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2020年は米中雪解けか。トランプ大統領、米中合意を「史上最大の契約署名」と自賛し中国に妥協

高橋浩祐米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
昨年6月のG20大阪サミットで米中首脳会談に臨むトランプ大統領と習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

「私たちは1月15日に怪物のような巨大取引に署名する――でかくて美しい怪物だ」。

年が明け、アメリカはすでに11月の大統領選に向けた予備選挙ムードに突入している。トランプ大統領は1月9日夜、オハイオ州トレドで大規模な支持者集会を開き、2019年に世界経済を震撼させた米中貿易戦争に絡み、こう述べた

トランプ大統領の言う「でかくて美しい怪物」とはいったい何なのか。それを見極める前に、最近雪解けムードを醸し出している米中の貿易戦争の動きをおさえておきたい。米中覇権争いは2019年、関税合戦の総力戦の様相を見せていたが、2020年はいったいどうなるのか。

●中国副首相らが訪米へ

中東の大国、イランとの対立がぐっと深まるなか、トランプ大統領は2019年12月31日、ツイッターで中国との貿易協議をめぐる「第一段階」の合意文書に2020年1月15日に署名すると発表した。中国政府も1月9日、交渉責任者の劉鶴(リュウ・ハァ)副首相ら中国側交渉団が13~15日の日程で訪米し、署名すると発表した。中国側が、トランプ大統領のツイッター外交を追認した格好になった。

中国の発表を受け、米中関係改善の楽観ムードが広がり、9日のニューヨーク株式市場も米中貿易協議の進展への期待感などから、1週間ぶりに最高値を更新した。

●トランプ大統領「史上最大の契約署名」

トランプ大統領は9日午前、ホワイトハウスで記者団に対し、「第一段階」の合意文書について、「それは史上最大の契約署名だ。私が思うに、それは農家にとっても素晴らしいものになる。規制当局にとっても、銀行にとっても素晴らしいものになる」と自賛した。

ここで経済に詳しくない読者のために改めて米中の合意内容について説明したい。

米中両政府は12月13日、貿易協議の第一段階の合意に達したと発表した。合意の内容は、トランプ政権は、中国からの輸入品に課している追加関税計3700億ドル(約40兆5600億円)分のうち、2018年の第1~3弾で2500億ドル分に課した25%は据え置いた。しかし、2019年9月に発動した第4弾の1200億ドル(約13兆1500億円)分の税率を15%から半減することを決めた。1月15日の署名から30日後に実施する予定のため、実施日は2月中旬となる見込みだ。

トランプ政権は2018年7月に対中制裁関税の第一弾を発動、順次拡大してきたが、今回が初の引き下げとなる。

第一段階の合意には、中国による知的財産権保護の強化や技術移転強要の是正、金融サービス市場開放、人民元相場の透明性向上、アメリカによる1月15日の対中関税見送りなどが含まれる。

これに対し、第二段階では、中国政府による同国国有企業への補助金問題など構造問題が焦点になるとみられ、交渉は難航を極めそうだ。

●トランプ大統領「第一段階の合意は驚異的な合意」

トランプ大統領は9日のホワイトハウスでの会見で、「第一段階の合意は驚異的な合意だ。それは500億ドルの米農産物輸出拡大に及ぶ可能性がある。中国がこれまで妥協してきたのは160億ドルだった。なので、160億ドルから500億ドルに増える」と述べた。

中国側のアメリカ農産物輸入額は、そもそも貿易戦争前の購入額が240億ドルだった。それに中国がアメリカ農産物輸入増加分として、これまでの160億ドルから最大500億ドルに増やすことで合意した、とトランプ大統領は述べているのだ。

大統領は中国との貿易交渉をめぐる第二段階の交渉は「すぐに始める」と述べたものの、その合意は11月の大統領選挙後になる可能性を示した。第一段階の合意に基づいて中国がアメリカ産農産品の輸入を拡大すれば、それだけで大統領選挙を前に農家への成果を十二分にアピールできると考えたとみられる。そして、次の交渉成果は急がず、大統領選を控えて、第一段階の合意だけのディールダン(取引成立)優先で中国への妥協姿勢を顕著にしたと言える。

●トランプ大統領「日本はアメリカから農産物を買っている」

ちなみにトランプ大統領は9日のホワイトハウスでの会見で、日本とも400億ドル(4兆3800億円)に上る貿易協定を結んだことを二度にわたって述べた。

日本とのディールは終了した。彼らは(アメリカから)買っている。それは400億ドルのディールだ」。大統領はこう述べ、実績をアピールした。

トランプ大統領は2019年9月25日にホワイトハウスで開かれた日米貿易協定の署名式で、同協定を「アメリカの農家と畜産家が恩恵を受ける、非常に重要かつ大きな協定だ」と述べている。

●中国も合意を歓迎

第一段階の米中合意は、昨年世界経済を揺るがし続けたした米中貿易摩擦の解消には望ましいことだ。中国側も経済改革推進の局面にあり、アメリカによる下振れリスクは避けたいところ。中国メディアも基本、今回の合意を世界の自由貿易に資するものとして歓迎している。中国の李克強首相も、米国との貿易協議で第一段階の合意に達したことを受け、四川省成都で12月に開かれた日中韓首脳会談で、「自由貿易の維持は中国の考え方であり、世界の平和にとっても有益であると考えている」と強調した。

しかし、米中貿易戦争の本質は、21世紀の覇権争いの面がある以上、両国の対立の構図はなかなか容易には収束できないだろう。また、トランプ大統領には過去に合意をほごにした前例もある。米中貿易協議の行方は中長期的にはまだまだ予断を許さない。

米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

英軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」前東京特派員。コリアタウンがある川崎市川崎区桜本の出身。令和元年度内閣府主催「世界青年の船」日本ナショナルリーダー。米ボルチモア市民栄誉賞受賞。ハフポスト日本版元編集長。元日経CNBCコメンテーター。1993年慶応大学経済学部卒、2004年米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクールとSIPA(国際公共政策大学院)を修了。朝日新聞やアジアタイムズ、ブルームバーグで記者を務める。NK NewsやNikkei Asia、Naval News、東洋経済、週刊文春、論座、英紙ガーディアン、シンガポール紙ストレーツ・タイムズ等に記事掲載。

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