボール)を中心にスポーツを取材。専門誌やWebサイト、地域スポーツ誌などに寄稿している。中学、高校、大学とソフトボール部に所属。大学では2度のインカレ優勝を経験し、ベンチ外で日本一を目指す過程を体験したことが原点。大学3年から新聞部と兼部し、学生記者として取材経験も積んだ。ポジションは捕手。右投右打。

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